第5話 偽名ではなく
そうして二日。
キョーワへの道は大きな川沿いになり、そのまま川を遡る形で進んだ。
二人と三人で交代で仮眠をとり、わずかな食糧を食べ、どうにか街が見える場所まで辿り着いた。
幸い襲撃にも遭わず、五人の相互不信もそこまで深まらずに済んだ。
「ナナ、アンタには世話になったが、一緒に門をくぐれるかは分からない」
「不審者なのは自覚している。ただ、俺がいないと君たちも困るだろ?」
「ああ。…互いに、無事に門を抜けられるよう助力する、それでいいか?」
「かまわないぞ」
キョーワという街はこの周辺ではかなり大きいらしい。
モファ川という大河に面して、街全体が城壁と堀で囲われている。しかし城壁の外側にも、人家が建て込んでいる。
俺たちが密談している辺りも、粗末な人家の間に街路樹が並び、最悪門をくぐらなくとも生活はできそうだ。
まぁ…。
生活するったって一文無しだ。
別に犯罪者じゃないし、正規の手段で何か斡旋してもらった方がありがたい。
「お前たちは…」
「ナナだ。無職、年齢は分からない」
「奴隷だ。奴隷、年齢は分からない」
「……な、名前は?」
しかし、それは少し甘い願望だったような気がする。
「名前は、まだない」
俺も大概だが、同行していた女のヤバさはその比ではなかったのだ。
「これに触れながら質問に答えろ。まずは…お前からだ」
「何ですか、これ?」
「知らないのか。…嘘を言えば濁る」
衛兵の詰所に連行された五人。
全員が嘘つきの可能性ありということで、順番に嘘発見器にかけられることになった。
俺の記憶には存在しない嘘発見器は、ただの水晶の塊にみえるが、衛兵のフーシン氏の説明の通りの効果があるらしい。
先に身分証のある奴隷三人が質問され、その様子を謎生物たちは見物した。
奴隷の主人が猿人に殺されたという主張は、一応信用されたようだ。ずいぶん信頼されているんだな。ただの石なのに。
「では、まずは名前」
「ナナだ」
緊張しながら答えた最初の一問で、石は変化した。
ヤバいぞ、これって本物だ。
「いきなり嘘をつくのか」
「いや……、嘘をついたわけじゃない。強いて言うならその…、改名したいんだ」
「本名を言え」
「仕方ない。今のところの本名は…007。改名希望だ!」
一瞬ざわついた衛兵たちが、真実を前にして静まった。
というかフーシン氏は、その可哀相な物を見る眼をやめろ。
ともかく俺は嘘つきではないので、質問には素直に答えた。
そして、素直に答えたせいでフーシン氏は頭を抱えた。
「こんなバカな話があるのか。…………今日はなんて日だ」
「心配ない。まだ終わってない」
そして追い討ちをかける謎生物だ。
フーシン氏は途中から質問を躊躇するようになった…が。
「だいたい一緒じゃないか」
「こんな非常識男と一緒にするな」
「お前が言うな、名無し」
生年月日も出身地も住所も職業も不明。昨日より前の記憶は曖昧。俺と謎女の違いは、俺はそれなりの常識人だったが、謎女は裸で寝転んで自主的に奴隷に堕ちるほどアホなところ。そして、名前がないこと。
「困ったことに嘘は言っていない。それに二人とも犯罪者ではなく奴隷でもない。なので役所に連れて行くから、とりあえず住民として登録しろ」
「していいのか」
「太っ腹だな」
「今からでも余所に行っていいんだぞ?」
そんなうさん臭い男女なのに、あっさり受け入れてくれるらしい。
ちょっと驚いていると、奥から背の低い衛兵が入って来た。
「君たちの主張が嘘でないことは、既に確認できていた」
そこで知らされた事実は、けっこう驚きだった。
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