第3話 謎生物を倒す謎生物は謎生物に絡まれる

 目が覚めて初めて見た人間に、謎生物が群がって食事中だった。

 許せねぇ? よく分からない正義感みたいなものに突き動かされた自分は、謎生物の集団に迫られながらふと気づく。

 いやいやいや。

 このままだと俺も死ぬだろ。

 よく考えてみれば、武器も持ってないのに。


「し、仕方ねぇ。お、俺様がジークン何とかの奥義を見せてやる」


 嘘だ。絶対に俺はそんなものやってない。

 何かで見ただけ、なんだ。


「ちょ、ちょんわー!!」


 そして自分でも理解不能な叫び声を上げながら、俺は振り下ろされる敵の棒を避けるように正拳突きをかます。

 ド素人が素手で、武器を持った集団と戦う。

 そんなもの、ド素人がプロになっても結果は一緒じゃないか。


「キィ………」


 しかし。

 急に可愛らしい声になった敵は、そのまま斜め前方にゆらりと倒れて行く。


「キェェイイイイ」

「どっせい!」

「ィィィィイイ」

「キエーーー!」


 もしかして俺も謎生物だったんじゃないか。

 無我夢中で手足を動かすと、謎生物の頭が破裂し、胸に穴が開く。

 ブレイクダンスのような蹴りで、腰から真っ二つ。ブレイクダンスって何?

 とりあえず、俺は豆腐か何かと戦っているのか? あれ、豆腐ってのも知らないな。


「……お、終わった、のか?」


 気がつけば、周囲には謎生物の死体が折り重なっていた。

 猿よりも人間に似た生物の大量虐殺。

 いやいや、冗談だろ? 現実感なさ過ぎだろ?




「さぁ、もう大丈夫……なんじゃないかな?」


 自分の所業に引き気味な俺は、適当に声をあげながら周囲を確認する。

 謎生物の死体の向こうには、食べられかけの死体。腹が抉られたそれは…、人間の男性の…ひげ面のハゲの…オッサンの姿をしていた。

 ………。

 この凄惨な景色で平然としている自分は何者なんだ。もしかして自分は記憶のない殺人鬼だったのか?


「おーい。誰かいないのか? 俺はたぶん…人間だぜ?」

「たぶん…」

「えっ?」


 オッサンの死体のその向こう側。

 ひっくり返った荷車の陰から何かが動き出して、そしてこの世界で初めて意味の分かる声を聞いた。


「…………」


 そこには女がいた。

 俺のイメージする人間の姿をしていた。


「な、何……」

「ひぃっ」


 その女の陰から、さらに何人か現れる。

 どうやら思ったより大人数の団体だったらしい。

 突然現れたヒーローに、みんな感謝…はしてないな。脅えてるようにしか見えないな。

 先頭に立つ女以外は。



 最初に顔を出した女も、それ以外の男女三人も、小汚い麻布を被っただけの服装で、両腕に手錠をかけられている。

 とりあえず分かるのは、与えられた知識で判断するなら目の前の女はとんでもない美人だということ。

 人形のように整った顔立ちで、スタイルも何というか…人間離れしている。

 最初に出会った人間を人間離れってわけ分からないけどな。


 ――――というか、よく見るといろいろおかしいな。

 同じ格好をした他の人間は、痣だらけだったりするのに、この女だけはきれいなままだ。


「お前、何者だ」

「はぁ!? そりゃ、こっちの台詞だ」


 しかも礼儀知らずだった。

 どうやら言葉は通じるようだが。


「いいか、そこの女。客観的に見てこの状況はどうだ? お前らを襲った謎生物を倒してやった格好いいお兄さんは、お前らにとって何者だ?」

「謎生物?」

「はたくぞ」


 本当に言葉は通じているのか?


「お前がお前と呼ぶのはおかしい」

「お前にお前と呼ばれる筋合いはない。そう、俺には…」

「そう、俺には…?」

「俺には…………」


 あれ?

 名前?

 自分の名前って?


「お前の名前は…、オマエ?」

「んなわけあるか。そう、お、俺は……」

「ンナワ…」

「ナ、ナナだ!」


 生々しく残る記憶。

 俺がたった一つだけ覚えている「名前」。


「ナナ…、嘘つき…ではない」

「誰が嘘つきだ。そもそもお前らに嘘ついて何か意味あるのか?」

「あるかも知れないしあるかも知れない」

「はたくぞ謎生物」

「謎生物に謎生物って言われた」


 何なんだよこの世界の人類はわけ分からないんだよ。

 いや…。

 後ろの三人はヤバいもの見る目だ。

 きっとこの女がいかれてるだけだろ。そうあってくれ。

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