住宅の内部見学

ハスノ アカツキ

住宅の内部見学

「他に気になる点がなければ、初期費用などのご説明に移らせていただければと思いますので」


 とか何とか言いながら、不動産会社さんと住人候補さんは去っていく。

 ここで話していた内容によると、ぼくのところに来る前の住宅も気になっているようだ。


 そういう住人候補はチャンスだ。


 不動産会社さんにとっては内見後すぐ契約してくれる候補さんが良いみたいだけど、ぼくたち住宅にとって良いのは悩んでいる候補さんだ。

 時間に余裕があれば、ぼくも候補さん内見ができる。


 早速、候補さんの家へ念を飛ばす。

 ぼくたちは人を見ただけで住所が分かるのだ。


 おかげで、駅チカ物件を推す不動産会社さんが実は駅から遠い家に住んでいるのも知っている。

 駅チカ物件ばかりお勧めするのも、駅トオ物件の魅力に気付かれて家賃が値上がりするのを抑えるためだ。意外と器が小さい。


 今日来てくれた候補さんは、転職するのをきっかけに引っ越しを検討中なんだそうだ。

 30歳くらいの男性で穏やかそうな人だったけれど、穏やかなのは不動産会社さんの前だけだろうか?


 候補さんの現在の自宅は、ぼくより小さくて年上だった。


「すみません、見学お願いします」

「お、君が新しい住宅候補かい? 散らかっていて悪いけれど、ゆっくりしていきなよ」


 お礼を述べて早速お邪魔すると、どことなく男性の住宅でよく嗅ぐ匂いがした。いずれぼくにもつく匂いかもしれない。


 でもタバコの匂いがしないのはとても良い。

 タバコの匂いがつくとむずむずして、何だか気持ち悪いのだ。

 

 壁紙がところどころはがれているけれど、候補さんの使い方が悪いせいというよりはお兄さんの年齢から来るものかもしれない。


 気になるのは、やはり散らかっていることだ。

 テレビの前に置かれた小さいテーブルの上には、コンビニ弁当タワーが建設されている。

 まとめられたゴミ袋もいくつかあるが、きちんと出してくれるだろうか。


「男性の1人暮らしだと、こんなもんですかね」


 ぼくが言うと、お兄さんは苦笑いを浮かべた。


「今は引っ越し先を見付けるために忙しくしているけれど、休みの日はそこそこ掃除してくれるよ。あとは最近彼女さんができたらしいから掃除してくれるかもね」

「だと良いですけどねえ」


 ぼくは曖昧に答えた。

 やっぱり契約前に気が変わるように仕向けようかなあ。


「でも悪い人じゃないよ。ちょっと汚されそうな日もあるけれど、大切に住んでくれている人だと思う。君のことも大切にしてくれるんじゃないかな」


 お兄さんはぼくの不安を見透かしたようににこっと笑う。


「お兄さんから悪い人じゃないと言われると安心しますね」


 そう言うと、お兄さんも安心したような、どこか寂しそうな笑顔を浮かべた。




 候補さんはその後、ぼくと住むことになった。

 汚されたりしないかどきどきするけれど、そんなときは悪い人じゃないと言ってくれたお兄さんを思い出すことにしている。


 ぼくのこと、長く大切に住んでくれますように。



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