7.Kindness


兄貴のアイスコーヒーと俺のホットコーヒー。

お互いスマホを触りながら、特に会話もなく過ごすこの時間。

たまに面白い何かを見つけたのか、肩を揺らして笑う兄貴と過ごすこの無意味な時間。


「好き」

「俺も」


アイスコーヒーの入ったコップを持ち上げ、一口だけ飲んでから机に戻し、手についた結露をズボンで簡単に拭う兄貴。

ストローを噛んだ跡。


「紙ストローって噛んでも飲めるの?」

「いやもろもろになる、最悪」

「…ふふ…じゃあなんで噛むの…」

「……笑うな」

「兄貴も笑うな」

「こっち見んな」


くだらない話。

楽しかった。

兄貴とこんな話するのが俺の夢だったから。


なんて思っていた途端立ち上がる兄貴。


「どした」

「やっべまじどうしよヨントン当たったやっべ俺死ぬかも」

「おめでとマジで、映像のサイン会のことだっけ?CD積んだおかげだね」

「やめて、使った金額思い出したくない」

「ウケる、座りなさい」

「はい」

「あ」

「どした」

「彼女からメッセージ来た、かわい」

「ほほほ、おめでと」

「変な笑い方しないで」

「悪いか」

「悪いです」

「悪いのか?」

「悪いです」

「悪いのか…」

「悪いです」


幸せだった。

お互いしかいない家もできて。

兄が寮で過ごしていた人達がたまに来たり、俺の彼女も遊びに来る、そんな素敵な家。


大学にまた通い始めた兄。

嬉しかった。


「てか聞いて、友達から聞いたんだけどさ、俺大学中退した時めっちゃ話題になったらしい!」

「そうなの?なんで?イケメンだからか?」

「わからん……だったら嬉しいけど…うわ恥ずかし!なかったことにしてください」

「ダメです」


顔を覆いわざとらしく悶える兄貴。

左手首に入った北極星のタトゥー。

右の耳たぶに並んだ3つのピアス。

ハーフアップにした黒髪。


「友達できたんだ、よかった」

「うん、女の子二人、めっちゃ見た目派手」

「そうなんだ」

「付き合ってるらしい」

「へえ」

「一緒にいて心地良いわ、目の前でキスされなきゃ」

「そりゃそうだよね」

「うん」

「兄貴」

「なんや」


微笑んだ。


「あのさ、今更言うか?って感じだけど、手紙の謎解きしてくれてありがと」

「確かに今更だな」

「ね」

「こちらこそありがと、謎解き楽しかった」

「はは!マジ?兄貴ああいうの好きだったっけ?」

「好き好き!好きになったんだよ!寮にいた時ずーーっとナンプレしてたからそのせいで!」

「おかげ」

「せいで!」

「おか、もういい」


兄貴のきついヘアオイルの匂い。

兄貴は紙ストローを手に持ち、グラスに口をつけそのまま飲んだ。


「もう紙ストロー捨てようよ」

「捨てる場所없어じゃん」

「韓国語出てる。普通に「捨てる場所無い」って言いなよ」

「미안해」

「普通にごめんって言えや」

「だってほら、推しが韓国語話せるからさ…ほら、ヨントンあるし…ほら…」

「兄貴髪の毛ベタついてるよ」

「何回も言わせんなよだからオイルだって!!!!!!」

「兄貴Iなのになんでそんなリアクションでかいの」

「E寄りだからだよ」

「んなわけない」

「んなわけある」

「んなわけない」

「んなわけある~」

「んなわけない~」

「んなわけある~」


9つも離れている俺に対して、まるで同年代の友達と話しているかのように接してくれる兄貴。

TなのにFの俺へ合わせて話してくれる兄。

昔からずっと憧れてて、ずっと大好きだった。


「んなわけない~」


笑うと目尻が垂れる兄貴。


「んなわけある~」


「 」苦労していた兄貴を思い出した。


「たのしいな、喧嘩できて」

「、うん」

「彼女とも会えてよかったな」

「、うん」

「俺も☆☆と話せるし」

「、うん、」

「これから良いことしかないよ」

「ドーナツの穴ごと食べる人は違うね」

「違うだろ」

「さすが」


兄貴は優しく微笑んだ。


「あのさ、俺について話しても良い?」


頷く俺。


「今でもたまに憂鬱になるよ」


顔を上げる俺。


兄貴が着てる黒いTシャツが目に入った。


「でも、俺にとっての鬱は…電動キックボードみたいなもん」


首を傾ける俺。


「??」


「最近流行ってる、ほら、たまーに乗って走ってる人いるあれ」


「あれか…え?なんで?」


「最近出たと思われがちだけど、名前が広まったのが最近ってだけで、昔からずっとあった」


「うん」


「形はちょっとずつ変わっていってるけど…」


「うん」


「人によっては、あると嬉しく思ったりするし、面倒に思ったり、意味分かんないから触れないようにしたりしてる」


「うん」


「乗りこなすためにはそれ相応の努力をしなきゃいけない人もいれば、一発で乗りこなせる人もいる」


「うん」


「それが俺にとっての、俺の中にあった鬱」


「……うん」


「苦労して、面倒に思って、意味分かんないから触れないようにしてたけど、今はずっと側にいてくれてるから、無くなったら無くなったで寂しく思ってしまう物」


「どうせなら黒い犬に例えなよ」


「黒い犬はダメだ、かわいすぎる」


「犬好きだもんね」


「大好き」


「イマジナリーワンコ飼えば?」


「いるよ」


「いるの?名前は?」


「ない、たけし」


「また適当な…」

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テーマ 再会 正 @Talkstand_bungeibu

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