4.Lust
水が怖かった。
水もだし、昔から雨への恐怖心があった。
雨の日には決まって嫌なことが起きていたからか、ずっと、今でもたまに怖くなる。
少し前までは風呂のシャワーの音でさえ怖くて、寮の脱衣場で踞る俺を見た先輩は、怯える俺を見て怯えていた。
克服したと思っていた。俺の言葉に先輩は笑った。
「そんなもんだよ」と。
それを聞いてほっとした俺は、脱衣場にいる先輩に話しかけながら風呂に入った。
先輩は面倒そうにしながらも相手してくれて、髪まで乾かそうとしてくれた。
結婚するから退職すんだってさ。
正社員になって、奥さんとしっかりした生活を築きたいらしい。
「俺らみたいなクソガキの世話できたんすから何でもできますよ」
俺の言葉に先輩は笑っていた。
友達はそれ聞いて「巻き込むな」ってぶっ叩いてきた。
先輩はそれ見てまた笑って、そして俺の頭を撫でてから、強く抱き締め、この言葉を俺にくれた。
「お前は、強くじゃなく、強かに生きろよ」
それが俺の人生の指針になってくれた。
今こうして風呂に入れている今があるのはあの先輩のお陰。
今こうして働けている今があるのは弟のおかげ
俺の弱さの象徴である、身体中に描いた絵を「かっこいい」と褒めてくれた弟のおかげ。
親にも言えない俺を理解し、否定しないでいてくれた弟のおかげ。
そんな弟の助けになるためなら何だって出来ると思った。
実際なんだって出来た。
なのに、弟もそう思ってくれているとは知らずに、自分だけ苦労している気になっていた。
好きなアーティストを話した時の弟の輝く目。
俺の事を知ろうとしてくれた弟の優しさ。
全て嬉しくて、全て愛おしかった。
好きなアーティストか。
そういえば俺、英語圏のファンに「Babygirl」や「Daddy」って言われる人ばっか推してんな。
年上メンバーで、なんというか、いかつい見た目の人か?
好みが一貫していると言うか、なんというか。
俺もこの前知り合った人にそう言われて、あ、なんか俺も俺の推しみたいになれたのかな、なんて思ったっけ。
なんか頭がぐらぐらする。煮えてるみたい。
水の何が嫌だった?俺。
あ、濡れた自分の身体を触るのが嫌だったんだ。
それは今も変わらないし、風呂に入る頻度は他の人に比べてちょっと少ないかもしれないけど、入れているだけマシかって言い聞かせてる。
実際マシだろ。
呼吸が浅くなる感じも嫌だったな。
息を吸うタイミングを逃したらダメになる感じ。
でもさ、前まで手を洗うのすら無理だったのに、今では事故で頭から水被ってしもてもなんかちょっと焦ってちょいチビるくらいでそんな、あの、昔みたいに大きく大慌てはしなくなくなっ、なっ。
あ?まって?まって、何言った?余計な事言ってない?俺
まって、まじで本格的に頭働かんくなってきた。
「あ」
やばいのぼせたかも
これはのぼせてるわ
頭ぐわんぐわんしてきた
これあかんやつや
浴槽ではあかんて
早くあがらなきゃ
その瞬間
「あ」
どろっと鼻の奥の方から
ふんわり浴槽に浮かぶ赤いリボンが舞って
いや詩的なこと言ってる場合じゃない
あー!動いたから!
ほら!動いたから広がってる!!
真っ赤になっちゃった!止まんない!!鼻血!!!最悪だ!!腹から下真っ赤になってる!!!腹から下真っ赤になってる!!!!!腹から下が真っ赤になってる!!!!!!また身体洗わなきゃだ!!腹から下が真っ赤になってる!!!!!!!!!!!最悪マジで冷水で洗うしかねえじゃんもーーーーーさいあくーーーーーーー!!!!!!!!!
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