3.Diligent


idealsの☆☆が好きだ。

明るくて、朗らかで、メンバー思いで、何に対しても真摯に向き合っている☆☆が。

スカウトで入社し、皆よりも遅いスタートだったにも関わらず、必死で練習を重ねたおかげか今ではセンターパートを勤めている☆☆が。

俺と違って、何もかもに真っ直ぐ向き合っている☆☆が大好きで仕方なかった。

アイドル達がよく言う「ロールモデル」というものを、昔の俺はよく理解していなかったが、今の俺には分かる。

はっきりと分かる。

俺にとっての理想は☆☆だと。

俺と違って明るく朗らかな彼。

新たな知識を与えてくれる彼。

ああなりたいと強く思った。

後輩アイドルに比べると人気は劣るかもしれないが、俺はあの5人組が、idealsが大好きだった。


メンバーが製作した曲が入ったアルバムがリリースされ、それが売れ、あっという間に人気アイドルに仲間入りしたideals。

俺はその中の一曲である、☆☆のソロ曲である"Black Dog"が目に止まった。




"Black dog

真夏の夜の夢のように

ありふれた物語みたいに

僕の僕だけの君

今日だけは側で寝て

今日だけは撫でていて


Black dog

真昼の蝶のように

ありふれた物語みたいに

僕の僕だけの君

今日だけは側で寝て

今日だけは撫でていて


全てを理解してくれた君

僕だけの黒い子犬

君を消したくはなかったよ

強い僕になるために

君を消したくはなかったよ"




☆☆が書いた歌詞。

☆☆の実体験を元にした歌詞。

ブラックドッグは鬱を表すと知った。

あの明るい☆☆にも憂鬱な時があったのか。

あの☆☆が心を病んだ時があったのか。

……

、手紙に目をやった。

弟の日記のような、俺宛の手紙。

勝手に開封した跡を。二重に貼られたテープを見つけた。母さんだろう。

いつだってそうだった。

母さん、俺達が通販とかで頼んだ物を勝手に開ける癖があったっけ。

入っているものが何かを説明してもそうだった。

『嘘をついているかもしれないから」と。

実際に嘘をついたことのある俺は母さんに逆らえなくて。


Black Dog

弟の書いた意味不明な手紙

もしこの言葉に裏の意味があるとしたら

そう思いながら裏側を見てみる

Black Dogの文字


「……」


弟が、俺に助けを求めている?




まず最初の文章を見てみよう。

「愛してたよ心からあなたをでもどうしてダメになったか分かるでしょうあなたのその態度だよそれが気にくわなかったの」

これは誰の言葉だ?……まさか、母さんか?


「愛してたよ心からあなたを」

「どうしてダメになったか分かるでしょう」

「あなたのその態度だよ」

「それが気にくわなかったの」


弟が母さんに言われた言葉か?それとも、父さんと母さんが揉めているのを見ていたという暗示か?


「昔行ったカフェを思い出したような表情」


これはなんだ?

カフェ…まさか、夢占いか?

カフェの夢は人間関係を表すのか。

人間関係が豊かになる事を意味している?

「思い出したような表情」

昔行ったカフェ。

昔はよかったという暗示か?

「昔に戻って欲しい」という弟の意思か?理想?

誰かが「昔に戻って欲しい」とそう言っていたのか?


「やっぱり人は簡単に変われない」

昔と変わらない人。母さんか?

「生まれてごめんね」

「私のせいだよね」

「こんな私だからだよね」

「愛してくれなんて言わないよ」

だとするとこれは本当に言われた言葉で、言ったのは母さんだろう。


「ドーナツ食べたい」

「付き合おう」

「好きになってごめん」

なんだこれは。ドーナツの夢…?

それか、兄に対して恋愛感情を抱く夢?

ドーナツを食べる夢は…運気の上昇、もしくは下降?

恋愛運の低下とかそういうことか。

上手いと良くて不味いと悪い…食べたいだから食べてはいない。

ということは、食べようとしている。

誰かと恋愛をしようとしている?

お、弟よ……!!!

誰とだ?兄と?

夢に出てくる兄は、自分自身、もしくは周囲の人を表すのか。

恋愛運…の上昇も表すらしいな。

……好きな人がいたけど上手くいかなかった?

いや、恋愛とか人間関係が上手く行っていることを表しているのか?

弟としては、今この状況が、恋愛面においても、人間関係においても良い感じだということか?


「私と貴女の運命」

「ずっと生きてた私の感情」

「踊れよ私のために」


「私と貴女の運命」っての…もしかしてこれは弟が気になってる相手の言葉?だとしたらめっちゃお似合いだな…弟をよろしく…。

まだ気が早いか…。

ずっと生きてた私の感情。

踊れよ私のために

分からない。すまない弟。少し先を読ませてくれ。


「ずっとそうしたかったから」

「心からありがとう」

なにした?

「ドーナツ買ってくれてありがとうお兄ちゃん」

あ、なんか俺ドーナツ買ってるわ。

俺が弟のアシストをした表れ?前あげたシルバーアクセサリーのことかな?

……待て?ドーナツって本当に恋愛を表してるのか?

確かドーナツの夢占いって…円満な人間関係を表す、だから必ずしも恋愛ではないのか。

俺が弟にドーナツを買った、ということは、俺が弟に…何か、人間関係が豊かになる何かを送った?

…仕送りのことか?弟も知ってたのか。



「昔見た映画の主人公思い出した」

「かっこよかった本当お兄ちゃんみたいで」

弟がよく言っていた言葉。

俺がアクセサリーつけてると毎回「兄さんの好きなアイドルみたい」「あの映画の主人公みたい」って言ってきて、それいうたんびに

「うるさいなお前はいつもそうだ」

「だってお兄ちゃん」

そうだ、こんなこと言ってさ。

嬉しかったな。

お前が褒めるからアクセサリー買い漁るようになったんだぞ…。

弟はこの頃を思い出したのか。

俺が仕送りを送っていて、昔を思い出した。

……弟は、俺が自分のせいで苦労していると思っていたのか?


……次はなんだ…カンガルーが出てくる夢?

母性に溢れた人を意味する。

なんというか、かわいいな。

夢見がちなこいつらしい。

そして、踊る夢は。もっと自分を表現したいという思いの現れ。

ということは。弟はカンガルーのように、母性に溢れているように思われているけど、本当は自分を表現したいと……。

いや違う。このカンガルーは、弟の回りにいる母性や包容力に溢れた人を表し……。

あ、まさか俺か?

ということは?弟は俺といて、もっと自分を。俺の力ありきで。

俺を、使うことで自分を表現したいと思っているのか?

俺と一緒に何かを表したい?

弟の思いを誰かに打ち明けたい?

誰に?

…俺か?

俺だな。このカンガルーは確実に俺だ。

なら、踊っているのが俺だとしたら?

兄が踊る夢。出てこないな……。


「誰なのその人」

……なんだこれ?

知らない人が出てくる夢は、自分の知らない領域について…気付いていなかった自分自身について知り始める、ってことか?


「シンクから皿が落ちる」

不注意だ。

皿を落とす夢は家庭環境への不安。

そして「意識レベル低下」

これは…眠りに落ちることを表しているのか?皿が落ちることにも気付かない程の深い眠りに。

違うか。

待て。意識レベル低下の要因は?

脳卒中。低血糖。心的外傷。低酸素。


息を吐く俺。


アルコール中毒。

成る程。元凶は父親。

まだあの家にいるのか。

別れたんじゃなかったのか。

俺が別れさせたんだ。

俺がいなくなればまた、会うか。

何故会う。

なんで会うんだよ。

金の無心か。金の無心か?金かよどうせ。


拳を机に叩きつけた。

そして弟が父親に怯える顔がフラッシュバックし。


「……」

赤く染まる。

じんじんと痛む拳。

「……」

震える手。

アルコールを欲している自分に気付いた。

ダメだ。ダメだ。ダメだ。

弟を守らなければいけない俺が。



弟。

今、怖いかな。

俺が知らずにいた間もずっと。

怖いかな。



まとめると、両親が揉めている姿を間近で見ていた弟。

今両親は離婚しているけど、母さんは「昔に戻って欲しい」と思っている。

でも弟としては、両親にはこの距離感でいて欲しいと思っている。

何故なら弟の回りは少しずつ充実しているから?

昔から俺がしていたことを知っている弟。

だからこそ、弟は今、俺に対して言いたいことがあって、手紙としてこの日記を書いている。

今、弟が一番俺に言いたいこと。

それは「父親が帰ってきた」

あのアル中で、母さんと弟に暴力を振るっていた父親が。


お兄ちゃん、褒めて。

……弟…。


震える手。怒りに満ちる身体。


弟に会いたい。




電源入れて煙吸い込んだ。

身体への影響は考えた。勿論。

でもこれだと壁がヤニで汚れることはないから。


弟の手紙をもう一度読んでから、窓から外へ目をやる。

いやな程澄んだ空。

美しいと思った。

シャツのボタンを開け、鳩尾に入れた北極星のタトゥーを見る。

本当は手首に入れたかったけど、入れるなら半袖で隠れる範囲に入れたかったから。



「……」

スーパーで、10円くらいで売ってた、コーラ味の飴の匂いを思い出した。

「……」

小遣いん中からなんとか、30円くらいで買ったコーラの味。

『コーラ味の飴の味のコーラ』とか言って笑ってた弟。

一気飲みして吐いていた俺。

それを見て心配しながら涙を流して笑っていた弟。

頭こねくり回したっけ。

二人で大爆笑して。

「……はは…本当…昔から俺って…」


煙を吸い込み、吐き出した。


弟に会いたい。

もし会った時には、この電子タバコは捨ててしまおう。

俺らにはもう、10円のコーラ味の飴がある。

30円の、コーラ味の飴の味のコーラがある。


そうだ、次会ったら増えたタトゥーを見せてやろう。

俺の見た夢を描いたタトゥーを見せてあげよう。

烏の大群。黒い蝶。そして、前見せたカンガルーも。


「家に帰るよ」

それまでに準備するから、待ってて。


もう一通届く手紙。それを読んだ俺は覚悟した。

弟が自分の知らなかった領域についてを知ったから。

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