2.Greed
兄は私達のために働いてくれていた。
兄の興味のある分野についての勉強の応援をしたかった。応援してあげたかったけれど、通っていた大学を中退させてしまった。
理由は私とあの人が離婚したから。
あの人は私と弟に暴力を振るっていた。
兄が居ない間に、私達二人はあの人に、あの悪魔に何度も殺されかけた。
私は、私自身と、身体の弱いこの子を守るために離婚した。せざるを得なかったのだ。
その上恐怖症が多く、何もしたがらない弟だからこそ、私が守らなければいけなかったのだ。
離婚した時、兄は「気付くのが遅れてごめん」と謝った。
そして私達二人を抱き締めた。
「俺が二人を養うよ」
兄は強かった。弟は兄を引き留めようとしていたけれど、兄の気持ちを大切にしたかった私は弟を止めた。
私の日頃の行いのせいで、兄を苦しませてしまった。
兄を正しく生きさせるために全身全霊を尽くした。
そうしたら弟も身体が安定してくれて、安心しきっていた矢先にある出来事が起きた。
弟が兄に送った手紙。
メールでも良いんじゃないの、と言おうとしたけれど、弟は書くと言って聞かなかった。
何か異変を感じた私が手紙を開いて見てみると、そこには驚くべきような内容が書かれていた。
『昔行ったカフェを思い出したような表情やっぱり人は簡単に変われないドーナツ食べたい付き合おう好きになってごめん私と貴女の運命ずっと生きてた私の感情踊れよ私のためにずっとそうしたかったから心からありがとうドーナツ買ってくれてありがとうお兄ちゃん大好き昔見た映画の主人公思い出したかっこよかった本当お兄ちゃんみたいでうるさいなお前はいつもそうだだってお兄ちゃん見てカンガルーが踊って踊ってそのまま踊り続けてお兄ちゃん見てお兄ちゃん聞いて誰その人誰なのシンクから皿が皿が落下意識レベル低下ありがとうございましたは?ありがとうございましたよく言えました偉いねほんと?なら褒めてお兄ちゃん良い子良い子してよお兄ちゃん』
意味が分からなかった。
これを本当に送って良いのか迷った。
だから一応、兄に対してメールで「気を付けて」と忠告をしておいた。
兄は「分かった」と簡単な返信をし、その三日後に「家に帰るよ」という嬉しいメールをしてくれた。
しかし、私は弟と兄を会わせようか心から悩んだ。
全てを分かってくれている優しい兄は「早く二人に会いたいよ」と言ってくれていたけれど、弟の持っているこの考えをどうしようか。
あの手紙に何か隠された意味があったとしたら。
もしも弟が、兄に対して、歪んだ感情を抱いていたとしたら。
久しぶりに、私達二人の家に兄が来た。
薄手のカーディガンの下に着ているのは、見慣れない季節外れの黒のTシャツに、灰色のスウェットズボン。
長く伸びた髪は真ん中で分け、少しベタついていて、頬から少し肉が落ちたのか、少し不健康そうに見えた。
「久しぶり、元気だった?」
私と弟に微笑みかける兄。
変わらない笑顔。
「元気だったよ」
私の言葉を聞き頷く兄。
「弟、久しぶり」
「うん、久しぶり、兄さん」
不気味に思えた。
あんな手紙を送っておいて、あんな手紙を読んでおいてよくそんな顔を、と思った。
すると、兄は弟に微笑みかけ、こういった。
「弟、俺はな?実は、半分満ちたコップを見て「まだ半分ある!」と喜ぶ人間なんだよ」
意味が分からなかった。
「そして、実は…ドーナツの穴ごと食べる人間…!」
眉間に皺を寄せる私達。
「だから、えっと…何が言いたいかというと?行ったことあるカフェでは人は変われないし、カンガルーは踊り続けながらお前の手を引いて撫でてやるよ」
弟に手を伸ばす兄。
弟は目を見開いてから手を取った。
「こ、こら…!何を意味の分からないことを…!お前まで!」
兄は言葉を続けた。
「シンクから皿が落ちる程の意識レベル低下、ドーナツはもう腹一杯飽きるほど食べたのなら」
不思議そうに目を見開く弟。
兄は弟の頬を撫で、優しく微笑みかけてから、強く手を引き、まるで弟を自らの腕の中へ閉じ込めるかのように抱き締めた。
「そんなお前らに俺の大切な弟は渡さない」
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