週末は家でゾンビになってる
古博かん
ある意味においては持続可能な開発目標
都心から車でおよそ一時間半ほど、高速道路を走らせれば昨今流行りのポツンと田舎暮らしができる環境が整ってきた。
平日は黙々と仕事、週末は田舎でのんびりライフ。いずれ今の仕事が落ち着いたらプチ田舎に完全に引きこもって、自然に囲まれてリモートワークに丸ごとシフトを目論んで数年、最近のマイブームは「適度な田舎物件の下見」となりつつある。
今日も今日とて、求めて止まない適度な田舎へ向かっている。
「進行方向残り五百メートル。まもなく目的地です」
抑揚のないカーナビ音声を淡々と聞きながら、今回の物件を管理されている不動産仲介業者との待ち合わせ駅に到着する。こぢんまりとした無人駅を想像していたが、真新しい駅舎は無駄に居丈高だ。
とはいえ、ガチガチのど田舎になると電車自体が廃線になることもしばしばだから、これくらいカネの匂いがするプチ田舎がちょうど良い。
ピカピカから少しだけ経年を感じさせる新しい駅ビルの一階並びに、その仲介業者のオフィス兼店舗がテナントとして入っている。コインパーキングの一部に業者の管理する指定駐車場が併設されている関係で、そのまま空いているスペースに車を停めた。
隣にはピカピカに磨かれた業者の社用車(四輪駆動)がスタンバイしており、本日はこれに乗り換えて現場に連れて行ってもらうことになる。さすが向かうは奥山の物件、車の準備が違う。
「おはようございます、本日はよろしくお願いします」
「おはようございます、いらっしゃいませ。本日の物件を担当いたします、わたくしゾノベと申します。よろしくお願いいたします」
土曜の朝イチから、コートも羽織らずにかっちりとしたスーツ、きっちりとした四十五度のお辞儀から流れるように両手で繰り出される名刺。
そこに踊るZNB住宅振興サービスと宅地建物取引士の文言。
名刺上部のキャッチコピーには「誠心誠意、最後までお付き合いいたします」と添えてある。
「では、早速現地に向かいましょう。少し距離がありますからね」
さっと助手席の扉が開かれ乗り込んで扉を閉めるまで、実に手慣れた無駄のない動きを披露された。
「駅から車で二十分ほど走りますが、山道も整備されていて非常に便利なんですよ」
「そうなんですね、楽しみです」
淀みのない営業トークと同時進行で運転席に着き、シートベルトを絞めながら滑らかに車を発進させる手際の良さ。
立派すぎる駅から離れて程なく、渋滞とは無縁の牧歌的な田舎道が続く。
駅だけでなく、道路も実に広くて快適だ、このカネカネしい第三セクター臭がする感じ、悪くない。
「畑が多いですね。何が収穫できるんですか?」
「色々ありますが、メインはやっぱりカリフラワーですね」
「カリフラワーですか……」
言葉のとおり、対向車ともほとんどすれ違わない、だだっ広い道路の両脇に延々と広がるカリフラワー畑は確かに圧巻だが、なんだか不思議な感じがする。
時々、遠くの方の畑に数名が畝に屈み込んでいる後ろ姿を見かけるが、あれはいったい何をしているんだろうか。
「畑の手入れですか?」
カリフラワーの旬といえば、晩秋から春先にかけてだったか。
「ああ、いつもの光景ですね。住んでみたら、すぐに慣れますよ」
本日の担当者ゾノベは、運転しながらチラリと横目に一瞥しただけで、特段驚く様子もない。道路は広いが家はまばらで、そのいずれもが目を見張るほどの敷地を有した豪邸と評して申し分ない田舎建築が並ぶ。
「最近は古民家再生も流行ってますからね。これから向かう物件も築八十年の古民家を内装フルリノベしたものなんですよ」
「写真だと外観も綺麗になっていましたよね、塗り直したりしたんですか?」
「ええ、物件のオーナーさんが古民家リノベに造詣の深い方でしてね。土壁は漆喰壁に仕上げ直して、屋根は風合いをそのままに軽いスレート瓦に取り換えましたが、焼杉の化粧板は状態が良かったのでそのまま再利用されています。さすがに基礎は現在の建築基準に合致するように打ち直しましたが、躯体構造はほぼそのまま組み直してあるので、通し梁なんかも見応え抜群ですよ」
「わあ、早く見たいですね」
ゾノベの営業トークには一切の澱みがない。
道中すでに期待値が振り切れそうになっているのだが、いよいよ山に入るとくねくねとしたつづら折りの林道が続き、なかなかの坂道が行手に現れ始める。それでもちゃんと舗装されているのだから、大したものだ。時々、鹿やイノシシ、熊注意の看板が目につき、そこは若干の不安要素だが。
「熊も出るんですか?」
「近年、増えてますからねえ。一番多いのは鹿の被害なんですけどね、農作物食い荒らしちゃうので」
「あー、ニュースで聞いたことあります。億単位の被害総額だったって」
「ここら界隈では、まだマシな方なんですけどね。まあ、油断しないに越したことはありませんから」
「そうですよね、お察しします」
「あ、まもなく着きますよ。左手に見えてるあの物件です」
示された方向には小山しかない。
「山……ですよね?」
「はい、あの山丸ごとついてます」
「ふぁっ !?」
土地付き物件だとは聞いていたが、土地の規模が小山とは聞いていない。自然豊かで非常に理想的ではあるのだが、田舎の規模を少々侮っていた。
「母屋は平屋建てですが、隣には鶏小屋と小さいですが山羊舎もありますよ。家庭菜園もやりたい放題です! 実際、オーナーさんもカリフラワーをたくさん育てておられますよ。酢漬けやオイル漬けなんかにして保存食も作る凝りようでしてね」
「やっぱり、カリフラワーなんですね……」
「そうですね、そこはやっぱりカリフラワー 一択ですね」
なぜ一択という選択肢しかないのか疑問は増すばかりだ。
この地域はカリフラワー信仰でもしているのだろうか。
私道に入る境界線には、砕石を詰めたワイヤー囲いのストーンウォールが門柱の役割をしているようだ。もっとも、山際だから砂防堤と言われたら、そうかもしれない。
「ガビオンですか、おしゃれですね」
「おや、よくご存知で。ここからは土道になりますので、少々揺れますよ、お気を付けください」
私道に入るとさすがに舗装はされていないが、それでも車が通るには十分な広さが確保されているから、元は間伐作業用の林道なのだろう。
小さめのつづら折りの道を五分ほど走らせると、小高い山頂は開けており、随分と見晴らしが良く、第二の門柱が出迎える。こちらもガビオン仕立てに、サビ加工仕上げの渋い表札が掛けてある。
「お疲れ様でございます。こちらが本日の物件、築八十年のフルリノベ古民家でございます」
ささっと下車して助手席側に回ると、こちらがシートベルトを外し終わる前にドアが開けられるという至れり尽くせりだ。
降りて開口一番、景観の良さと背後の尾根伝いに吹く風の心地良さに感動する。これは、出だしからポイントが高い。
屋根付きの玄関ポーチに続くアプローチは飛び石調に配置され、古民家のイメージを損ねないようコンクリートは洗い出し仕上げ。
屋根はスレート瓦に葺き替えたそうだが、見事に門柱のガビオンロックとも色彩が調和していてオーナーのセンスをしみじみと実感する。
「さあ、どうぞ。玄関の引き戸仕様はそのままに、断熱性と飛散防止に優れたLow-E安全合わせ複層ガラスの格子戸に取り替えております。こちら、乳白色タイプのすりガラスなので、採光は妨げずにシルエットを
「すごい、鍵も今時ディンプルキーなんですね」
「昨今、田舎でも防犯面は意識するようになりましたからね」
促されて玄関に入れば、向こう正面の庭まで視界が開ける広々とした通し土間。その広さと開放感に驚いたが、それよりも足元が暖かいことの方がポイントが高い。
「土間なのに寒くない……!」
「さすが、よくぞお気付きで。こちら、基礎打ちの際に予め土間コン用床暖房を施工済でございます」
「めちゃめちゃ、お金かけましたね」
「オーナーさんが張り切っちゃいまして」
だが、古民家の畜断熱性能は本当に大事。
聞けば、内壁断熱層を設けたこと以外にも、掃き出し窓や腰高窓も全て複層ガラスに取り替えてあるから、カーテンがなくても開口部の十分な保温性が担保されているそうだ。
ご近所の視線が気にならないこの環境、この景観をカーテンで隠すのはあまりに惜しい。オーナーさん、さすが心得ていらっしゃる。
玄関一つでテンション爆上がりだ。
床暖房完備の通し土間は、奥に進むとキッチンが直で据えてある。
昔は炊事場だったであろう場所を、あえてそのまま生かしてあり、しかし水回りは最新設備に入れ替えられて実用性が高い。
土間コンに合わせて、ダーク系の石目調で前板を揃えてあるシステムキッチン、はちゃめちゃにカッコいい。
「こちら、カウンターキッチンになっておりますので、ささっと軽食を済ませたい時や一杯やりたい時は、土間でハイスツールをご利用いただけますし、大人数の際は向かいのダイニングテーブルやリビングをそのまま開放して、パーティーもお楽しみいただけますよ」
確かに、動線が良くて使い方の想像が容易にできる。
ダイニングテーブルもカウンターキッチン向かいの土間に直置きだが、土間側半分は椅子で、反対側は小上がりになったリビングの床が、ちょうど良い高さに設計されていて、同じテーブルが向かい合わせで座卓のように使える配置。
床レベルが高いから、ソファを置かなくても大型クッションや座布団を転がしておいたら快適そうだ。
庭に面した方の床は、一段下げた踏み台が間仕切り壁に突き当たるまで、通しで縁側の如く走っている。
多分、実際は土間も併せて十八帖程だと思うが、視界が開けている分、開放感があって見た目以上に広く感じる。
土間キッチン&ダイニングと、リビングスペースは障子を閉めたら間仕切れるから、そのままリビングを雑魚寝ゲストルームに転用することもできそうだ。これは楽しい。
「あれ、この障子……」
「お目が高いですね。ワーロン紙を使用しております。和紙両面を塩化ビニル樹脂でラミネートしたものでして、強度があるのでお子様やペットのおられるご家庭におすすめです。和紙に比べると通気吸湿性能は落ちますが、水拭きお手入れができるので掃除はしやすいと思いますよ」
「なるほど、これを閉めたら縁側の掃き出し窓のカーテンは、確かにいらないですね」
見た目もスッキリだ。
何より、カーテンを洗うという重労働から解放される。地味に面倒臭くて大変な作業の一つだ、あれは。
リビングの床は、元の畳の経年劣化が著しかったとかで、新たにフローリング調に貼り替えてある。
といっても、和の風合いを損なわない程度にバーズアイメープル(床暖対応)を床材に選択するあたり、相当にこだわっている。一見無垢に見えるが、表面に挽板を合わせた複合板だからこそ成せる技だ。じゃないと、高級楽器や家具が泣く。
ダーク系でまとめた土間キッチンとの対比で、古民家と和モダンが渾然一体となった空間。塗り直した漆喰壁の白さと、経年で随分と渋い色味に変わった躯体構造の濃淡を床面の明るさが適度に中和している。
そして視線を上げれば、お待ちかね。
「立派な梁ですねえ」
本来なら、天井板を張って屋根裏に隠れてしまう梁をあえて剥き出しにすることで、嵩上げした床面からの天井高も確保されて視覚的な開放感がすごい。
規格化された現代の構造体とは異なり、自然なままの曲線を生かした個性豊かな梁が拝めるのも古民家ならではの醍醐味だ。
カウンターキッチンとダイニングテーブル上には、グラデーションがかったスモーキガラスのペンダントライトを多灯配置し、一方で、リビングはダクトレール上に光量を抑えた温かみのある電球色で統一したスポットライトを並べて、白い壁面を照射しながら柔らかい光を拡散させるオール間接照明仕様。
のんびりと寛ぐことを目的にしているのが一目瞭然だった。
築八十年の古民家にしれっと混ざる北欧モダンな照明。
和に振り過ぎなかった床材が、この照明で更に活きる。
やばい、お洒落値が振り切れている。
「そろそろ、次のお部屋にいきましょうか」
「あ、すいません。そうします」
ここまでで軽く五千字弱割いているが、まだ土間とLDKしか見ていない。
このペースだと日が暮れるので、サクサクと内見を進める。
バス洗面トイレは節水省エネ基準を満たした規格品に丸ごと入れ替えてあり、お馴染みのメーカーが鎮座している。土間側ではなく、リビングから直行できるのも生活動線がまとまっていて非常に良い。
「内装フルリノベにあたり、古民家といえど省エネ住宅基準に適合するように改装いたしましたので、その辺りの住宅性能もご安心いただけるかと存じます」
シャワートイレは業界ナンバーワンクラスの節水仕様、勝手に蓋が開くし、用を足したら勝手に流れるし、夜間勝手に除菌するタイプ。
ついでに電気も熱線センサー式で勝手に点消灯するから、電気の消し忘れも気にしなくていい。
洗面脱衣室との段差をなくしたバリアフリー浴室は、浴乾暖房付き。浴槽が保温性能の高い魔法瓶仕様なだけでなく、浴室そのものが蓄熱保温機能を備え、床からの冷えを抑えたヒートショック対応型。しかも、足触りが良く乾きが早いでお馴染みのメーカー品だ。
そして、洗面脱衣室には洗濯機とガス式タービン乾燥機も備えており、天井には昇降式の洗濯物干しも完備していて、そのまま家事室の役割も担える広々仕様。
収納スペースもちゃんと確保されている。
各水回りにはそれぞれ小窓(ペアガラス)もあるため、採光と換気は万全とのことだ。
ここまで、ゾノベは一度も噛むことなく巻きで一気に説明した。
「これも、
「ん?
「はい、地域独自の十八項目に取り組む
「
「さようでございます」
一体なんだろう、Zって。
再びリビングに戻ってきたところで、ゾノベが思い出したように追加する。
「実はリビングのこちらの壁面、間仕切り型の大容量収納になっております。取手の目立たないプッシュオープンタイプの扉なので、見た目もスッキリしてますでしょう?」
「わあ、ほんとだ。気が付かなかった!」
漆喰壁から木目板に変わる境目、ダイニング側に引き込む障子裏部分にあたる壁面が軽い力でパッカリと開くと、好きに高さを変えられる稼働棚が現れた。
リビングでごちゃつくアレコレや掃除道具もすっぽり入る。
しかも、生活感がない。
芸術加点の入る造作だ。
「玄関土間の左手にも大容量シューズクローゼットと続きの多目的納戸をご用意しております。カリフラワーの酢漬けも漬け放題ですよ」
「……結構、大胆に間取り変えたんですね」
そうでなければ現代的な水回りを持って来れないから、座敷部分を減築して間取りを整理したということのようだ。
さすが、オーナーが実際に住んでいただけのことはある。
隙あらばカリフラワーを推してくるのは意味不明だが。
「では、寝室へご案内いたします」
リビングを横切り、間仕切りを超えて、縁側代わりの一段下がった踏み台が行き止まる間仕切り壁。
庭側に面した引き戸を開けると、そこはあえて天井板を張り、高さを抑えたこぢんまりとした空間。
リビングは漆喰壁だが、こちらは櫛目調のクロスを貼り、足元照明を入れた浮き収納の横にある一面だけをニュアンスのあるアクセントクロスで引き締めて、床間の如く格調高い仕上げになっている。
一歩立ち入った瞬間から鼻腔をくすぐるイグサの新鮮な香りのとおり、ここには新しく琉球畳みが敷かれていた。
和室向きに誂えた複層ガラスの窓には、ツインタイプの和モダンなプリーツスクリーンが備え付けられている。寝るための空間なのだから納得だ。
シンプルに落ち着く。
「上下どちらにも引けるダブルスクリーンなので、雪見障子風に寝ながら部分的な景色も楽しめますよ」
「もはや旅館ですね」
先程から加点が止まらない。
ちなみに、造作を左右対称に配置して、隣にもう一部屋並んだ2LDK+土間。
古民家フルリノベ万歳。
「庭に出てみますか? 街中にはない広さですよ」
通り土間に降りて掃き出し窓を抜けると、そこは歩きやすいように整地されているものの冬枯れしたワイルドライフが生い茂っている。
庭のメンテナンスは大変そうだ……これは減点ポイントにならざるを得ない。あ、だから山羊を飼えと。
庭柵は無いが、生垣がわりの植栽が整地部分の目印になりそうだ——まあ、ひと山付いてる物件という時点で規格外も甚だしいのだが。
「あちらがオーナーさん手作りの家庭菜園です」
丸太を打ちながら作った不揃いな階段が、ハイキングコースみたいで楽しい小道を少し降りると、眼下に広がったのは白いポコポコが畝ごとに並んだ段々畑だった。
家庭菜園の規模じゃないぞ、あれは……?
上から眺めていると、畑の一部に蹲っている背中が何個か見える。畑の世話かと思ったら……
「あの、カリフラワー生のままバリバリ食べてませんか、あの人たち……? 人ですよね……? んん?」
擦り切れて薄汚れた衣類は、土いじりをしていて汚れたかなと思わなくもないが、明らかに膿んだ血色の悪い肌、挙動が明らかに不審な人モドキが脇目も振らずにカリフラワーを貪っている……え、何だこれ。
「ああ、好物なんですよ。本当の好物は人間の脳みそらしいんですけどね、形が似ているからか、カリフラワーでも良いみたいなんですよ。それで、安全対策と地域興しも兼ねてカリフラワー栽培に本格的に取り組みましたところ、人的被害は無くなりまして、代わりにアレが日常茶飯事になりました。
そろそろ、観光資源にしても良い頃合いかなと思いますね、某有名テーマパークでもシーズンイベントで踊ってたりしますでしょう?」
突き抜けた発言をするゾノベを振り返ると、何一つ動じていない。
ここに来る途中、運転しながら見せた反応と寸分違わない、淡々とした無感動な物腰。
「え……、え?」
小山丸ごと一つ分というインパクトから考えると、斜面を上手に利用した段々カリフラワー畑の驚きなど、些細なことに過ぎないのだが、問題はそこにフラフラと蹲ってカリフラワーを生のまま貪り食っている人モドキたちだ。
「あの、もしかしてSDZsの『Z』って、まさか……」
「はい、ゾンビですね」
即答キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
「いやいやいや、ちょっと待ってください。おかしいでしょ、何ですか『持続可能な開発ゾンビ』って」
「人口減少と少子高齢化により、これからも相対的に増えるであろう死に損ない……じゃなかった、『ゾンビたち』を持続可能な開発目標の一つとして経済活動と社会福祉に役立てようという画期的な試みです」
「いやいや、ゾノベ。あんた何言ってんの !?」
ゾンビが敷地内に侵入して白昼堂々カリフラワーを食べるような環境で、のんびり暮らせっていう前提はおかしい。
「目を合わせなければ、基本的には襲ってこないので大丈夫ですよ。ゾンビがいると鹿や猿なんかも寄ってこないですし」
ゾンビと鹿や猿なんか(おそらく熊やイノシシ等も)が同じ括りで野生扱いされているの、絶対におかしいと思うんだが。
「あの、オーナーさん、本当にここに住んでたんですか?」
「はい、お住まいでいらっしゃいましたよ。今も、あちらにいらっしゃいます」
さらっと答えるゾノベが指し示す先、その先には件の『Z』sしかいない。
その中に、比較的現代的でロハスに小洒落た格好のゾンビが
「え、まさか……?」
「はい、この物件のオーナーさんです」
オーナー、ゾンビになってる—— !?
「ホカベさーん! 先日お話ししました内見者様、お見えですよ——!」
「ちょっと、ゾノベぇぇえええ—— !?」
何、ゾンビを呼び寄せてるの—— !?
声に反応したゾンビたちが一斉に顔を上げて振り返る。
その中で、鍬を持ったロハスなゾンビだけが片手を挙げて呼びかけに答え、ふらふらとこちらに向かって小道を登ってくる。
それに釣られたように、ゾンビたちがゾロゾロとロハスの後ろを付いて来ようとすると、振り返ったロハスがブンと鍬を振ってゾンビたちを薙ぎ倒した。
「オーナー、めちゃめちゃ凶暴じゃないですか!」
「大丈夫ですよ、しばらく失神するだけで死にませんから」
「違う、違う! そうじゃ、そうじゃなぁーい!」
ゾンビの心配はしていない!
どうする、とりあえず車まで走るか、逡巡していた一瞬の隙でゾノベに腕をガッチリと捕まえられる。
「まあまあ、落ち着いてください。気さくで楽しい方なんですよ」
「落ち着いていられるか——!」
「やあ、ろうも。はじめまひて、ホカベれす」
鍬を下ろしてヘラっと笑うゾンビは微妙に滑舌が悪い。
生きた心地がしない中、がっちりと捕まえた腕を離さないゾノベが、そのままホカベと和やかに会話を弾ませる。
「こちらの内見者様、物件ベタ褒めでしたよ」
確かに心の加点をしまくって褒めたが、ゾンビは論外だ。
「ほうれすか、嬉ひいれすねえ。ありがとうごじゃいまふ」
「新規案件も順調に進んでいらっしゃるそうじゃないですか、大盛況ですよ。
「いやあ、まだまらこれかられふ」
「え、あの、その状態でお仕事されてらっしゃる……んですか?」
「ええ、はい。来週も、打ち合わしぇなんれふ」
「……」
新規案件で打ち合わせにゾンビが来たら、施主さん大パニックじゃ済まないのではなかろうか。
「もう十年以上、『Z』sに携わってらっしゃいますよ。すごいでしょう?」
「平日は仕事にヒャカリキになりまひて、週末はのんびりゾンビを楽ひんでまふ」
週末だけゾンビになるの? え、どうやって??
謎の便利仕様が気になって仕方ない。
当のオーナーは、世俗の悩み苦しみから解脱した様子で、のほほーんと地面に突いた鍬の柄に腕を預けて寛いでいる。
首から下げたタオルで汗を拭いたら、額の皮膚がべろーんと捲れたが、それ、平日になったら戻るの……?
「十年後の購入を前提に当物件をご検討いただけるようでしたら、敷金礼金不要、管理費共益費込み二万円から、賃貸でお引き渡しすることも可能でございますよ」
この物件が月々二万円なら文句なしに即決だ。
最寄駅まで車で二十分、通いに高速一時間半など何の問題にもならない。
ただし、ゾンビはアウト寄りのアウト・オブ・アウトだ、話にならない。あり得ない握力でゾノベに腕を掴まれたままであろうが、論外なものは論外だ。
「いや、でも……」
「年間二万円れふよ」
マジか! 借地権でもなく、十年で諸々コミコミお値段たったの二十万 !?
話にならない荒唐無稽な売り込みだが、ゾノベの営業トークは徹頭徹尾、淀みがない。
そして、オーナーのヒトを超越した境地に達したであろう柔和な微笑みから、訳の分からない圧を感じる。
「い、一旦持ち帰らせてください……」
「ええ、もちろんでございます。ご不明な点、ご不安な点等ございましたら、ZNB住宅振興サービスまで、いつでもお気軽にお問い合わせくださいませ。わたくしゾノベが誠心誠意、最後までお付き合いいたします」
「お待ちしてまふ〜」
まさか今後のライフプランに、週末ゾンビという選択肢が増えることになろうとは、この時までは思いもしなかった……。
週末は家でゾンビになってる 古博かん @Planet-Eyes_03623
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