第4話

 私、ジャン・スミスは偽名だ。


 オルフェス公国大使館付武官として、国際情勢の把握、諜報活動の為に本名は名乗らないでいた。定例的に新人には『ジャン・スミス』を名乗らせていた。


 そして、前のジャン・スミスを名乗っていたのは、同僚のオリバーだった。

 この男が、仕掛けた罠である。


 国際鉄道の情報局は、運行の妨害をするものを探し、『ジャン・スミス』にたどり着いた。その拠点にしていた住宅はまだハッキリしなかったようだ。

 慌てた元ジャン・スミスは、定例的に付けられる名前を利用して、私に代わりにさせたのだ。

 拠点にしていた住宅は本当に使っていたものだ。しかし、中の人間は別。もしかしたら私が物資輸送の妨害に加担していたとして、捕まっていたかもしれない。


 全く知らずに――。


 妨害工作は、祖国オルフェス公国への反逆行為と見なされるだろう。それに自分の家系の名誉をも傷つけるところであった。


 その点は、アトルシャン・ミックスに感謝すべきだろう。


「申し訳ないですが、3階に移動してもらえないですか?」


 そう彼は言っている。何故か私の下宿で。

 あの格安のアパルトマンは、本当の持ち主が残念なことに亡くなっていた。そのため、国際鉄道が買い取ったそうだ。もう一度、下宿として。

 少しだけ家賃は上がったが、私は引っ越しすることなく、ここで住み続けることとなった。

 それに、もうひとり下宿者が増えることとなった。あのアトルシャン・ミックスだ。

 このノクティスを拠点にすれば、情報部の仕事がはかどるそうだ。東西南北に国際路線が延びているのが丁度いいのであろう。


「高いところがイヤだ!」

 と、子供のようなことをいい、私から2階の部屋を奪い、3階に行かせようとしている。1階は応接室のみとして、その上の各階を個人のプライベートルームにしたらしい。


 まあ彼よりも大人である私が譲るのは一向に変わらない。

 それに彼は家主に近い立場なのだから、その指示に従おう。


「ところで――ジャン・スミスは、偽名だったけど、君の本当の名前は?」


 そう聞かれたが、少し考える。


「それは、そのうち答えよう」



〈了〉

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安すぎるアパルトマン~(パイロット)灰色の習作~ 大月クマ @smurakam1978

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