第3話

 そろそろ時間だろうか。


 アトルシャンは、「今日の晩さん会は楽しみましょう」といっていたが、私は気が気ではない。


「なんであのアパルトマンを紹介したんだ?」


 私は同僚に聞いてみた。あの安いアパルトマンを紹介したのは彼である。

「まあ、話のネタ? この異国での気晴らしにどうかと思っただけだよ」


 声を詰まらせることなく、そう切り替えしてくる。

 確かに気晴らしにはなった。だが、あの忍び込んだアトルシャンの話を聞くまでは。


「あそこの家主のことは知っているか?」


 同僚は私の質問に、すぐさま首を振る。


「知るわけないだろ? あのアパルトマンは新聞広告で知ったんだ」

「では、その新聞広告はどこの新聞だ?」

「新聞? さあな……覚えていない。それがどうしたんだ?」


 首をかしげる同僚、その頃になると、私の元にアトルシャンが寄ってきた。カクテルを片手に少々酔っている感じた。顔が赤らんでいる。


「こちらは?」

 と、同僚は近づいてきたアトルシャンに気が付き、私の知り合いだとも。


「アトルシャン・ミックスといいます。鉄道の情報部に勤務しています。お見知りおきを――」

「国際鉄道の情報部などが、我が国の大使館で何をやっているのだ」


 怒りに満ちた目を同僚が、私に向けてくる。

 一民間企業に近い会社の社員が呼ばれているのは、いささか不釣り合いであろう。だが、彼がいる理由はある。


「我が社も国際交流のお手伝いをと思いまして――国を跨いで線路を牽くとなりますと、こういった場所での親睦を深めることも必要かと」


 低姿勢なアトルシャンに対して、鼻を鳴らしながら同僚は言った。


「小癪な手だ。ご機嫌取りをして好き放題に鉄道を牽き、国の財産を吸い上げる。それが君達のやり方だ」

「いえいえ、適当な場所に運ぶのが、国際鉄道の役目ですから――

 貴国の軍事物資も、世界中からかき集められたものですよ」

「そんなことを百も承知だ!

 我がオルフェス公国も、敵国たるルナ帝国も同じ路線で物資は運ばれてくる」

 と、同僚は怒りを露わにしはじめた。


 国際鉄道は便利だが、名目上、積み荷に対して干渉しないこととなっている。

 私が怪我を負った『事件』の戦闘に使われた武器弾薬は、何度となく運ばれてきた物資が原因であろう。

 国境を取りあっている隣国でも同じ事をしている。


「はい、その通りです。ですが、最近貴国への貨物列車が、破壊工作にあっているのはご存じでしょうか? ルナ帝国の領地内ではありますが……国際鉄道への攻撃行動は、国際法に反します。鉄道施設内は治外法権――それは路線上も含みます」

「そんなことは分かっている。ちゃんと警備していない君達、鉄道の問題ではないのか!」

「貨物列車は路線の都合上、ルナとオルフェスは連結されている。貨車の区別は、素人では出来ない。それなのにオルフェスの貨物車両だけ狙われている」


 ここまで言えばお判りでしょうと、アトルシャンは同僚を見る。


「我が国の物資を狙った小癪な手段だな」

「はい。あらかじめ出発地点……つまり、ここの操車場でどの車両か調べられている」

「そんな話を僕にしてどうする気だ」

「操車場はかなり危険なので、鉄道員しか入れない事となっていますが、残念ながらすべてを監視しているわけではありません。ですが、誰かが情報を流していることは確かです。

 なのでこちらも張りました」

「ほう、成果はあったのかい」

「はい。僕らの信頼にも関わる問題ですからね――ですが、数人で活動していて、中々手間取りましたが、拠点を見付けられました」

 と、アトルシャンは、主犯格の名前を口にした。


「元ジャン・スミスさん。貴方ですよね」

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