君のこと、知りたいから

家への帰り道。

俺が見つめていた女の人は東雲さんと言い、一つ上の高校二年生だそうだ。

あの後、文芸部にあれよあれよという間に入部させられてしまった。

なんでも、小説・詩などの創作を中心に活動しているらしい。


部員数は、それこそ片手で数えられるほどしかおらず。

のんびりとした、緩く自由な部活だそうだ。ありがたいね。


入部のした理由の9割は焦りから生まれたものだけど。

残りの1割は、図書室内の落ち着いた雰囲気、それが肌に合った。

…後付けじゃないぞ!


「今日から文芸部、か」


上を見上げると、日の入りの気配こそ感じるものの、まだ空は青々としていていた

時刻は6時前。

春が過ぎ去って、夏の迫りくる足音が、ヒタヒタと。


感慨にふけりながら帰宅の途についていると。


「お」

 

いつも通り過ぎている公園、今日は何故か目に付いた。

小学生の頃、よく遊んでいた公園だ。


気付くと、中に吸い寄せられていた。

この場所にふさわしいランドセルを背負った小学生たちの姿は午後6時という時刻も相まって、一人も見えない。


やがて俺は、公園の中心に近い木の目の前で歩みを止めていた。


「…懐かしいな」


この木で、アイツと。

少し視線を移すと、虫取り網を持ったアイツがニコニコしながら、通り過ぎていったような気がした。

息を吐きだし、あたりを見回す。


揺らすたびに、ギィギィと嫌な音が鳴るブランコ。近くに生えている木から飛び移れるトイレの屋根。ジャンプでショートカットした階段。

ここは、思い出だらけだ。


………

日差しにうっすらと黄色いものが混じりだしている。

思った以上にここで突っ立っていたみたいだ。…らしくないな、本当に。


「…帰るか」


公園を後にしようとしたその時、ふと背後から。

蝉の声が聞こえた気がした。


 


 


 


 


 


翌日の放課後。

あいにくの曇り空、これでは上がる気分も上がらない。

そんな憂鬱な日に、空き教室に集ったのは3人の男達。


普段なら考えられないほど背筋をピンと伸ばし、みな一様に真剣な表情を浮かべている。

とある衝動が、想いが、彼らを突き動かしていた。


そう、それは──


「それでは、【第5回童貞卒業会議】を始めたいと思います。一同、礼!」


──ヤリたい。今すぐに。


互いに頭を下げて一礼。

司会を務めるのは、『性欲の矢田』の異名を持つ矢田だ。

軽く咳払いをし、口を開く。


「前回は同士田中が、SNSのDMに騙され、3時間駅で待ちぼうけを食らった挙句、そのソワソワした様子を掲示板にさらされてしまうという惨劇が起こってしまった。」


悲惨だ。

あまりに無残な結果に目を覆う。


田中が自慢げにDMのスクリーンショットを見せつけてきたときは、どう事故を装って始末することができるかで頭がいっぱいになったが、このような事態になってしまったことは、落差も相まって同情を禁じ得ない。


「まずは田中に。」


「「合掌」」


「ってオイ!勝手に殺すなよ!」

そうツッコミを入れる田中だが、そのツッコミもどこか弱弱しい。


田中の心に深く残っている傷を察した俺と矢田は、彼の傷に寄り添うように肩をたたく。


「大丈夫、無理しなくていいからな。」


「元気ピンピンだわ!その分かってますよみたいな顔やめろ!」


「空元気もここまでくると痛々しいな」


矢田が目を伏せて悲痛な表情を浮かべる。

俺も同調するように深く相槌を打った。


横目には、青筋を浮かべ今にも暴れだしそうな田中の姿。


田中が暴れる分にはまだいいが、この空き教室を無断で使っていることがバレたら面倒だ。

同じような結論に至ったのか、場の空気を断ち切るように矢田が改めて口を開く。


「本題に入ろう。今回の議題は、ズバリ────風俗だ。」


ゴクリ。

生唾を飲む音が響く。


「最終手段。俺達はどこかそう思っていたが、もうなりふり構っていられない。そうだろ?」


矢田の囁くような問いかけに、俺達は心の底からの同意を示す。

そうだ。モウオレタチ、ナリフリカマッテイラレナイ。


冷静に考えればまだ入学してから約一ヶ月ほどで最終手段もクソもないのだが、残念ながらこの場にそれを指摘できる人間はいない。


「よし。お前ら、見て驚くなよ」二人の意思を確認した矢田は、ニヒルと笑い、パンツの中にいきなり手を突っ込んで、ゴソゴソと何かを取り出した。


「部活の先輩から極秘に入手したんだ…妹や親にバレないよう隠すのは大変だったぜ。」


矢田が取り出したのはクシャクシャに丸まった小汚い紙切れだ。

コイツ、衛生観念ってもんが欠片もねえ!どうせ中身も大した物じゃないだろう。


「お前ってやつは・・・」


続く罵倒を口に出そうとしたその時、矢田が紙切れを慎重に広げ始めた。


「なんて──」

「刮目せよ。──風俗の、割引券だ。」

「──最高なんだ!!!」


「3枚ある。仲よく三人で、卒業しようぜ!」


いまだかつてないほどの一体感。

3人の心が、一つになった瞬間だ。


割引券を手に取り、ソレを固く握りしめる。

握りしめた拳から、無限に力が湧いてくるようだ。


このチケットで。

俺たちは翔べる!あの遥か彼方に感じた、童貞卒業という頂にだって!



「よっしゃあ!早速今夜決こ──」

 

「あ、ここにいたんだ。丁度よかった、リク君借りてくけど、いいかい?」


勢いよく扉を開ける音が響く。

突如現れた東雲先輩に、俺達は完全に固まった。


その間に扉に近い位置にいたリク君、つまり俺は東雲さんに手を引かれ廊下に向かう。


廊下に出る寸前、ここで放心状態から返ってきた俺の目に飛び込んできたのは、般若のような形相をした二人だ。

先ほどまでの一体感は、幻の類だったのだろうか。

清々しいほどに純粋な殺意は何を隠そう、俺に向けられていた。


廊下に出た瞬間、俺は即座に扉をピシャリと閉めた。

 

よし。

──封印完了


 

「面白そうな友達だね?」


「ただの腐れ縁です」

廊下を歩きながら、俺は即座にそう返す。


そして俺は、恐る恐る尋ねることにした。


「ちなみに、聞いてました?」


「うーん、あんまりよく聞こえなかったけど」

彼女はこっちをくるりと向いて。

「風俗は、もうちょっと考えてみたら?」

ニヤリと笑いながらそう言った。


うわあああああああああああああ。

聞かれてた。

ウワア。

恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

帰って布団の中に一生こもっていたい。


恐らく耳まで真っ赤であろう俺の姿を見て、彼女はしばらく面白そうにカラカラと笑っていた。


 


 


 


 


「改めて、ようこそ文芸部へ!って」

図書室の扉を開け放ち、大げさに手を広げそう言い放った東雲さんは、途中で恥ずかしくなったのか

「柄でもないこと、するものじゃないね」

そう言いながら頬を掻く。

その仕草に、ドキッとさせられる。


連れられるがままに机に座り、彼女と向かい合わせになる。


「リク君はさ、小説とか詩とか、そういうの書いたことある?」

「書いたことないならないでいいのだけれど」と付け加えながら、彼女はそう言う。


「書いた事は有りますけど、それこそ」

中学生に10万字以上書いた黒歴史神様転生モノが頭をよぎる。

「腰を据えて書いた経験はないですね」

なかったことにした。


「そうなんだ。うーん…」

彼女はそう返答すると、目線を上に逸らしながら考え事をしているようなしぐさを見せる。


「よし。じゃあ君には、短編の小説を書いてもらおうかな。期限は一週間後の6月5日で」

一週間。時間があるようでないようである。

こちらとしても、期限があるとやりやすい。


「何か、テーマとかってありますか?」


俺がそう聞くと、彼女は頭をひねり、


「テーマは、そうだねえ…」


こちらを向きなおしたかと思うと。


「自分のことをテーマに書いてほしいな。君のこと、知りたいから」


俺の目をはっきりと見ながら、呟くようにそう言った。

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