私のケツにキスしやがれ!

すとーん

出会い

高校1年生、5月。


少し目を瞑れば、すぐに入学当初の4月に思いをはせることができる。

県内トップの高校に合格した全能感によって生み出された、圧倒的主人公感。


「当然主人公である俺は、入学式に桜の木の下で、小さい頃に離れ離れになった幼馴染美少女との再会を約束されているはずだったのにな。」


「当然、ね(笑)」


「相変わらず、恥ずかしい奴だなお前は」

 

黙れよ、カス共。

喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

なんて俺は優しいんだろう。


俺から見て左側に座っているメガネは田中、右側の机に腰かけているニキビまみれの奴は矢田。

高校デビューや垢抜けなんて言葉からは全く無縁のコイツらは中学からの腐れ縁だ。


高校でスタートダッシュを決め、スクールカースト最底辺から脱却することにことごとく失敗し、結局はこいつらと変わらずつるんでいる。


姿勢を崩した二人が続けて口をひらく。


 「ここだけの話、お前みたいな陰キャに青春は一生来ないよ~」


 「お前が語ってたシチュエーション、他力本願すぎだけど大丈夫そ?」


 「…。」


悪意に満ちた言葉に思わず顔を上げると、ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべる二人が目に入ってきた。

…なるほどね。

失意のドン底にある俺に向かってその態度。

寛大の擬人化であるところの俺も、もう我慢の限界だ。


「フン!」


思い切り右足を振りかぶる。

椅子を揺らしている左側のカスの軸足を思い切り蹴飛ばした。


「おい!いきなり蹴っ飛ばすことないだろ!って、なんだよその顔」


俺は動揺を隠せないような素振りをして、呟くように。


「俺が、やった・・・のか・・・?」


矢田が、俺に同調して神妙そうな顔で続ける。


「コイツは…人間社会に出てからまだ日が浅いんだ。きっとわざとじゃないはず!どうか俺の顔を立ててここは収めてくれないか。」


 

「その、さも自分の力を制御できずに他人を傷つけてしまった主人公みたいな演技をやめろ!お前のはどう考えても悪意100%だ!」


青筋を立てながら捲し立てる。

チッ、流石に騙せないか。

…って


「うお!」


危ねえ!

左側のカスから、ツッコミと言わんばかりの拳が飛んできた。

何て原始的で暴力的なんだ。


「はあ...。俺のような模範的文化人とは大違いだな。」


「どの口が言うんだよどの口がアッハッハ!」


大爆笑している矢田をスルーして、俺はチンパンジーの攻撃に仕方なく応戦することにした。


最初はその様子を見てキャッキャ笑っていた矢田は、どちらかの攻撃がたまたま当たったらしく、すぐに当事者として輪に加わった。

結局授業が開始するまでの間、この不毛な三つ巴が終わることはなかった。


 


 


 


 


 


現代文、数学の授業が終わり、昼休み。

自他共に認める日陰者の俺たちは、教室の隅で机をくっつけ昼飯を食べていた。


「俺達、友達だよな?」


「まあ」


「一応」


田中が一泊置いて、両手を芝居がかったように広げ、口角を最大限上げた。

うわキモ。


普段他人を嘲笑うことでしか笑みを浮かべることがないコイツの作り笑いは、本当に気持ち悪い。


「お前らの飯、三分の一ずつ分けてくれないか?そうすれば、俺らの友情、もっと深まると思うんだ。」


心にもないこと、よくペラペラと話せるな。

隣の矢田が鼻で笑う音が聞こえた。

気持ち悪い笑みを浮かべている田中に決まりきった返答をする。


「無理」

「嫌だね」


「だよな。」


田中は気持ち悪い笑みをヌルっと引っ込め、そう言った。

そのまま腕を組み、背もたれに背中を預ける。


「どうせ抜いた飯代はガチャ行きだろ?」


「あれだけ外し続けて、良く懲りないな。」


俺の言葉に矢田が続く。


すると、俺たちの言葉が何か琴線に触れたのか、目をカッと見開いた田中がいつもより二回りは大きい声で語りだした。


「オイオイオイ!分かってないなお前ら!今回のガチャは今までのクソゴミ排出率…やっぱいいや」


急にスイッチが切れたように田中が口を閉じる。

おもむろに鞄から水筒を取り出し腹に流し込んだ後、机に突っ伏して寝だした。


恐らく、大声で語って余計なエネルギーを使うより、水で空腹を誤魔化し、寝てエネルギーを温存する方向に舵を切ったのだろう。変に賢い奴だ。


同じ結論に至ったであろう矢田は、俺と目を合わせて肩をすくめた。


俺と矢田は飯を食うのを再開する。

順調に弁当を食べ進め、次はトマト。


箸でトマトを摘まもうとする。

箸の先からするりと転がるトマト。


もう一度摘まもうとする。

力が入っていたのか、今度はさっきより派手にすり抜けた。


クソが。

諦めて手づかみでとり、咀嚼。


「なあ。」


トマトと格闘していると、矢田が話しかけてくる。


「なんだよ」


俺がおざなりに返答すると、矢田は少し躊躇したような様子を見せた後、口を開いた。


「お前、もう高校デビューはいいのか?」


想定外の内容に思わず顔を向けると、矢田は窓に視線を向け、こちらと視線を合わせようとしていないのが分かった。


「なんだよ、喧嘩なら買うぞ?」


 

「いや、そうじゃなくてさ。」


矢田が溜まっていた息を吐いて、

「わかんだろ?」

呟くようにそう言った。


…そうか。まあそうだよな。

何て、返そうかな。

……いや、本当は悩んでないんだ。悩んでいるふりをしてるだけ。


口から自然に言葉がこぼれる。


「…もういいんだ。」

本当に。


「そうか」

矢田は、ポツリとそう返す。

相変わらず窓の方を向いていて、表情をうかがい知ることはできない。

お互いに沈黙が流れる。


クラスの中心から聞こえる馬鹿騒ぎや、校庭で遊んでいる生徒たちの声が、やけに響く気がした。

...

二人が、必要以上に馬鹿騒ぎしてくれてるのも、分かってる。

二人なりのやり方で、俺を元気づけようとしてるのも。


「ありがとな」


「ん。」

矢田は、何てことないように、簡素に返事をしてきた。


うん。

これで、終わり。

これ以上、言葉はいらない。 


黙々とパンをかじる矢田、机に伏せ、気持ちよさそうに寝る田中。

カーテン越しから感じる太陽の光が心地よい。

窓から入る風の匂いが、春が過ぎ去りつつあるのを感じさせた。気のせいかもだけど。

……。

よし、トマトとの格闘に戻るか。


 


 


 


 


 


 


帰りのHRが終わり放課後。


文武両道を謳っているわが校では、半ば強制で部活に所属する必要がある。ズルズルと部活選びを先延ばしにしていたが、いい加減決める必要があった。


俺の頭をよぎるのは、中学時代の忌々しい記憶。

名前がカタカナでかっこいいという理由で、ワンダーフォーゲル部に入部。


ネットで調べてみると、一般的には山登りをする部活らしく、キャンプや釣りなんかもできるみたいでワクワクした気持ちで入部初日を迎えた。

待っていたのは筋トレ地獄だった。


というのも、山登りは年に2回ほどで、残り活動日はそのための体力づくりに当てているらしい。

おい!騙しやがったなアンポンタン!

そんなことをムキムキの先輩方の前で言えるわけもなく。

筋トレなんて全くしたことなかった俺は、周りの異様な筋トレ熱に流され、手足がガクガクになるまでしごかれた。


その後、ガクガクすぎて帰りの自転車で4回もこけ、一週間以上筋肉痛がひくことはなく、踏んだり蹴ったりだった。

もちろん部活は即辞めた。


閑話休題。


「おっ」


そんなことを思い出しながらふらふらと歩いていると、図書室が目に入る。

俺は、全くオタクや陰キャという訳ではないのだが、ラノベを読む。もちろんオタクではない。なので高校の図書室にラノベやそれに類する本があるかどうかのチェックをしてみたくなった。


「失礼しますーっと」


小声で呟きながら、図書室の扉に手をかけ、そっと開ける。

本の臭いだ。

でも、中学の図書室や本屋とはまた違う、そんな感じ。


扉を開けてすぐに目に入る。

女の人だ。おそらく先輩。

この進学校ではあまり見ない、どこかほの暗い雰囲気を持っているこの人は、この図書室の雰囲気と合わさって、不思議と視線を吸い寄せられた。


本来の目的を忘れて、ぼーっと見つめる。

髪、長いな。とか、窓際で太陽眩しくないのかな、とか。

恐らく、長いこと見ていたらしい。

彼女は読んでいた分厚い本から顔を上げる。


目が合った。

彼女は目を見開いたようにして固まっている。


「…」


「…」


あれ、ちょっと待ってくれ。

あばい、これマズくないか?


状況を整理する。

図書室に入った後、棒立ちのままねっとりと見つめる男。そう、俺のことね。ちなみに。

あーーーーーーーー。

客観的にも主観的にも、俺は完全に不審者だ。あまりにキショすぎる。

背中にジワリと嫌な汗が流れる。

手遅れになる前に、何か言った方がいいよね?いいよな?


「ア、あの...」

 

完全に、テンパりながら弁解しようとしたその時、彼女が口を開いた。


「──新入生だよね?文芸部の入部希望者かな?」


「ハイ!もちろんそうです!」


──大噓つき、発動。

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