俺はア゛ァ──女が・・・好き・・・なんだ
「俺をテーマに、ねえ」
それって、もしかしなくても自分語りの激イタ小説になるんじゃないのか。
そんなことを考えながら、体を一通り洗って流す。
湯船に入り、一息つきながら、思考をめぐらす。
自分のことを語る。簡単なようで、難しい。
「うーん」
東雲さんに対して、小説という緩衝材を挟みつつも、自分のことを知ってもらう。
これはかなり魅力的な機会かもしれない。
俺という人間を語る上で、欠かせない要素とは、一体何だろうか。
ほどなく頭をよぎったのは、アイツだ。
「いや、違うだろ。それは。それだけは」
あれを、他人に吐き出して楽になるなんてことは、絶対にありえない。あり得てはならない。
これは、俺だけの問題だから。
俺自身の手でいつか決着をつけるその時まで。
「…」
湯船に肩まで浸かり、思考をリセットする。
「さて、どうするか」
白い湯気をぼんやりと見つめながら、そう呟く。
「…そうだ。」
ぼーっとしているうちに、思い付く。
「大ゴケ高校デビューで行こうかな」
あの出来事は、笑い話になるし。
そして何より。
俺の人間性が詰まっている。
「おい、『リク君』よお・・・よくお前学校に来れたなあ?ケヒヒヒヒヒヒ!」
翌日の昼、近くの空き教室に無言で連行された俺に浴びせられたのは、異世界の山賊のようなセリフだった。
俺はため息をつきながら、恐らくこの茶番を終わらせるであろう言葉を口にする。
「でもどうせお前ら、俺抜きで風俗行ったんだろ?」
こいつらのことだ。間違いないだろう。
俺ならそうする。
ピキッ
俺の前に立つ山賊Aと山賊Bが、わかりやすく額に青筋を浮かべる。
ピキッという幻聴が聞こえるくらいには。
恐らく、というか確実に地雷を踏んだみたいだ。
「そうさ!モ・チ・ロ・ン!あの後俺達で行ったさ!家帰ってからすぐに合流して。」
「割引券を必死に握りしめて入店してな。貯金のほとんどを使い切って個室に案内されて。ボルテージは最高潮だった!でも個室に入ってきたのは・・・」
「布面積が極端に小さいビキニを着た──」
ゴクリ。
「──筋肉ムキムキの男だった!」
「今思えば色々おかしかったんだ。割引券を渡されたときやけにニヤニヤしていた先輩。『薔薇学園』なんて店の名前だって。」
「結局そこから先は、必死で店から逃げるよう走り続けた。とにかく走り続けた────ア゛ア゛ア゛ァアアアア!!」
「おい、大丈夫か!」
みるみる青ざめて前後不覚になる矢田を田中が支える。
矢田が気力を振り絞った様子で俺に向き直って口を開く。
「俺はァ、俺はア゛ァ──女が・・・好き・・・なんだ」
知ってるよ。
それだけ言うと、矢田は力尽きたように地面に倒れこんだ。
沈黙が流れる。
外から吹く強風が窓を揺らす音が教室中にやけに響いた。
「まあ、なんというか、気の毒だったなお前ら」
こんな事があって、こいつらが何もやり返さないはずはないんだ。
矢田が気絶したのは申し訳ないが好都合。
口を開きながら、教室の出口を視認する。
…位置関係は俺より田中の方が出口寄りだ。
例え、俺が全速力で出口に向かったとしても脱出は不可能。
そしてここは三階、窓からの脱出も不可能だ。
となると。
「前々から思ってたが、お前は人の気に障ることを言うのが上手いよな、リク。」
田中にバレないよう、ゆっくりと窓際に近づく。
「オイオイ、そんなこと言うなって。」
風が窓をガタガタと揺らす音が響く。
「結構気にしてるんだ、ぜッ!!!」
今だ!
俺は窓の淵に手をかけ、思い切り窓を全開にする。
外から風が勢いよく入り込み、カーテンが思い切り宙に浮いた。
今この瞬間、田中は俺が窓から脱出しようとしていると考えるだろう。
この教室が三階であることを考えれば瞬時に選択肢から消えるソレ。
そのラグが付け入る隙になり得る!
思い切り宙に浮いたカーテンを、目くらましして。
全速力で出口に駆け込む!
田中が慌てて出口に向かったときには
既に俺は教室の外に出ていた。
後は田中を撒くだけ。
廊下を全力疾走しながら、
「覚えてろよオオオオオオオ!!!」
負け犬の遠吠えを聞き流した。
その日の放課後、二人の追撃を何とか躱した俺は、そのまま文芸部の部室へ向かう。
なにせ自分の経験を小説として落とし込むなんて初めての経験だ。
静かに集中できるような環境で作業がしたい。
「まあ家でもいいんだけど」
多分、今までの俺ならそうしたように思う。
でも自然に、足は部室の方へ向かっていった。
部室の扉に手をかける。
心なしか、前回より幾分か軽くなった気がした。
「お邪魔します...っと」
扉を開けて、目に入ってきたのは
白衣を着て机に肘をつき、スマホをぼんやりと眺めている人物だ。
そいつはこちらに気づくと、ニヤリとして口を開く。
「押井リク君だね、東雲君から話は聞いてるよ。僕は、白衣を着ていることからも見ての通り、いや、見ての通りなのかな。僕が食堂に従事しているおじさんという可能性は捨てきれないね。けれでも、たぶん君が予想したであろうように、化学を教師として教えている。そして何より、文芸部の顧問をやらしてもらってる。神田だ、よろしく。」
「な、なるほど...よろしくお願いします」
変な人だ。言動というか雰囲気が胡散臭い。
高齢者に高価なツボとか売ってそうだ。
胡散臭い雰囲気に若干怖気づいていると、神田は少し思案したような顔を見せる。
「押井君、今日は何しに来たんだい?おっと、勘違いしないでくれ。別に君を詰めているとかそういう訳じゃないんだ。ただ聞いておこうと思ってね。」
「...東雲先輩に言われて、自分をテーマに小説を書くことになったんです。何分初めてなことなので、静かで集中してできるここで作業相と思って」
「ふーん、東雲君が自分をテーマに、ねえ。なるほどねえ...いい傾向と言えばいい傾向なのかな?」
神田は俺をジロジロと見つめながら、ボソボソと呟く。
「あの、東雲先輩ってまだ来てないですよね?いつ来たりするとかって、分かったりしますか?」
「あー。東雲君は多分今日部室に来ないよ。というか学校に来ていないんじゃないのかな」
え。学校に来てない?
「それっていうのは、どういう?」
「どういうもなにも、学校に来てない、それだけの話だよ。この時間帯に部室に顔を出してないってことは、いつも通りなら来てないよ」
「何で?頻繁にあることなんですか?」
知りたい。好奇心というよりはもっと強い感情が、俺、押井リクを突き動かしているように感じた。
神田は、頭を掻きながらニヤケ顔を引っ込める。
「少なくとも、僕の口から言うことは何もないよ。どうしても気になるなら、本人に聞けばいい。君もダサい男になりたくないだろ?」
「そんなつもりは...!いや、すいません」
...そうだ。神田に間違いなく理がある。
俺は、こんなようなことをする奴を心底見下しておきながら、それと同等か、それ未満のことを今まさにしようとしていたんだ。
「...ありがとうございます」
「おー、感謝を伝えられるとは思わなかったな。嬉しいけど、感謝されることでもないよ。君は遅かれ早かれ自分でそのことに気づいたからね。それを少し早めたに過ぎないんだよ、僕は」
彼はニヤリと笑いながら、何でもないようにそう答えた。
その時。
「おー。リク君に、神田先生。じゃあ私が最後だね」
ガラガラと扉を開けて、どこか浮ついた様子の東雲先輩がズカズカと部室に入ってきた。
「先生、リク君に余計なこと言ってないよね?」
「真っ先に僕に会って言うことがそれかい?ひどいなあまったく。」
東雲先輩が目を細めて彼をじっと見つめていると、彼は一息ついて口を開く。
「少なくとも、僕の価値基準から照らし合わせれば、余計なことは何一つ言っていないよ。それにしても驚いたなあ。今日まさか部室に来るとは思わなかったよ」
「私の価値基準に照らし合わせるのだとしたら、あなたの今の発言は一言一句すべて余計なことに入るけどね」
そうため息をつくように言うと、東雲先輩はこちらに向き直す。
「君も少し話してわかったと思うけど、神田先生の言っている事は全部話半分で聞くことをおすすめするよ。適当なことを言うのと、人の神経を逆なですることが大好きなんだ」
「本人を目の前にしても、この臆さない物言いには目を見張るものがあるね」
神田はやれやれという感じでかぶりを振ったが、相変わらず口元はどこかニヤついていた。
東雲先輩はどこか諦観を感じさせるような様子で彼を見つめていたが、何かを思い出したかのような顔をして、再度口を開く。
「そうだ。リク君、君中学生の頃にネット小説を書いていたそうじゃないか。君の友達の田中君と矢田君が懇切丁寧に教えてくれたよ」
「・・・は?」
あぁああああああぁあいつらアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
やりやがったな!おい!オイ!
やっていいことと悪いことの区別もマトモにつかねえのかアイツら!!!
心の中で考えうる限りの罵詈雑言を田中と矢田浴びせながら、何とか表情を取り繕りとぼける。
「何のことですか?中学時代に小説を・・・?本当に心当たりがないので、彼らの捏造だと思いますよ。そんなことより──」
「なんでも彼らによると、押井は覚えてないだろうから、小説の内容を読み上げて思い出させてほしいそうだ」
・・・今東雲先輩が、恐ろしいことを口にしたような気がした。きっと気のせいだろう。だってまさかそんなひど
「『はじめまして、アルバート鈴木です!初めて小説というものを書いてみました。勢いだけなのでこの先は考えていない!』ふーん、あんまり見ない雰囲気の前書きだ」
──耐えろ。
「『目の前に広がったのは真っ白な空間、美しい女性だ。その女は、こちらに向かって土下座をしていた。』かなり急な展開だね。ああ、もちろんそれが悪いと言っているわけではないよ?」
──耐えるんだ。
「『俺と目が合うなり、赤くなった顔を必死に逸らして狼狽える。「か、勘違いしないでよね! 見とれてたわけじゃないのっ。」』うーん、このヒロインがどうして主人公を好きになったのか、あまり読み取れないな。リク君、これはどういう──」
「すみません、僕を殺してくれませんか」
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