第343話 あの人

 神田先輩の通報で来てくれたお巡りさん二人は、僕たちの話を聞いて「夏休み前で浮かれた高校生の遊び半分に付き合わされてる」と思ったらしく、解りやすいくらいに面倒くさそうなオーラを出しながら天井裏へ上がって行った。

 二人組のうち一人が天井裏へ上がり、もう一人が僕たちから追加で事情を聞き出そうとしたところ――



「うわぁ!! な、何をしてる!! 動くなッ!!」


 お巡りさんの悲鳴混じりの叫び声が部屋まで降りて来たとき、五反田部長はすずちゃんを抱きしめたまま真っ青な顔で立ち尽くしていた。

 しばらくしてお巡りさんに連れられ天井裏から降りて来たのは、汚らしく髭を生やし長くてぐしゃぐしゃの髪を輪ゴムで一つに束ねたおじさんだった。他人の家で勝手に隠れ住んでいたそのおじさんは不思議と異臭なんかもせず、駅ですれ違っても違和感を覚えない程度の風貌で僕らの前を通りすぎていく。


「にゃぁ~」


「あっ……すずちゃん……ダメだよ!」


 五反田部長の腕からすり抜けたすずちゃんは連行されるおじさんに歩み寄る。甘えるような声で鳴きながら寄って行こうとするその様子がまるで『よく見知った人間』に対する態度のように見えてしまい、僕は必死で思考を振り払った。

 その男性がどれだけの期間住みついていたかなんて考えだしたらどうにかなってしまいそうだったから。


 僕らが三人で必死にすずちゃんを止めている間に、侵入者のおじさんはパトカーへ乗せられた。


 お泊り会は当然のようにお開きになる事となり、僕と神田先輩は急いでこちらへ向かっている五反田部長のお父さんに車で送ってもらう事になった。


 五反田部長が両親に連絡を取り大騒ぎしている間にも、警察の人たちがぞろぞろとやってきて何人も天井裏へ上がっていく。

 大きすぎない程度の照明が持ち込まれ、写真を撮る音が続く。そんな物々しい雰囲気のなか天井裏から降りてくる警察の人は皆、げんなりした表情で降りてきた。

 警察の人同士で話している内容に耳をそば立てると、どうやら天井裏は食べ物や飲み物等、日用品のゴミが散乱しているらしかった。


 僕と神田先輩が成すすべなく立ち尽くしていると、両親に連絡を取り終えた五反田部長が警察の人たちから話を聞いて帰ってきた。


「なんか……あの天井裏のゴミ、一年以上前の日付のものとかもあったみたい……」

 

「マジかよ……」


 他に言葉が出ない神田先輩の隣で、五反田部長は涙目のまま話を続けた。


「そんな環境で暮らしてたのに、あの人も天井裏も全然変な臭いとかしなくて……。もしかしたらお風呂とかも……昼の誰も居ないときに勝手に使ってたんじゃないかって……。勝手に着まわしてたっぽい父さんの洋服なんかも何着か置いてあったらしくて……」


 

 どうやら、あの侵入者は僕たちが想像していたよりもはるかにこの家の深くにまで寄生していたらしい。そんな人間と鉢合わせていたら一体どうなっていたんだろう。

 いくら住人にバレないように行動していたとはいえ、住人の寝静まった夜中に下りてくる行為といい住人の物を平気で持ち出す行為といい、その行動には『いざというときに取る行動が決めてある』という”覚悟”が見え隠れしているように思えてならない。そして寝間で飛び出したあの一言。

 事情聴取が進んだら話は変わるかもしれないけど、もし僕の邪推が当たっていたらと思うと背筋が寒くなる。


 そしてどうやら、あの侵入者の常軌を逸した”覚悟”を感じてしまっていたのは五反田部長も同じな様だった。


「なんかさ……おれ、よく今まで生きてたなって思うよ。もし、偶然あの男に出くわしでもしてたら……おれたち家族はみんな殺されてたんじゃないかな……。そんな……そんな生活を今まで送っていたなんて……」


 

 呟く五反田部長の目には涙も滲んでいなかった。恐怖に震える唇を嚙みしめながらすずちゃんを撫でる五反田部長の瞳は暗く、日常に潜んでいた”異常”を単純に終わったものとして捉えられないんだと思った。


 

「にゃぁ~」




「ねえすずちゃん……あの人……いつからうちにいたの?」




 独り言のようにも思えるその呟きに答え出ないまま、僕らは湿気た夜の空気に佇んでいた。


















――――――――――


・次回予告・



「そういえば聞いた事無かったんですけど、センセイはなんで祓い屋になったんですか?」


 


 雅弘の師匠である恵比寿えびす綾香あやかが祓い屋を選択した理由。


 

「いいのよ。失礼な奴なんかはっ倒しちゃえば。出来なくて後悔するのが普通なんだから。アンタはそこで止まらないような思いきりを持ってる。これはチャンスよ。どうせなら後悔しないように生きなさい綾香」




 ――後悔しない生き方をしていた私の人生における大きなターニングポイントは、元の性格に長い反抗期まで重なって最悪な程に尖っていた高校一年の時に訪れた。


 「ねえ綾香……。やっぱり私に何か憑いてる?」


 

 綾香に相談を持ち掛けた幼馴染の足元には”化け物”が這いまわっていた。


 

 (自分たちは場外から攻撃出来る上位存在だとでも思ってんのか? この世はテメェらにとってアウェイだって教えてやる)



 「や……やめよ綾香! 死んじゃうよ!!」


 「あぁ!? 私が死ぬわけねえだろ!! ムカつく事言いやがって……! テメェもブッ殺してやろうか!!」


 

 

 ―― 全部、当たり前の話。相手が人間であろうと、神様であろうと。



 


「ほう、やっぱりお前か。噂の化け物女は」



「なんだてめえは! よくも……!」

 


さわられているのも解らないクセに勝負を挑むな単細胞。全くもって話にならん実力不足だ。この思い上がりの馬鹿娘が」

 


 




 次回

『神に遭う路地』

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