瞑すべし家
第41話 シャイニングかよ
子供の笑い声で目が覚めた。
時計を見ると六時を指している。
一階の方からはパタパタと忙しない足音が聞こえていて、俺は寝坊したのだと悟った。
すでに荷物をまとめて突っ込んであるボストンバックを引っ掴んで部屋の外に出る。
途端、小学生くらいの双子が目の前に現れて俺はたたらを踏んでしまった。
「おはようございます! ドウシュウコジ!」
俺の腰までくらいしかない子供が俺の顔を覗き込んでくる。俺の知らない気色悪い名前で俺を呼ぶ。
俺の名前は
その異常で不気味な子供がふたり、部屋のドアノブに手をかける。
「お部屋をお掃除させていただきます!」
「やめろ! 頼んでねぇ!」
子供ふたりの手を振り払って部屋に鍵をかける。そうじゃないと、こいつらは俺がいない間に部屋を漁るからだ。
もう関わりたくないから速足で階段を下りる。俺の背後で双子が手を合わせてこちらに頭を下げている。
「気持ち悪ぃな、シャイニングかよ」
部屋に入るのを防げたのは幸いだった。それに相手が子供だったのもよかった。もうすこし年齢が上だと厄介なことになっていただろう。
もう誰とも会いたくないが、六時過ぎではそれも難しい。
案の定、一階に降りると同時に中年の女が俺の顔を覗き込んできた。顔が近い。気持ち悪い。
「あら、今起こしにいこうかと思ってたんですよぉ」
愛想よく笑う女の顔からは感情がうかがい知れない。ただとってつけたように口角をあげているだけのように見えた。
無視して通り過ぎると、女も手を合わせてことらに頭を下げている。気持ち悪い。
なんとかこいつらに顔を覗き込まれない方法はないかと考えても、俯いたり目を隠したりしたら余計躍起になって俺の顔を覗き込むし、無理やり視線をあわせてくるから無駄だった。
すれ違う中年の男が、やはり俺の顔を覗き込んできて、声をはりあげる。
「おはようございます、ドウシュウコジ!」
俺は無視をした。どうせこいつらは話が通じないからだ。
通り過ぎると、やはり男も手を合わせてこちらに頭を下げる。不愉快だ。いますぐぶん殴ってやりたい。
だが、時間帯の割に合う人間が少ないのはよかった。荷物を抱えたまま洗面所に向かう途中も廊下には誰もいない。
『いつも心に感謝を』 『輪廻からの解脱』 『己を見つめよ』
そんな、いかにも胡散臭い張り紙が、この家にはいくつも張ってある。
そして洗面所には、仏画が壁紙のように張り付けられていた。気持ち悪い。
(……相変わらず臭ぇな)
その上、湿った臭気に満ちているので不快指数が天井知らずだ。八本もある歯ブラシから臭いが立ち上ってくる。本当はこんなところで身支度なんかしたくないのだが、他に使える場所がないから我慢するしかなかった。
ボストンバックから自分の歯ブラシを取り出して、念入りに磨く。こんな家で寝てるんだから、俺自身も臭いかもしれない。それがここ最近一番の恐怖だった。
洗面所は使いたくない。できればこの家の蛇口から出てくる水を使いたくない。でも他に候補もないから、蛇口をひねる。ためしに水の臭いを確認してみて、異変を感じなかったので口をすすいで顔を洗った。
毎日少しずつ使っている整髪料は、もう一年以上の付き合いになる。金がないから節約せざるを得ないのだ。
この家にいる連中に、弱みを見せるわけにはいかない。
掌に小指の爪くらいの量を取った整髪料で髪を整え、俺は急いで洗面所を出た。
寝坊はしたが、このペースなら問題なく学校へいけるかもしれない。
俺は急いでリビングへ向かった。
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