第38話 もういいかな

 オレと上野はバスに乗っていた。隣同士に座っているが、走行を始めたばかりのバスはエンジン音が大きくて、容易に喋り出すことができない。しばらくは妙な沈黙が続いたが、緊張しているのはオレだけのようだった。


「なあ上野……あのさ、アタリの案件って、もしかして本当に幽霊が出るって意味か?」

「えっ、そうじゃないの? 僕はそうだと思ってた。高田先輩も、こないだアタリ引いたっていう話してた時に、脚だけが追いかけてきたって言ってたし……」

「そうか」


 一度会話が途切れる。道路の状態が悪いのか、バスが大きくガタンと揺れた。オレと上野の体も揺れる。


(この分だと、霊感のある先輩っていうのも本当かもしれないな)


 そう考えた方が秋葉部長の反応もしっくりくる。

 オレは自分の考えありきで随分目が曇っていたようだ。高校に入ってからギラギラしていた心が、嘘みたいに凪いでいる。そのおかげで、自分のことも周囲のことも、冷静に見渡せるようになっていた。


「上野はさ、怖くないの? なんかに追いかけられたって言ってただろ。死ぬかもしれないとか思わなかったのか?」


 上野がケラケラと笑う。バカにした感じはなかった。当たり前の雑談のように、軽い表情だ。


「そりゃ怖かったよ〜! 死ぬかと思ったし、心臓バグバクだった!」

「なら、なんで今でも案件調査をやるんだ?」

「うーん、そうだなぁ」


 それは高田先輩にも、秋葉部長にも、オレ以外のオカ部全員に聞いてみたいことだった。こうやってアタリの案件を引いたから尚更だ。まだ恐怖で足元がおぼつかない。このバスに乗っているのが奇跡だと思えた。

 上野は、どう思っているんだろう。


「それでも不思議なものとか、怖い話とか大好きなんだよね。死んでもいいわけでも、死にたいわけでもないから、死にそうになったら抵抗するけど……どうしても、知りたい! 見たい! が勝っちゃうんだよねぇ」

 

 上野に動揺した様子も、恐怖した様子も、嘘をついている様子も見られない。まるで普通のことのように、部活を頑張る理由のように、上野は普通じゃない、死地に向かう覚悟を語った。

 あまりにも当たり前のように言うものだから、それ以上何もいえなくなる。


 何もいえなくなるが、オレには持ち得ない類の、それは決意や抱負ではなく、確かに覚悟だった。

 異常な、覚悟だ。イカれている。


(きっと、あのオカルト同好会部の二年と三年は、こういうちょっとイカれた奴らだらけなんだ)


 趣味レベルでいて良いところじゃない。

 少なくとも、端から幽霊の類を創作だと決めつけていたオレの居場所なんてないところだ。


 俯いてしまったオレのことを、上野が不思議そうな目で見ている。


「どうしたの? 大丈夫?」

「……うん。大丈夫。ありがとう……」


 あんなに対抗心を燃やしていたのに。こいつには負けたくないと思っていたのに、今オレの中にあるのは、上野に対する劣等感と後ろめたさだった。こいつに、オレなんかが敵うわけがない。


(……いいかな……もう……)


 入学した当初は部活に打ち込む気だった。こんなことになる前は、もっと上手くいくと信じて疑っていなかった。オカルト好きでずっと追いかけてきたから、この部活に入ればたくさんの人に認められるだろうと思ったんだ。

 ネット産の知識で到達できる限界がここだと思った。ここでなら承認欲求を満たせるはずだと思って、他の人間を蹴落としてでもここで頂点に立つ自分を夢見ていた。


 でも、ここで上手くやるにはオカルトの知識だけじゃダメなんだ。

 命を捨てる覚悟をしなきゃいけない。

 そんなこと聞いてない。いくらオカルトが好きでも、趣味のせいで死ぬのは嫌だ。


(上野にはその覚悟があるんだろうか)


 聞いてみる勇気はない。だけど、とにかくこいつはただのバカじゃなかった。

 イカれたバカだ。

 死ぬような思いをしてまで知りたい、見たいことってなんだと問い詰めてやりたい。好奇心に殺されるかもしれない可能性に、足が竦まないのかと怒鳴ってやりたい。


 でも、きっと……こいつにはオレの言いたいことはわからないし、こいつが言いたいことを、オレは理解できないんだろう。


 上野はオレがあまりにも黙っているからか、なんとなく気まずそうにキョロキョロと視線を泳がせている。オレは相変わらず俯いていて、耐えきれなくなったらしい上野がおずおずと口を開いた。


「目黒くんは、えっと……最近、どう? 楽しい?」


 多分、必死に会話を続けようとしたんだろう。落ち込んだオレを気遣ってか、重い空気が嫌になったか。

 ごく普通の雑談に、オレは曖昧な返事で流し、その後を続けられなかった。

 上野もそれ以上喋る気になれなかったのか、気まずそうに紙袋を抱え、下を向いてしまったのだった。

 

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