第34話 報告書を作成しますか?

 次の日、部活に行くと案件を取った先輩二人が雑談をしていた。


「おれ空振りだったわ〜」

「俺も〜。お互い死ななくてよかったな」

「それはそう!」


 軽い調子で物騒な冗談を言い合っている。二人とも空振りだったようだ。あまり面白くない投書だったのだろうか。現地に行ってみてもうまく料理できそうな要素が見つからなかった?

 というか、空振りは珍しいことではないようだ。まあ、去年の会報を買ったが、結構薄かったからな。傑作選みたいなものなのだろう。

 オレがぼんやり考えていると、高田先輩と目が合った。


「よーす! 初めての案件どーだったー? 当たったー?」


 高田先輩は副部長だ。そんな人に突然話しかけられて、緊張してしまう。目線を泳がせながらも話しかけられたのが嬉しくて、つい返事に力が入ってしまった。


「あ、はい! 空振りでした! 何もなかったです!」


 勢いよく報告することではないかもしれないが、高田先輩は笑顔でオレの肩を叩いてくれる。


「だよなぁー! お疲れ! あとで千晴に報告行けよ〜」

「ハイ!」


 大した会話ではないが、まあ初めはこんなものだろう。副部長から声をかけてもらったというのが重要だ。愛想よくしておいて損はない。ちょっと前のめりくらいでも高田先輩は大丈夫そうだ。

 あとは秋葉部長に報告する時、どうやって良い印象を残すかだが……。


「さあ、諸君! 今日も楽しい部活の始まりだ。今日俺はフィールドワークに出てしまうので、報告がある者は三〇分までに報告に来るか、後日にしてもらえると助かる」


 秋葉部長が来た途端、高田先輩を先頭に何人かが報告へ向かう。オレも二年の先輩の後ろに並び、部長に報告することにした。こういうのは早ければ早いほどいいからな。


「誠の案件はどうだった?」

「しばらく該当の場所で待っていたんですが、結局投書に合ったような霊とは遭遇できませんでした。待っていたのは三〇分ほどでしょうか……人通りもそれなりにありましたので、長時間待機するのも不審に思われそうでしたので帰ることにしました」

 

 幽霊が出るかもしれない林よりも、帰る途中に会った人間が怖かったなんて言えるはずがない。霊園での出来事に限って説明すると、秋葉部長は納得してくれたようだった。


「そうか……ありがとう。お疲れ様、誠」


 すでに名前を覚えてもらっているというのが嬉しい。

 オレの初案件はひとまずこうして何事もなく終了した。悔しくないと言えば嘘になるが、先輩たちの案件も空振りだったのだから、これが普通なのだろう。

 初日以降は部長の使う席に『案件分配BOX』というものが置かれていて、そこから自由に案件プリントを引き出していいことになっていた。先に報告をしていた先輩たちがプリントを取って行ったので、オレも真似をして一枚プリントをとる。

 案件を決めたら後はフィールドワーク計画書を作らなければいけない。


「すいませんっ! 遅れました! 秋葉部長、まだ報告間に合いますかっ⁉︎」

 

 オレが計画書を書き始めたタイミングで、部室に上野が駆け込んでくる。騒がしいやつだ。一年の癖に遅刻するのもそうだし、人が作業している時大声を出すのも迷惑だ。

 オレは眉を顰めてしまったが、秋葉部長は笑顔で対応する。さすがだ。


「大丈夫だよ、恭介。落ち着いてからおいで」


 まあ、そう言われても素直に間を空ける奴なんていないだろう。その点は上野も常識を持っていたようだ。息を切らせたまま部長の席に行って、忙しなく報告を始める。


「あの、すみません。同行者の方を待たせていまして……! ええと、昨日フィールドワークに調査したカーブミラーなんですが、調査中、カーブミラーに映った不気味な“なにか”を確認しました」


 騒がしかった部室が一瞬で静まり返る。全員が上野の報告に意識を集中していた。

 耳が痛くなるような静寂の中で、上野の声だけが聞こえる。


「僕が見たのは“ミラーいっぱいに映る人間の顔らしきもの”です。投書や噂にはありませんでしたが、人間が映るにはありえない大きさだったことから、噂にあったお化けなのかなと思います。この時たまたま通りかかった二年の神田先輩も一緒に目撃しまして、直接見てはいけないと言われたので、走ってその場から逃げました」


(え? こいつマジで言ってんの?)


 普通に考えたら投書にかこつけた創作怪談だが、先輩たちはみんな真剣な顔で上野の報告を聞いている。オレも含めた一年は信じていいのかよくわからない、という曖昧な表情を浮かべており、先輩たちとの温度差を嫌でも感じた。

 秋葉部長の顔も真剣そのものだ。嘘をついている上野に怒っている、という感じではない。


「逃げた時なんですが、後ろからなにかに追いかけられまして、先輩と僕、ふたりともシャツを裂かれてしまいました……」


 上野が自分のものと思しきシャツを広げる。オレの立っている場所からでも、背中側に入った派手な傷がハッキリ見えた。

 秋葉部長はそのシャツを受け取り、まじまじと観察している。さっきまで席に座っていた部員も何人か立ち上がってきて様子を見に行っている。全員上級生だ。部活に入ってすぐの一年なら物おじしそうな環境の中、上野はまだ報告を続けている。


「直に見てはいけないと強く言われたので、どういう形状のどんなものにこの傷をつけられたのかは確認していません。部長、報告書を作成しますか?」

「頼む」


 即決だった。部長が真剣な表情で返事をして、上野は嬉しそうに「ありがとうございます!」と叫ぶ。

 嘘だろ。今期最初の報告書が上野になるのか? まだ入ったばっかりの一年だぞ。あんなバカがオレを差し置いて報告書を作るっていうのか?


 動揺しているオレを置き去りにして、部長と上野の会話がどんどん進んでいく。


「この後なんですが、神田先輩にお話を聞いて報告書作成に必要な資料を作りたいので、このままお話を聞きに行っていいでしょうか?」


 ガタンッ、と大きな音がした。秋葉部長が椅子から勢い良く立ち上がった音だ。


「雅弘にその怪異について聞くのか⁉︎ 俺も同席していいか⁉︎」


 秋葉部長とは思えない声の大きさだった。オレも驚いたが、オレ以外の一年生も全員驚いたようだ。

 二年生と三年生はなぜか呆れた顔をしている。

 馬場先輩が席に座ったまま言った。


「千晴はフィールドワークでしょー。さっさと行きなさいよ。投書した人に話聞くって言ってたじゃないの」


 冷めた言葉を受けて、秋葉部長が時計を見る。時間を確認した部長が心底悔しそうな顔をした。


「……話を聞いていたら絶対に間に合わないな……」


 そうして上野への同行は諦めたらしく、肩を落として上野へ向き直る。


「では、そのまま資料作りと報告書作成に入ってくれ。シャツに関しては両者とも部費から弁償させていただくので、後でサイズを教えて欲しい」

「はい! 神田先輩に聞いておきます!」


 上野が部室から飛び出していく。秋葉部長は肩を落として「霊感のある視点からの怪異のレポート……聞きたかったな……」と言いながらフィールドワークの準備をしていた。

 なんだか嵐のような出来事だ。まるで、投書にあった幽霊が本当に出たような扱い。先輩たちは全員、すぐに上野の言うことを信じたようだった。

 それとも、全員フィールドワークの報告を聞くときは、本物というていで聞くことになっているのだろうか。でも、知り合って日が浅い、部外者の先輩とふたりで狂言なんて手が込みすぎている。部外者にまで報告書の“狂言”が共通認識として存在しているなら、オレたち一年だってこの段階で明確な指示か、情報を手に入れられていたはずだ。


(神田先輩……元バスケ部って言ってた先輩か。秋葉部長の話を聞く限り、その人が上野の言っていた“霊感のある知り合い”なのか……)


 つまり、初日のあいつはオレに人脈自慢してたってことか。

 バカの思惑に気づいてムカッ腹が立ってくる。語彙力もないし質問の意図もわからない分際でオレにマウント取ろうとしたワケか。


(バカのくせに調子に乗りやがって……バカのくせに!)


 どうにも腹が立って仕方がない。ムカムカして舌打ちしそうになったけれど、思考を切り替えることで落ち着こうと試みた。


(落ち着け……そもそも、あのバカにこんな話を考える頭があるわけない)


 空気が読めないバカだし、実際C組の中でもことさら成績が悪いという話はすでに聞いている。これが狂言だとしても、首謀者は自称霊感があるという神田先輩だろう。おそらく、その神田先輩に騙されてバカにされているのに気づいていないだけだ。バカだから。

 オレの考え通り、報告書が創作であるなら、秋葉先輩の言葉もそのまま受け取るわけにはいかなくなる。同行者の神田って先輩が悪い意味で有名なんだろう。オカ部所属でもないのに自称霊感持ちってことは、虚言癖があると見ていい。あの傷も、どうせ枯れ枝にでも引っかかったんだろうさ。

 そもそも、百歩譲って“ホンモノの案件”があるとして、一年生が一回目のフィールドワークで当たるとは考えられない。関係者の誰も悪意を持っていなかったとしても、勘違いの可能性が高いだろう。

 そう納得して、オレは自分の作業に戻ることにした。


 

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