第33話 えらいのね

 二日後の放課後。俺は近所の霊園にいた。

 墓参りに来ているお年寄りなんかもまだたくさんいて、怖いという印象はない。通りかかったお婆さんは、制服姿の俺が珍しいのか笑顔で声をかけてくれた。


「あら、お墓参り? えらいのね」


 部活のフィールドワークで幽霊を探しています、なんて口が裂けても言える状況じゃない。言葉を濁して返事をしていると、お婆さんが塩飴をくれた。

 とりあえず飴はポケットに突っ込んで、案件プリントを確認する。霊園の奥にある林にお婆さんの霊が出るという内容だ。

 まあ、出ないだろうな。

 さっきのお婆さんは多分生きてたし、飴をくれた。特に不審な点はない、市販のよく見る塩飴だ。

 しかし、あまりガッカリはしない。こんなもんだよな、というのが今の気持ちだ。

 確かにこの高校の報告書は一部界隈で有名だが、俺は『高校生が考えた創作怪談を報告書というリアルテイストで演出しているから』有名なんだと理解している。高校生が考えたにしては出来がいいから人気なのだろう。


 しかし、この場合どうしたらいいかが問題だ。

 報告書にこの投書を元にした創作怪談を書けばいいんだろうか。

 いや、まずは変な事をしないで数をこなし、実績を作らなければ。

 とりあえず明日部室に戻ってから部長にそのまま報告すれば、どうすればいいのか指示をくれるだろう。

 重ね重ね、上野が当たりを引いた事実が悔やまれる。しょうがないから今日はもう家に帰ろう。

 ぼーっと林を見ていたせいで肩が凝ってしまった。霊園が徒歩圏内ギリギリだし、道中坂を登ったせいでふくらはぎも重い。

 特に収穫もなく疲れただけという実感が、オレの足取りを更に重くしていた。

 どうやったら当たりの案件を引けるのだろうか。カーブミラーと題された、上野の引いた案件が気になる。創作怪談を作り甲斐がある面白いネタという事だろうか。オレの引いた案件はそのまま幽霊を見ただけではいかにもつまらないし、アレンジも難しい。


(くそっ……オレがあの案件を引いてれば、部長に色々アドバイスを聞けたのに……)


 オレだったら部長に同行してもらって、案件のことをもっと詳しく聞いていた。上野のバカめ。全部メチャクチャにしやがって……。

 重い足を引きずって歩いていると、帰り道の途中で同じ制服の男が歩いているのが見えた。おそらく先輩だ。無視するのも気が引けるので頭を下げる。


「こんにちはー」


 その先輩はオレをジロッと見ながら「うぃーす……」と曖昧に返事をして通り過ぎていく。

 目つきが悪いのか機嫌が悪いのか両方なのかわからないが、とにかく怖い先輩だった。

 しかも、通り過ぎる時に漂っていた、鼻に通る刺激臭は……。


(酒の匂い……だよな……⁉︎)


 微かだがアルコール臭がした。消毒ジェルとか濡れティッシュとかそういう類のアルコールじゃない。しっかり酒として販売している類の香りだ。

 うちの学校、結構偏差値高いのに……こんな絵に描いたようにガラの悪い先輩がいるのか⁉︎

 とにかく関わらないに限る。怖かったが挨拶はしたし、目を合わせないように足早に通り過ぎる。

 不良の先輩とすれ違った瞬間、なんだか肩も足も軽くなって、本能が逃げろと言っているような気がした。なるべく我慢していたが、だんだん足が小走りになって、どんどんヤバい先輩から遠ざかる。

 少し振り返ると、なぜかその先輩が立ち止まってこっちを見ていた。何かが癇に障ったのだろうか。


(ひぃっ……!)


 とりあえず軽く礼をして、走って逃げた。もうあの先輩とは関わりたくない。今日あった出来事で、あの先輩にあった瞬間が一番怖かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る