第32話 こいつには負けたくない

 仮入部期間が終わって、本格的に部活が始まる日。オレは気合い十分で部室になっている視聴覚室を訪れた。

 知識には自信がある。本も動画も映画も、同級生の誰にも負けないくらい吸収してきた。仮入部期間に同級生と軽く雑談したけど、誰もオレより詳しいやつなんていなかった。二年後には部長だって夢じゃないと思ってる。むしろ、オレこそが二年後の部長に相応しいんだ。だってオレより詳しい奴なんて同世代にいないんだから。


(ただ、部長は前代部長からの指名制だからな……部長を目指すなら、部長になる先輩と仲良くならないといけない。変に先輩全員に媚びを売って、八方美人だと思われるのも避けたいし、次期部長になる先輩と仲の悪い先輩とかいたら、それとなく距離を取った方がいいだろうな……あからさますぎると減点されるかもだし、まずは一年のまとめ役になるところから……)


 その日、オレが使っている座席のひとつ隣に上野恭介が来た。なにが楽しいのか、ひとりでニコニコ笑って回りを見ている。変な奴だ。


(C組の上野……。今年の一年で一番に入部届を出すだけ出して、仮入部期間の初日と二日目いなかった奴……)


 しかも三日目から顔だした途端、無遠慮に先輩たちと話しまくったアホだ。霊感がある知り合いがいるとかなんとか言っていたが、胡散臭いことこの上ない。だというのに、図太いせいであっという間に部活の空気に馴染みやがった。


(こいつには負けたくない)


 ひとりでヘラヘラ笑ってる姿なんていかにもバカそうだ。空気も読めないし図々しい。心底嫌いなタイプだと思った。

 大体、なんでオレが座ってるのにすぐ隣の席に来るわけ? パーソナルスペースとか知らねぇのかよ。どっか行けよ。

 イライラしているオレと目が合った上野が、ことさら嬉しそうに笑って隣の椅子を引く。

 やめろよ。こっちがイライラしてんのわかんねぇのかよ。空気読めよこのバカ。


「あ! 一年生、だよね? 僕、C組の上野恭介です! よろしくお願いします~」


 正直あまり仲良くしたくないが、笑顔で頭を下げられたら対応しないわけにはいかない。こいつに負けたくないのは本当だし、情報源のひとつとして押さえておくのも悪くないだろう。あんまり邪険にすると、オレの評価に響くかもしれないし。


「A組の目黒誠めぐろまこと。よろしく」

「A組か~! 教室離れてるからあんまり会わないね!」


 適当にそうだな、と返事をする。ここで会話を切っても良いんだが、すこしは雑談しておいたほうが今後のためだろう。まったく興味がないものの、オレは上野の指にまかれた包帯に触れてやることにした。人差し指だからやけに目立つ。


「それどうしたの? ケガ?」

「これね、ヤケドしちゃったんだ~」


 鍋とかやかんにでも触ったのか? そのわりには包帯というのが大げさだ。かまってちゃんかなにかだろうか。プラプラと手を揺らす上の動作からは、痛みが感じられない。


「もうほぼ治っちゃったんだけど、まだ皮がぺろーんってしてて嫌だからつけてるの」


 語彙力が雀の涙以下だな。さすがC組。負けたくないとは思ったが、意識しなくてもいいレベルだな。報告書を作成するのもおぼつかないんじゃないか?


(まあ、一応情報収集しとくか)


「誰か先輩と仲良くなった? 誰が一番話しやすいと思う?」


 こいつは遠慮がないから、今のところ一年で最も先輩との会話が多い。面倒見の良い先輩が誰かとか、秋葉部長と仲の良い二年生が誰かとか、なんとなく肌で感じるくらいはできるだろう。それとなく訪ねてやると、上野は相変わらずニコニコ笑いながら答えた。


「うん! 仲良くなったよ~! 神田先輩! 神田雅弘先輩!」


 神田……? そんな先輩いたか……? 一応部活の先輩は全員名前を聞いてるはずなんだが、記憶からひっぱりだせない。幽霊部員みたいな人か? でもそんな人は、そもそも体験入部期間すら部活に来ないと聞いている。


「めちゃくちゃ優しいし良い人だったよ! たまにヤクザみたいでカッコイイし!」


 ヤクザ……? ヤクザってなんだ……どういうことだ?


「この部活にそんな人いたっけ……? 二年生? 三年生?」


 そこで上野は、オレとの齟齬に気づいたようだった。「あー」と間抜けな声をあげて視線を泳がせ、それから斜め上に視線を泳がせる。


「神田先輩は二年生だけど、部活には入ってないんだって! こないだ一緒にオカルト同好会入りましょうって誘ったら速攻で断られちゃった」

「へぇー」


 と相づちを打ったは良いものの、オレはまた上野にむかっ腹が立っていた。

 なんで帰宅部の先輩にわざわざ絡んでるんだこいつは。そりゃ断られるだろ。バカなのか?


(とりあえず、バカはバカでも質問の意図も伝わらない系のバカだ。こいつは放っておいても大丈夫だろう)


 今はこのバカの無遠慮さを珍しがってる先輩たちも、時間が経てばこのバカさ加減に呆れて離れていくに違いない。

 上野は未だに「昔はバスケ部だったんだって~」と、知らない先輩の話を続けていた。


(じゃあ余計オカ部になんか入るかよ。どんな人か知らないけど、バカに纏わり付かれてお気の毒に)


 オレは顔も知らない神田先輩とやらを哀れみながら、「へー」とか適当な返事をしてその場をやり過ごすことにした。こいつから有益な情報は得られそうにない。この分じゃ、霊感のある知り合いとやらも、勘違いとか騙されてるとかなんだろうな。

 オレがバカに対して適当な相づちを打っている間に、秋葉部長が教室へやってきた。部長と同じ三年生の高田先輩と馬場先輩も一緒だ。


「今年の案件はすでに粒ぞろいだからな。今から文化祭が楽しみで仕方がないよ!」

「毎年よく本に出来るまで集まるものね。関心するわ」

「次の案件アタリだといいなぁー!」


 三人のうち馬場先輩だけが女性だけれど、彼女は他の二人に対して遠慮したりする様子はない。彼らが小学校からの幼なじみだという話を、オレは体験入部中小耳に挟んでいる。


「さて」


 高田先輩と馬場先輩が思い思いの場所に腰を下ろし、秋葉部長が教卓前に立った。部長が教室全体を見回したので、一年生がオレも含めて背筋を伸ばす。二年生と三年生は慣れているのだろう。普通に雑談を続けていた。

 

「やあ、諸君! 今日から楽しい部活の始まりだ。一年諸君はオカルト同好会に入部してくれてありがとう! 俺は今年度部長を務めさせてもらう、秋葉千晴だ。これから一年楽しい部活動にしていこう!」


 二年と三年から「うぃーす」とか「了解ー」という声が上がる。上下関係はあまり厳しくないのかもしれない。体育会系然とした応答を嫌っていても、活動内容に関してはガチガチのカーストを固めている場合もあるから、断言はできないが。


「では、一年生諸君。これから部活動の説明に入らせてもらう。二、三年生は活動を初めていてくれ。案件分配は説明後に行う」


 秋葉部長が一年の方に向き直る。二、三年生はまたゆるい返事をした後、おのおの雑談したりノートや本を開いたりし始めた。

 上野はオレの隣でいかにも楽しそうに部長を凝視している。緊張感がない。説明を頭に入れる気があるんだろうか。一年生で最初にミスをして叱責されるとしたらきっとこいつだ。


「改めて1年生諸君。入学おめでとう。君たちが入部したオカルト同好会部の主な活動は、オカルトについて同好の士と語り合い、趣味を充実させ精神を豊かにする事だ。また、ときには自分が気になった事を調査したり、学校ロビーに設置されたポストに投函された都市伝説や噂を調査するために校外へフィールドワークへ出ることもできる。調査した結果は内容次第では会報や部誌にまとめてイベントの際に売り出して発表している。フィールドワークに出る際のルールはこの後プリントを配布する」


 部長の声はよく通り、内容も非常にわかりやすかった。フィールドワークのルールがプリントになっているのはありがたい。


「さて。先ほども述べたようにこの部活では他から持ち込まれた都市伝説や噂……これを通称『案件』と呼んでいるが、案件を調査し報告書にまとめる活動が含まれている。しかし、案件の調査に関しては無理にやらなくてもいい。この部活について調べた者は、案件調査と報告書作りに憧れていたりもするのだが、いかんせん危険が伴う。今まで誰かが命を落とした事はとりあえず無いが、フィールドワークで不審な人物に遭遇したり、人気の無い廃墟などの危険な場所に行ってしまい怪我をしたりはざらにある」


 一般的にも、肝試しなんかにいって最も危険なのは建物の老朽化によるケガや、不審者に遭遇して襲われたりすることだと言われている。だから秋葉部長の注意は最もだし、本来ならこういう活動を学校が許可するはずがないのだが、自由度の高い学校であることと、今まで大きな問題がなかったことから、見逃されているんだろう。


「またこれが部員に及ぶ危険で1番多いのだが、オカルトの案件は本物に当たると冗談でなく祟られる。これで酷い目にあった部員は数えきれないほどだ。部が取り潰しになってしまうから部外者には秘密だがね」 


 しーっ、と部長が芝居がかった動作で人差し指を口に当てた。一年生の何人かがクスクスと笑っている。緊張がとれてきたのだろう。

 さすがにオカ部の部長だけあって、オカルトに敬意を払いつつ良い冗談で締める。新入生をリラックスさせるのがとても上手い。

 それから部長はフィールドワークのルールや手順の書かれたプリントの束を一年生全員に直接配ってくれた。手渡すたび一年生に名前を聞き、「よろしく」と声をかけてくれる。オレも「よろしく、誠」と言われた時はテンションが上がった。


「今配布したプリントに詳しい説明があるので各自読んでおいて貰えるとありがたい。何か解らないことがあれば気兼ねなく俺や他の先輩に聞いてくれ」

 プリントの束には部活の基本的なルールと、フィールドワークのルールや注意点、報告書作成時の手引きなんかが丁寧に書かれていた。これは一年生でもわかりやすい。


「これでひとまず一年生へのオリエンテーションを終了する」

 

 一年生全員にプリントが行き渡ったことを確認すると、秋葉部長は教師用デスクに戻って行き、今度は部員全体に語りかけた。


「では諸君。案件分配を行うぞ。調査を行いたい者は俺のところにきてくれ」

 

 早速案件分配開始だ。オレはこれがやりたくてオカルト部に入ったんだ。当然率先して動きたいんだが、最初から手を挙げてしまっていいのかは疑問が残る。


(一年が最初から行って先輩に生意気だと思われたりしないだろうか……慎重に行動しないとな……)


 ゆるい雰囲気の文化部とはいえ油断は禁物だ。ましてや『名門』とまで言われる有名な部活なのだから、部員数も多いし歴史も長い。さっき配られたプリントにその類の規則は見当たらないが、暗黙のルールがないとは言い切れない。やる気をアピールするにしても、一年が誰も動いていない中で動くのは躊躇われた。


「やったー! 案件調査だー!」


 が、オレの隣に座るバカはそんなこと考えないらしく、勢いよく席を立ち部長の元へ行ってしまった。

 やっぱり、あいつバカだから遠慮ないんだな。

 上野が睨みつけられたりやんわり注意されたりしたら動かずにいようと思っていたんだが、三年の高田さんが上野に「お、初っ端からやる気あんな」と声をかけられていたので、オレも席を立つ。手を挙げていいなら、オレだって動くさ。上野より慎重なだけだ。


 しかし、案件調査を希望する部員は案外少なかった。三年が二人と二年が三人、一年のオレと上野だけがフィールドワーク希望で、他の生徒は様子見するらしい。何人かいる一年生も、ほとんどが様子見するようだ。


「では、好きなものをとってくれ。両者納得の上なら交換も可能だ。その時は俺に報告を忘れずにな」


 優しげな笑顔で秋葉部長がいう。彼の前には、学校ロビーのポストに投函された手紙が畳まれた状態で何通か置かれていた。

 最初に返事をしたのは上野だ。


「はぁーい!」


 奴は上級生よりも先に躊躇することなく机へ手を伸ばした。こういう時は普通遠慮するだろ。案件に立候補する時は何も言われなくても、下級生がいの一番に手を伸ばしたら面白くない先輩は多いはずだ。

 オレはそんなヘマはしない。先輩たちが思い思いの手紙を手に取った後で紙を選んだ。

 全員が手紙の詳細を部長に見せて、秋葉部長は誰がどの案件を担当するか表に記入している。


「恭介、その案件は投書がすでに二通あってな。校内でも噂が立ち始めている。俺としては是が非でも会報に載せたいと思っている案件だ。初めてにしては難しめかもしれないが大丈夫か? 誰かと交換するか俺も同行しようか?」


 あのバカ当たり引きやがった!

 俺は歯噛みしたい衝動を必死で堪えて、何気ないふうを装い上野の様子を伺う。奴はことの重大さがわかっていないのか、ニコニコした様子だ。

 クソッ、ここで部長と同行できれば好印象だったのに……!


「いえ、大丈夫です! 最初なんでとりあえずひとりでいってみます〜!」


(最初だから……って、普通、最初だから誰かと行きたいだろ。やっぱりバカだなコイツ)


 こんな断り方されたらさすがの秋葉部長もカチンとくるかと思っていたが、部長はニッコリと笑って


「そうか! では任せたぞ、恭介!」


 と声をかけていた。なんて心の広い人なんだ。高校生とは思えない。

 部長が表の『カーブミラー』という欄に上野の名前を書き込んでいるのを、俺は苦々しい思いで見ていることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る