マ・エー・ダァン・トゥ・ミーオ氏との会遇

第25話 今日も楽しい部活の始まりだ

「さあ、諸君! 今日も楽しい部活の始まりだ。今日俺は会報に載せる報告書の選別を行う予定なので、何かあればいつでも受け付けるぞ」


 よく通る声で宣言したのは三年生の秋葉千晴あきばちはる先輩。オカルト同好会部の部長だ。彼の言葉が終わると同時に、視聴覚室の方々から「はーい」だの「ウィーッス」だの「りょうかーい」だの気の抜けた返事が聞こえてくる。挨拶を統一しないのはこの部活がいかに“緩いか”の証左だろう。俺の目の前の席に座る上野も、一年生とは思えない朗らかさと気楽さで「はーい!」と返事をしていた。しかも部長に背を向け、顔だけをそちらに向ける無礼っぷりだ。部活が部活なら即座に椅子から引き摺り下ろされるか、怒鳴り散らされる。


「さあ、神田先輩! 頑張って報告書を仕上げましょう!」

「俺やらねぇって言ったはずだけどな」

「手伝ってください! お願いします!」


 元気だな。そして相変わらず上級生に対して遠慮がない。何でだろうな。この部活が原因かとも思ったが、こいつは一年生だから入って間もないし、俺がこいつに出会ったのは高校入学初日だ。あの頃からちょくちょく遠慮がなかったから、多分この部活のせいではないんだろうな。

 俺がため息をついている横に、さっきまで一番前で作業していた秋葉千春晴部長が穏やかな笑顔で近づいてきた。この人は、俺に霊感があると知って以降見かける度にオカ部への入部を促してくる。何度断ってもめげる気がないようだった。情報を漏らしたのは上野である。


「やあ、雅弘じゃないか! 入部かな⁉︎」

「違います。入ってきた時も言いましたがただの手伝いです。終わり次第早急に帰ります。そして俺は部員ではないので、下の名前で呼ばないでください」


 この人はいつでも穏やかだ。後輩で部外者の俺がそっけない態度を取っても怒らない。上野曰く、非常に優しい先輩なのだそうだ。俺は一部の人間が「あれだけ穏やかだと逆に感情がない」と言っているのを知っている。


「今日この後先輩とご飯行くんです〜! サイゼです〜」


 上野は秋葉先輩にこの後の予定を嬉しそうに報告していた。秋葉先輩も嬉しそうに後輩の話を聞いている。


「そうか! よかったな恭介!」


 ここまで面倒見が良いと部長じゃなくて面倒見の良い先生とかだ。上野が素直な小学生とかに見える。休み時間に先生と楽しくお話している子供だ。


「報告書、頑張りましょうね先輩!」

 

 素直な小学生が担任の先生との会話を終えて俺の方に向き直った。先生はニコニコと穏やかな笑みで小学生を見守っている。


「先輩! しょうさいってどう書きますか」


 多分立ち位置的には補助指導員あたりだろう俺は、無言で裏紙に漢字を書いた。俺たちの後ろで秋葉先生が不安げな声をあげる。


「恭介! 恭介……! 手伝いってそれなのかい? 雅弘にわざわざ漢字を教えてもらうお手伝いを頼んだのかい…… ? 雅弘もそれでいいのかい……?」


 それでも笑顔を貼り付けているのはさすがだと思う。控えめな質問が上野に届いていないのを悟ったらしい秋葉先生改め秋葉部長はすごすごと席に戻っていた。


「先輩! とうかんってどう書くんですか?」


 裏紙に指定された漢字をサラサラと書いていく。視界の隅で、秋葉部長の横に二年の大崎優おおさきゆうが近づいていくのが見えた。

 懸命に報告書を制作していた上野が小声で話しかけてくる。


「これから報告が始まる見たいです。先輩は大丈夫だと思うんですけど、絶対に笑ったりツッコんだりしてはいけませんよ。これはオカルト同好会の鉄の掟なんです。オカルト好きたる者、どんな報告も真剣に受け入れること! です! 先輩は部員ではありませんが、皆さんガチのガチで調査してるので、どんな報告であろうと茶化すようなことをしてはいけないのです」


 上野の表情は真剣そのものだ。素直な小学生だからな。言われたことは必ず守るんだろう。ルールも好感が持てるものだった。


「いくら俺だってそこまでしねぇよ。幽霊だって散々見てるし夜中に化け物と戦ったしな。どんなにおかしな案件でも笑う気にはならねぇさ」


 上野が満足そうに笑う。

 

「ありがとうございます」


 それから間を置かず、笑顔のまま質問が飛んできた。


「先輩! がいとうってどう書きますか!」

「灯りの方? あってる方?」

「あってる方です!」


 裏紙に書いてやる。このペースで聞かれるともう一枚裏紙必要かもな。もっと小さい字で書いときゃ良かった。

 他の連中も報告書を作っていたり、フィールドワークの計画を立てたりと自分の仕事に忙しいらしく、視聴覚室は小さな話し声や紙とシャーペンの擦れる音などに溢れていた。まるで図書室か何かのようだ。

 だから大崎の報告が非常によく通る。聞く気がなくても俺の耳に飛び込んでくる。


「部長、報告です。一昨日宇宙人を名乗る中年男性と出会いました」


 俺は何も言わないよう、口の中を噛んだ。


「俺がいつものように、夜自宅の二階で空にLEDライトを照らし宇宙人を呼んでいた時の話なのですが、自宅の前に見知らぬ中年男性が現れて、手を振ってきました。俺は宇宙人だと確信し、会いに行きました。中年男性はマ・エー・ダァン・トゥ・ミーオ氏と名乗り、金星人であると証言しました」


 俺は何を聞いているんだ。 もしかしてこれが普通なのか? この部活はこれが通常運転なのか?

 不安に思って当たりを見渡すと、少し離れた席で二、三人笑いを堪える部員がいた。よかった。俺だけじゃなかった。

 その上、よくよく聞いてみれば部員同士が小声で会話しているのが聞こえる。


「どう考えてもマエダトミオじゃねぇか……」

「金星人て……」

「てかなんで家の前に来たおっさんを宇宙人だと確信できんだよ」

「そもそも変に発音が良いのはなんなの」


 ああ、やっぱり俺はおかしくないんだな。おかしいのは大崎だ。

 ところで、明らかに日本人名のマエダトミオを英語っぽい発音にするのは良い発音と言えるのだろうか。


「先輩! せっしょくってどう書きますか!」


 上野は報告書に夢中だ。裏紙に漢字を書いてやる。お前はどうやって入学したんだ。


「マ氏とは自宅の前で三〇分ほど話しました。マ氏は地球に住んでいる中年男性の体を借りて行動しているとのことで、出会った日より一週間ほど前から地球に来ていたようです」


 秋葉部長は真剣だ。口がにやけたり何か言いたそうにしたりする素振りが一切ない。鉄人か? それともマジで感情がないのか? 小学校の先生は器が違う。どんな荒唐無稽な話でも、生徒の話ならきちんと耳を傾ける。小児科医とか向いてるんじゃないかこの人。


「マ氏の外見はどうだった? 地球人の中年男性から逸脱した点はあったか?」

「いえ、目立った相違点はありませんでした。背は小さめで一六五センチくらいでしょうか。小太りで毛髪は薄めでした」


 ハゲのおっさんかよ。

「ただの禿げたおっさんだそれは」


 俺と他の部員の心がひとつになった瞬間だった。何人かの小さな声が重なって聞こえたので、かなりの人数が俺と同じ感想を抱いたのだと思う。

 ここでやっと上野が大崎の報告を気にし始めた。


「僕と同じくらいの背ですね〜」


 そうだねお前チビだもんね。

 今日サイゼで何食おうかな〜


「マ氏は乗ってきた宇宙船が故障してしまったと助けを求めてきました。地球人に助けを求めようにも理解が得られず困っていたとのことでした」

「優。マ氏に宇宙船を見せてもらったかい?」

「いえ、見せてもらえないか頼んだのですが今日はもう暗いから、と」


 うっさんくさ。

「う、うさんくせぇ〜……」


 やっぱりみんなそう思うんだな。わかる。わかるぞ。


「俺だって、俺だってさ? UFOの映像とか宇宙人のミイラとか好きだよ? でもさ? 宇宙人を名乗る見た目普通のおっさんはダメだよ……!」

「おっさんでしかないじゃないそんなの……」

「端々ツメが甘いんだよ! なんだよ暗いからって! UFOやぞ! ライトくらいあれよ!」


 あくまで小声の話し声が聞こえてくる。なんか可哀想になってきたな。あいつらだってオカルトが好きで、報告に真摯に向き合いたいだろうに。まさかこんなツッコミどころ満載の案件を聞かされるとは思ってなかったんだろう。

 上野はどう思ってるのかと思って視線を向けると、報告書に集中していた。さっきの発言からして話を聞いていないわけではないと思うんだが、なんなんだコイツは。バカなのか? バカだったな。

 上野以外で感情の揺らぎが確認できないのは秋葉部長だ。あの人は相変わらず凪いだ笑顔で大崎の報告を聞いている。なんでこの極限状態であの笑顔を保っていられるんだ。感情がないのか?


「俺はマ氏と次の日に会う約束をしました。マ氏も助けを求めていたし、俺としても本物の宇宙人にもっと聞きたいことがあったのです」

「次の日、マ氏は来てくれたかい?」

「はい。次の日は昼に来てくれました。一〇時にと約束したのですが、九時半には自宅の前に来てくれました」


 おっさん、男子高校生と話すの楽しみにしすぎじゃねぇの?


「小学生みてぇな時間のつめ方してくるな……」

「地球の時間概念通じんだな」

「一〇時に約束して九時半にくるのは相当地球歴長いわね」

「それはもう地球人なんよ……」


 っていうか地球人だろ。もうとかじゃないんだよ。


「マ氏は地球での貨幣に困っているようでした。電車賃もないと悩んでいたので千円を貸しました」


 宇宙人の言い分じゃねぇだろどう考えても。


「完全にダメなおっさんの言い分だろそれは」

「電車乗った先に家があるやつの言い訳よね」


 他の奴らも同意見みたいだ。そうだよな。そうなるよな。


「宇宙人も電車使うんですね〜」


 報告書を書きながら上野が呟いた。もう黙ってろお前。

 俺たちの心の中に暴風が吹いている最中、秋葉先輩はやはり凪いだ笑顔を浮かべていた。こんだけ荒唐無稽な話を笑顔で聞けるとなると、小学校の先生とかいうレベルじゃない。もう保父さんだ。

 保父さんは笑顔のまま、ちょっと真剣な声色で年長さん大崎に言った。


「優。人にお金を貸してはいけない」


「ブッ! ……ゲホッ! ゲホッ!」


 部員の誰かが死んだ。咳払いで誤魔化しているが、絶対吹き出した。かくいう俺も危なかった。誰かが先に吹き出したから耐えられたけど、無音だったら耐えきれなかった。逆だったかもしれねぇ。俺と同じ思いの人間は多いだろう。だってみんな真顔でプルプルしてるし。

 それは卑怯だろ保父さん。なんで裏切るんだ。こっちの味方じゃないのか。不意打ちで笑わせてくるな。


「はい、すみません。気をつけます」


 大崎、お前も真顔で返事をするな。俺たちにトドメを刺すな。


「だんだん、部長が優しいのか大崎と同じく天然なのかわからなくなってきたな」

「部活の後輩がアタオカなおっさんに平気で金貸してるから心配になっちゃんたんでしょ」


 そっか〜。じゃあ仕方ないな〜。俺だってちょっと心配だもんな。


「その後はマ氏と電車に乗って競馬場に行きました。マ氏は競馬場で宇宙船の修理費を手に入れるつもりのようでした」


 つもりのようでした、じゃねぇだろ。


「おっさんが借りた金で電車賃ひり出して行った場所が競馬場……」

「何増やそうとしてんだよ。増えねぇよ。バカじゃねぇの」

「競馬で増える額で収まるのね……宇宙船の修理費って」

「ダンボールでできてるんじゃねぇの」


 多種多様なツッコミが聞こえる。そうだよな。そう思うよな。上野も疑問に思うことがあったらしく、報告書から顔を上げた。


「競馬場って未成年入れるんですか?」


 えー、そこぉ?

 

「賭けなければ大丈夫。入場料はかかるらしいけどな」


 部員が数人俺の方を見た。なんで知ってるの? みたいな顔だ。ちょっと小耳に挟んだだけだようるせぇな。


「そういえばマ氏は移動中、この地球人の体は犯罪を犯していると言っていました。罪人ならば体を奪っても地球人社会の損害にはならないだろうと」

「そうか。どんな犯罪を犯しているのかは言っていたかい?」

「確か、電車賃を払わずに電車に乗る罪を犯していると言っていました」


 若者に意気揚々と犯罪自慢かよおっさん‼︎


「キセル自慢⁉︎ ちっせぇなぁもうバカか‼︎」

「今どきキセルを自慢する人……」

「コンプライアンス違反……」

「そもそもこのおっさんの存在自体がコンプライアンス違反」

「コンプライアンスというより存在がモラルに反する」

「金もないし他に自慢できることもないんだろ……」


 全員が呆れていた。呆れた顔をしていないのは保父さんと年中さん上野だけだった。


「キセルは自慢として小さいんですか? じゃあどんな犯罪なら自慢になります?」


 子供の純粋な疑問って答えるのに困るな。


「んー……自慢すること自体どうかと思うが、まだヤクザとツルんでたとかケンカで大勢ボコったとか汚職してて金ジャンジャン入ってくるとかのほうが、スキルとか力とかが必要な分自慢になるんじゃねぇか。知らねぇけど」

「じゃあ宇宙人より先輩の方が上ってことですか?」

「身長三センチになるまでブン殴るぞクソ上野」

「ひぃん……」


 なんでこいつ負けるケンカ売りたがるんだろう。危機感が機能してねぇのかな。後で頭に寄生虫とかいないか調べてもらったほうがいいかもしれない。


「マ氏は競馬場で馬券を買ったのかい?」

「はい。単勝を五〇〇円分買ったようでした。マ氏は四番人気の馬に賭け、見事三五七〇円を入手し、俺への礼と言って近所の飲食店でカツ丼をご馳走してくれました」


 人の金で単勝勝負してんじゃねぇよおっさん。


「勝ってるとこがまた微妙に腹立つな」

「宇宙船の修理はどうなったのよ」

「礼とかじゃなくてまず金返せよ」

「学生にせびった金で四番人気単勝買うおっさんってなんだよ」

「どんな顔してんだろうな。ツラ拝みてぇわ」


 俺はツラ拝んだら地面にキスさせたくなるだろうから見なくていいや〜 


「僕あんまりしっくりこないんで教えて欲しいんですけど、もし神田先輩が貸したお金で四番人気の単勝買われたらどうします?」

「賭けるって言ったらまず貸さねぇけど、もし貸すなら元金は五倍にして返させるし、利息は一日五割とする」


「日三ですらないんだ……」

「五倍と利息が別々……?」

「元金五倍+利息……ってコト⁉︎」

「どれだけ金をむしりとる気なの……」

「闇金カンダくんじゃん……」

「職業適正反社の人……?」


 上野が震えがってる横から小さい話し声が聞こえてくる。楽しそうでなによりだよ。


「その後マ氏と電子部品の店に行き宇宙船のパーツを買いました」


 大崎の報告は続く。覚えてたんだ宇宙船。


「俺らが忘れてたよ宇宙船」

「闇金カンダくんのインパクトのせい」

「宇宙人は今更何買ったんだよ」

「残金かなり少ないだろ?」

「乾電池とかじゃないの」

「カツ丼分引いたらその宇宙船二〇〇〇円くらいで直るってことになるけど大丈夫か?」

「車だってもっとかかる」

「やっぱり乾電池買ったのよ」

「落雷でマイクロチップが壊れたから炭鉱に隠しておいたとかじゃね」

「それだと汽車がないから詰むな」


 誰か今俺の悪口言ってなかった?


「なんのパーツを買ったのかは見せてもらえたのかい?」


 保父さんが笑顔で尋ねた。やっぱ気になるんだな。俺もオカルト興味ないけどこれはちょっと気になるしな。

 

「それが……恥ずかしいと言って見せてもらえませんでした」

「そうか、残念だね」


 残念で済むの???? ねぇ残念で済むのそれ??????


「おっさんが恥ずかしがるなよ気色悪ぃな」

「エロ本でも買ったんか」

「おっさんの性欲で動く宇宙船?」

「宇宙人もコンプラ違反なら宇宙船もコンプラ違反か」

「最低ね金星人」

「金星への熱い風評被害」


 大崎のネタが強すぎる。これいつまで続くんだ。もう耐えきれないぞ。いつ終わるんだ。宇宙人は帰るのか。宇宙人な訳あるか。つまり帰れないぞ。どうするんだおっさん。どうやって子供の夢を壊さずフェードアウトする気なんだ。実は無能に見えてやり手の詐欺師なのかおっさん。


「その後……なんですが、あの、マ氏と言い争いになってしまって……」


 大崎の表情が曇る。もしかしてやっと気づいたのか? やっと疑うことを覚えたのか? ひとつ大人になったのか大崎!


「お! ついにツッコミ入れたか!」

「頑張れ! 頑張れ大崎!」

「やっぱり流石に胡散臭すぎたのよ」

「マジでエロ本買ったんじゃねぇの」


 皆んなが手に汗を握る中、保父さんだけは完全に大崎に寄り添っていた。心配そうな顔をしている。この人なんなの? もうこの人が怖い。


「どんな言い争いをしてしまったんだい?」

「あの……マ氏が……」


 大崎が一瞬言い淀んだ。ちょっと辛そうな顔だ。それは辛い経験じゃないぞ。必要なことだ大崎。


「マ氏が……! 金星と地球以外には外星人はいないと断言するものですから……! つい、言い争いになってしまいました!」


 ごめんな全然必要なことじゃなかったよ大崎。


「言っちゃ悪いけどどうでもいい」

「バカなんか? 二人ともバカなんか?」

「今まで散々流しちゃアカンとこ流してきてるのになんでそこ聞き流せないんだよ」

「スルースキルの振り方が下手くそすぎる」

「トミオもなんでそこまで金星にこだわるの?」

「学生とケンカしてないでさっさと宇宙船直して帰れよ」


 上野がまたシャーペンを握る手を止めた。


「大崎先輩、言い争いの末殺されたりしなくて良かったですね〜」


 こいつの意見、宇宙人がいる前提で言ってんのかいない前提で言ってんのかわかんねぇな。


「そのあと三〇分ほど、マ氏と口を聞きませんでした……しかし、このまま終わるのは嫌でした」


 おっさんと青春をするな。


「ジュブナイル映画か?」

「キャストがバカ学生とハゲのおっさんだぞ」

「誰が欲するんだそんなジュブナイル」

「でもなんかこのままは寂しい……」


 ひとり感化されてる奴がいるな。感受性が高すぎるから詐欺とか幽霊に気をつけろよ。


「マ氏と仲直りできたかい……?」


 部長も寂しげな顔で聞いている。だから感情移入するな。保父さん、生徒さんに近づいてるそいつ不審者ですよ。注意喚起してください。


「はい。書店に立ち寄り、俺が一番勧めたいと思う書籍をマ氏にプレゼントしました。あの本には外星人のてがかりがたくさん載っているので」


 なんで?


「これでおっさんが納得したら大崎をぶん殴る」

「私は部長をぶん殴る」

「大崎金使いすぎ」


 上野は報告書をまとめている。お前的にはここ、気になるポイントないんだね。すごいね。


「マ氏は凄いスピードで本を読み込んでいきました。そして俺に笑いかけて『この本を故郷の星に持って帰って研究対象にする』と言ってくれました」


 大崎は嬉しそうだった。俺は窓の外を見た。部員の連中は天を仰いだ。祈る神などいないのに。


「先輩! てんぷってどう書きますか!」


 年中さん上野が元気に聞いてくる。俺は裏紙に漢字を書いた。


「バカとバカなおっさんのやりとりを延々と聞かされた」

「バカにされてたのは私たちかもしれない」

「マジで宇宙船直してとっとと帰れよもう」


 疲れ切った俺たちをよそに、大崎の目はキラキラ輝いていた。


「その後、マ氏は宇宙船を修理するのに集中したいということだったので別れましたが、最後に一緒に写真を撮ってくれました。報告書にはこの写真を貼りたいと考えています」

「良い写真だね!」


 バカとバカの記念写真を見せられたであろう保父さんは優しい目をしている。卒業写真のあの人並に優しい目をしている。あの人って誰だよ。

なんか疲れちゃったな。部員たちも全員ぐったりしていた。元気なのは保父さんと年長さん大崎年中さん上野くらいだ。


「部長、しかしながら、マ氏が本当に宇宙人であるという客観的証拠はつかめませんでした。俺はマ氏を宇宙人だと思っていますが……部長、この案件の報告書は作成しますか?」


 しないでくれ頼む。

 俺は窓の外を見つめながら祈った。他の連中も胸の上で手を組んだり、手のひらを会わせたりしている。なぜ違う文化圏であっても、祈りの姿は似るのだろうか。


 「いやしねぇだろ……」

 「おっさんが借りた金でギャンブルした話を全国に送り出すわけにはいかない」

 「みんなが大崎の将来を心配するだけの報告書になってしまうわ」

 「でも最終判断は部長よ……まだ解らない……」


 全員が固唾を飲んで見守っていた。上野も報告書の手を止めて部長と大崎を見ている。多分こいつは純粋に気になるだけだ。俺たちとは背負ってるもんの重さが違う。


 静寂に包まれた視聴覚室で、保父さんが口を開いた。


「優。優は、マ氏を宇宙人だと思うんだね?」

「はい」

「マ氏とたくさん話をして楽しかったかい?」

「はい!」


 保父さんが嬉しそうに笑う。子供の成長を見守る親のようだ。あるいは仏かもしれない。慈悲にあふれている。その慈悲を俺たちに向けて欲しい。


「じゃあ報告書を作成してくれ」


 なんでさぁぁああぁああぁー!


 俺たちの心は再びひとつになった。

 世界平和への一歩なはずだが、争いは消えない。秋葉千晴の慈悲があらぬ方向に注がれているからだ。


 大崎は元気よく「はい!」と頷いて、部長から報告書のひな形を受け取り、空いた席で報告書の作成を開始する。

 俺たちの祈りは届かず、みんなが大崎を心配するだけの報告書がここに誕生してしまった。

年長さん大崎と入れ替わるようにして作業を終えた年中さん上野は、俺に自分の作った報告書を見せている所だった。

 

「報告書の内容に相違がなければ、ここにクラスと名前をおねがいします!」

 

 幼稚園児らしく、折り紙とかお面とかなら俺も「じょうずだねー」って言ってやれたんだがな。


「同行の許可してねぇぞ、俺」

「クラスと! 名前! お願い! しまっ!」

「うるせぇな! わかったよ」

「ありがとうございます! 先輩!」


 今日はやたら疲れた日だったな。

 上野が報告書を提出している。他の部員は俺同様ちょっとぐったりしていたが、上野の後に大崎が報告書を提出すると、ちょっとざわついていた。

 大崎は報告書仕上げるの早いな。やっぱり漢字が解るからかな。


「先輩ー! ご飯食べいきましょー!」


 上野がぴょんぴょん飛び跳ねながらこっちに声をかける。ご機嫌じゃんお前。


「ああ、そうだな」


 部室を出る直前、他の連中が集まって見ている大崎の報告書を見せてもらった。大崎の宣言通り写真が添付されている。小太りでハゲのおっさんと大崎が良い笑顔で映っている写真だ。日付は二日前になっている。どうでもいい。やっぱりただのおっさんにしか見えない。


「上野お前なに食べる?」

「うーん、ハンバーグなのは確定なんですけど、どのハンバーグ食べようか迷ってます!」


 俺は全てなかったことにして、上野とサイゼへ向かった。

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