第24話 まだ帰りたくねえだけだ
「それからだ。俺は幽霊に対して一切の同情を捨てた。奴らはそんな健気なもんじゃない。あるのは生者を羨む殺意か、死んでも消えない承認欲求……あるいはもっと下衆で気持ちの悪い感情とか、そんなもんだ。まともな奴ならさっさと成仏すんだよ」
話が長くなってしまった。話しながら宿題まで終わらせてしまって、ノートをカバンにしまう。上野はただ俺の話を聞いていて、俺の話が終わった途端すごく嬉しそうな声を上げた。
「いやぁー、危なかったですね! ご無事で何よりです、先輩! すごくおぞましい素敵なお話ありがとうございます! 先輩からしか聞けない貴重な怪談に大興奮です!」
「お前そこそこ気持ち悪りぃよな」
「え゙っ」
俺はさっき宿題終わらせたけど、こいつはどうする気なんだろうか。一年は宿題でなかったんだろうか。
「そんなに気に入ったなら見に行くか?」
カバンを持って尋ねると、上野が大袈裟に飛び上がる。満面の笑みだ。キラキラしてやがる。
「えっ、本当ですか⁉︎ 聞けただけでもありがたかったのに、現場まで連れて行ってくれるなんて……! 今日は優しいですね⁉︎ 先輩もしやどこか打ちましたか⁉︎ 頭とか!」
「絞められたいのかクソ上野」
「あっ、嘘ですごめんなさい連れて行ってくださ……ぐぇっ!」
スリーパーホールドをかけてやると、上野が潰れたカエルのような声を出した。懸命にギブギブと鳴いている。上野の声を無視して、俺は窓の外を見た。
まだ明るいし、ゲーセンにばかり入り浸るのも面白くない。だから俺は優しくなんてない。利己的な理由が、こいつの興味と偶然マッチしたに過ぎないのだ。
「まだ帰りたくねえだけだ。興味があるなら付き合えよ」
そうして俺は、初めて自分に懐いた後輩を昔の通学路に引きずっていった。
昔使っていた中学校の通学路は多少景色が変わっているものの、懐かしい感じがした。あの歩道を通る道は騒動以来使っていないけれど、それ以外の道はずっと使っていたからな。
ちょっと切ないような気持ちになっている俺とは対照的に、上野は見るからに「楽しいです!」といった様子で今にもスキップしそうだった。今から幽霊に殺されかけるかもしれない道に行くというのに、緊張感というものがまるでない。
トカゲの化け物に殺されかけたり、左肩に居座る化け物に命を狙われているような奴だから、麻痺しているのかもしれないな。
「先輩、例の場所はどのあたりですか?」
「もうすぐ着く。あと一〇分くらいだ」
例の歩道に近づく度、人通りがだんだんと少なくなっていく。学校を出る頃にはまだ顔を出していた日が沈み、街灯も減って暗くなった。中学から帰る学生も見かけなくなった。
「この信号を渡った先だ」
「へぇー! 楽しみです!」
歩道は、びっくりするくらい変わらなかった。
ここにくるまでの道は新しく家が立ったり、店ができたりしていたのに、歩道のタイルも植え込みも、なにも変わっていない。いっそ不気味なくらい、当時そのままの風景が広がっていた。
ある一つの変化さえなければ、時が止まっていると形容していただろう。
「うわっ」
上野が間抜けな悲鳴をあげてのけ反る。恐らく左肩のクソ野郎に引っ張られたのだろう。奴は自分の獲物を横取りされると思ったら、囲い込むために獲物を――上野を引きずる習性がある。危険を知らせて回避させるためなのか、先に自分の領域に引き摺り込もうとしているのかはわからない。いつかぶち転がしてやろうとは思っている。
「……クソが」
つい、吐き捨ててしまった。
歩道の植え込みにいる影が、五人に増えていたのだ。全員が何のためか知らないが、俺を指差している。
上野は見えていないらしく、しきりに左肩を摩り、首を傾げていた。
自然と笑みが浮かんだ。上野が怯えた表情を浮かべる。さっきまでワクワクしていたのに忙しい奴だな。
黒塗りの幽霊どもは相変わらず俺を指差している。俺がもう一度来るのを待ち侘びていたと言いたげに、全員が一心に俺を見ていた。あの時の奴らは消したはずだが、どうなってんだろうな? 俺が見えてるってわかってビビらせようとしてるだけなんだろうか。数が多いから気が大きくなってる? クソだな。
俺は満面の笑みで、親指を地面に向ける。
「――テメェらの方こそ、地獄に堕ちろ」
やっぱり幽霊なんてのは、クソばっかりだ。確信を新たに、俺は後輩を引きずってその場を後にしたのだった。
――――――――――
・次回予告・
「さあ、諸君! 今日も楽しい部活の始まりだ」
神田は上野の部活動の手伝いをするためにオカルト同好会部の部室を訪れていた。上野はニコニコと作業しながら神田に部活のルールを教えてきた。
「これから報告が始まる見たいです。絶対に笑ったりツッコんだりしてはいけませんよ。オカルト好きたる者、どんな報告も真剣に受け入れること! です!」
「いくら俺だってそこまでしねぇよ。どんなにおかしな案件でも笑う気にはならねぇさ」
軽く流した神田を嘲笑うかのように部員の報告が幕を開ける。
「部長、報告です。一昨日宇宙人を名乗る中年男性と出会いました」
――それもしかしてタダのオッサンなんじゃない?
宇宙人担当によるツッコミ所が満載の報告を前に神田と他のオカ部員は耐えられるのか。
「俺だって、俺だってさ? UFOの映像とか宇宙人のミイラとか好きだよ? でもさ? 宇宙人を名乗る見た目普通のおっさんはダメだよ……!」
「おっさんでしかないじゃないそんなの……」
「どんな顔してんだろうな。ツラ拝みてぇわ」
一方そのころ上野は、報告書を書くために神田に漢字を聞きまくっていた。
「先輩! せっしょくってどう書きますか!」
……お前はどうやって入学したんだ。
次回
『 マ・エー・ダァン・トゥ・ミーオ氏との会遇』
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