第10話 いや、騙す方が悪くね?
「なんでけーくん!! なんであんな女とLINEしてるの!?」
頭に響くキンキン声が、薄暗くて気味の悪い部屋に反響する。俺は思わず耳を塞いだ。もうこいつが泣こうが喚こうが知ったこっちゃねぇ。
「ちゃんと聞いてよ! けーくんがひどいことするからリスカだってまた始めちゃったんだよ! やめられてたのに! くすり飲まないと眠れないし! 夜目が覚めて不安で仕方がないの! 眠れないと手首切らないと安心できなくてぇ! けーくんが電話でてくれればこんなことしなくていいのに! けーくんぜんぜん電話でてくれないし! LINEだって返してくれない! そんなにあの女がいいの!? まゆのことだいすきってゆったのはウソ!? ゆびきりしたのに! 約束したのに! その指輪だってどうせあの女からのプレゼントとかでしょ! 外して! 今すぐ外してよ! なんでまゆと一緒にいるのにそんな指輪つけるの!? けーくんってそうゆうことするんだ! 最低!」
相変わらず飛躍がすげぇな。そもそも真夜中に電話に出ろっつーのが無理だろ。寝てるわ。しかもお前電話なげぇじゃん。メンタルボコボコで電話かけてくんならぜってぇ冒頭三〇分泣いてるだけじゃん。その間俺何してりゃいいのよ。暇だし、暇なら寝たいわ。なんでお前のクソザコメンタル安定させんのに俺の健康生贄に捧げなきゃなんねぇんだよ。指輪は自分で買ったやつだし、お前と知り合う前から使ってるだろ。
右手の中指にはめた指輪を見る。ゴツめのデザインが気に入っているシルバーリングだ。おかしいな、バイトの初任給で買ったってコイツにも話した気がするけど忘れてんのかな? それとも自分基準でアクセサリーは他人に買わせるもんだと信じて疑ってねぇのかな?
俺が上の空だと知ると、真由は目に見えて不機嫌な表情になった後、スッと無表情になって、今までの癇癪が嘘みたいな平坦な声で喋り始める。
「けーくん、あのね、まゆ、妊娠してるの」
「は?」
「うそじゃないよ。昨日病院でエコー写真撮ってきたの。けーくんの子だよ」
突き出された白黒写真は、咄嗟に判断できなかったものの、白い楕円みてぇなものが写り込んでいた。それが数枚。
マジで……?
「ねっ、だからねっ、結婚しようよっ! けーくん、この子のためにも一緒に頑張ろう?」
冗談じゃねぇ。こんな女に生涯寄生されるなんてごめんだ。大体こんなやつと結婚したってぜってぇマトモな生活送れねぇだろ。妊娠したかどうかも疑わしいが、万が一本当に妊娠してたとしてもこいつに育てられるガキはかわいそうだ。こいつが母親やるより施設に丸投げした方が絶対良い。
俺だってやっと本命の子といい感じになって、付き合えるようになったのに。ボロが出る前にこいつと別れなきゃなんねぇのに、なんだよこいつの執着心の強さはよ。俺はもうお前に興味なんかねぇんだから、とっとと別のもっとチョロそうな奴に寄生しにいけよ。
それともこいつ、俺がもう就職半分決まってんの知って金せびろうとしてんのかな。うちの大学ではかなり良い方の就職先だから、一生寄生するつもりか……?
マジで、マジで冗談じゃねぇ。ふざけんな。クソ、なんでこんな奴に声かけちまったんだ。俺人を見る目がなさすぎだろ。騙された。こんなことで人生棒に振るのかよ。ちょっと選択ミスっただけで? こんなクズ女になんで俺が騙されなきゃなんねぇんだよクソクソクソクソ!
いや、騙す方が悪くね?
頭に登った血がスッと引いていって、ついでに体温も下がっていく。
そうして俺は近くにあった石ころを持ち上げ、クソ女の頭上目掛けて振り抜いていた――
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