憤怒と双星Ⅱ【C.C1795.02.24】
なぜだ。
付記として、上記の言葉は疑問の解消のための言葉ではなく、理解できない状況に対する感想である。
また理解できない状況とは、フェーヴの天球都市世界破壊という目的を阻止された現状を指す。
エージェント『マーリン』が記録した意見を許容することはできない。
付記として、マーリンの残した意見を引用する。
彼には……否、彼らの中にはもう、討伐の不安はもうない。競技の中では、彼らは『ハンター』ではなく『プレイヤー』……彼らのルールの中で戦うことになったフェーヴは、他責を求めて自らを省みないがゆえに、自分の立場を理解していなかった。
世界のシステムである自分たちは、システムが巡らせるルールの中でしか生きられないのだ。
あり得ない。
付記として、マーリンの意見を真とするならば、フェーヴもマーリンも、各天球都市を管理する全てのエージェントが、各々の感情を抱えたまま歯車以上の役割を持てないという点を指摘する。
それならば現在対峙している、システムの一部たる人間たちはどうなる。
付記として、かの意見を認めれば、トーマス・ラウスの怒りは正当なのにも関わらず、両親が争いに負けて惨めになることは必然であるという矛盾が発生する。
かの意見が真ならば、勝者と敗者を生み出す争いそのものが間違いではないか。
ならばなぜ、人間は争っているのだ。
それは、争う人間が間違いだからだ。
彼らはシステムのエラーとして、修正されなければならない。
トーマスには再起動命令を送るも、以前反応はない。
付記として、人工妖精を通して彼の精神は掌握しているも、彼を動かすのはあくまで外殻であるコフィンを基部にしたエス構造群だ。管理システムのエージェントには、人を直接操る術は持たないことを重ねて補足する。
そのコフィンの心臓でもある動力部を破壊されて、フェーヴは動くことができずにいる。
付記として、本体から離れた腰部を正確に射抜かれたおかげで、トーマスに外傷はない。それを行った二体のコフィンは、こちらから離れて様子を伺っている。後から来た赤い機体は余力を寄越しておりが、一方で青い一体は戦闘の意志を消沈させていないもの満身創痍であることには違いない。仮に動力部を再生して反抗できるなら勝機があるが、竜の心臓を壊されてはそれもできない。
これ以上の戦闘行為は、続行不可能であると認めよう。
付記として、この結論に対して反論はない。
しかし、この結果をフェーヴは認めない。
付記として、フェーヴの観測する怒りは、果たされ解消されるべきものであるという根拠を提示する。
コフィン内を循環しているエネルギーを、頭部のレーザー砲に集中させる。
付記として、そうすることで本武装を一度だけ発射することができる。首をギシギシと動く様に気付いた青い機体が何かを叫んでいるが、反応は遅い。
遠くで肉体再生を促す胞子を飛ばしていたもう一機に狙いをつける。
付記として、彼女の策略さえなければ、この二体に対して遅れを取ることはなかった。
セラノ。セラノ・ラウス。
その名を記録した瞬間、機体にさらに異常が見られた。
付記として、こちらに不具合はない。異常が見られたのは、本体のほうだった。
トーマス・ラウスがこちらを見て、なにかを言っている。
付記として、これはフェーヴがトーマスに接触したことで、互いを相互に認識したことによるものではない。あくまでフェーヴは怒りを増長し、その方向性を操作しているだけだ。その怒りは他者を攻撃するのに十分なものだ。だからこそ、トーマスを擁したこのコフィンは戦うことができた。
それが止められているのは、その怒りが、自身に向いているからだ。
理解できない。
怒りは他者に向けるものだ。なぜ自分に向けている。
理解できない。理解できない。
付記として、この不可解な状況を解明する資料として提示できるものがあるとするなら、この状況は一番最初にレーザー砲をセラノ・ラウスに向けた時、照準を大きく外したことと非常に酷似している。
彼の中で、怒りより優先する事項が存在するのかもしれない。
付記として、検証する前にレーザー砲が破壊されたことにより、フェーヴは彼の誘導を放棄したため、この考察は未詳であることを明記する。
◆
悪あがきのレーザー砲を間一髪で破壊したラヴァルは、安堵で油断したためかバランスを大きく崩して後ろへ倒れそうになって脚部のアンカーにせき止められた。
至近弾を消費したばかりのラヴァルは、咄嗟に竜音と射撃姿勢固定用の脚部アンカーに使ってレーザー砲を潰し、それを見たジェニスが拍手で称えた。
「見事だね……もう竜音を使いこなしてる」
「これの、どこが……! 移動距離も負担も計算できてねぇんだぞ……、感覚でやってるてめぇと一緒にすんなっての!」
後ろに重心が寄ったままの状態を戻そうとするラヴァルが、苦しげに反論する。
フェーヴが完全に停止したことを確認すると、ラヴァルとジェニスはコフィンを棺形態にして降りて、竜の胸元に埋まるトーマスを二人がかりで引きずり出す。トーマスの体は、まるで執着のなくなったようにあっさりと抜けた。フェーヴの支配から抜け出した証拠だ。
トーマスを救出し終わるタイミングと、セラノがラヴァルたちのもとに到着した。
セラノは地面に寝かされているトーマスを見つけると、コフィンから降りて駆け寄り、その頬を軽く叩いた。
「兄さま! 兄さま……!」
震える声で呼びかけると、トーマスは薄く目を開けセラノに笑いかけた。
「セラノ……無事か……?」
「無事……って、私のセリフです!」
「す、すまない……しかし」
「しかしもなにもない! どうせ私のためとか言うんでしょう!? こんな迷惑かけておいてそんな言い訳、聞きたくありません!」
手の甲で顔を隠すと、しゃくりあげるのを我慢するように大きく呼吸した。
「セラノ……」
「見ないでください……! デリカシーなし! バカ! 本当、本当に恥ずかしいんだから……!」
瞳に涙を溜め堪えるセラノの姿に、ラヴァルは外傷がないことだけ告げて距離を取る。ジェニスもまた何かを言いかけようと口を開けるも、なにを言わずにその場を後にした。
「良かったね、彼女」
「ああ」と肯定してから。
「竜音の誤作動で、騎士バカの顔面潰さなくてよかったよ、本当」
遠くのセラノを眺めながら一息つくラヴァル。そんな彼に向かって、ジェニスはため息を吐いた。
「いちいち考えすぎなんだよ、ラヴァは。もっと物事のいいところを見ないと」
「あーやだやだ、結果論ありきで再現性クソくらえな天才ジェナさまの意見はこれだから……」
肩をすくめて軽口を叩くラヴァルに、ジェニスはムッと唇を尖らせた。
「そんなこと言って……、そうやっていつも後手になるから判断が遅れてボクに負けるんじゃないか」
「は?」
遠回りの勝利宣言に眉をしわを寄せる。
「誰に負けたって?」
「勝負だよ、勝負。最後、ボクのほうが早く動力部を破壊した」
口の片端を持ち上げてほくそ笑むジェニスに、待て待てとラヴァルは詰め寄った。
「嘘ついてんじゃねぇ、俺のほうが早かっただろうが。俺は見逃してねぇぞ? 最後の最後で射出機構とブレードが並んだんだ。弾頭を射出したこっちのほうが早く届くに決まってんだろ」
「いいや、まったくわかってない。キミのその判断が遅れたから、ボクのブレードが早く届いてたって言ってるんだよ」
「いや、俺のほうが早かった」
「ボクのほうが早い」
「俺だ」
「ボクだ」
「俺」
「ボク」
言い争いながら、顔を近づける二人。ラヴァルは目の前の可憐で大きな瞳に吸い込まれそうなほど近くなると、自分がしていることに気付き、慌てて顔を離した。
その後で、おかしな気分が去来して噴き出して笑うと、キョトンとしたジェニスもまたつられて笑い出した。
ひとしきり笑うと、二人は全ての力を吐き出しようにそのまま瓦礫の敷かれた地面に腰を投げ出した。
「俺たちさ」
「うん?」
「もう何年も一緒にいるけど……口先だけでも、こういう大喧嘩したこと、なかったな」
「そう、かもね」
なんでだろうな、と。
言いながら、答えを知るラヴァルはそのまま続けた。
「俺は、お前が羨ましい。お前は、俺のやりたいと思ったこと、なんでもできて……それをマネするのを嫌がって、ずっとお前から逃げてたんだ……先に折れてちゃあ、喧嘩なんてするわけねぇよな」
瓦礫の固さを厭わず寝転び、空を仰ぐと、地平環が天を覆っていた。
「理想の俺みたいなお前のことが、妬ましかったんだなぁ」
誰に言うでもない、呟きに似た言葉に、ジェニスは答えた。
「ボクは、そんなキミが妬ましいよ」
「バカいえ」
「本当のことさ」
風が吹き、ジェニスの髪をさらう。
火を灯す廃墟のイドで、寒々しい景色で、彼女は星のようだと、ラヴァルは思った。
ジェニスは寝転ぶラヴァルを見下ろして、いつものように頬を持ち上げて、無邪気に笑った。
「ボクは……キミのその弱さが、ほんの少しだけ、妬ましい。ボクにも、自分の弱さを知る心があったらいいのにね」
「なんだそりゃ。そんなの誰でもあんだろ、自意識過剰なバカじゃあるまいし」
「あ、それ嫌味かい?」
「気付きやがったか、けっ」
わざとらしく毒づくラヴァルに、目を丸くしてケラケラと笑うジェニス。
「本当は、なんだって辛いし、苦しいんだと思う。けどボクは、そういうものだって受け入れてずっと生きてきた……きっとヨリィの夢にだって、大した興味はないのかもしれない。その中で、キミに執着するのは……ボクが、一番最初になりたいと思った人だったからなのかも」
「天才ジェニスのモデルは、俺ってことか?」
「あるいは、キミが天才のボクを求めていたからかも」
だからかな、とジェニスも空を仰いてそっと息を吐いた。
「キミといるときだけが……なんていうかな、生きてる感じがする。キミと離れていることを想像できないというか……キミが求めるボクがいなくなっていくことが、寂しいのかも? ボクの好きなボクなんて、いないはずなのにね」
取りとめなく言葉を重ねて……最後に観念したように微笑んだ。
「ごめん、よくわかんないや。ラヴァにはわかるかい?」
少し悩んで、ラヴァルは答えた。
「わかるかよ」と、きっぱり言ってから。
「てめぇの心もわかんねぇやつに、そんなこと聞くなよ」
結局のところ、ラヴァルにはこれからどうするかなんて考えはなかった。
ジェニスが女体化することも、衰弱することも、イドの管理エージェントの持つバベルシステムによるものであることを知り、その原因が自分であることを理解し、解決のためにここまで来た。
これも全て、よい別れをするためのものだ。
しかし、ラヴァルは、自分も気付かなかった真意を知った。自分がジェニスから離れたかったのは、自分の理想の生き写しである彼女に、依存してしまうからだと。
それに気づいた今なら、彼女と共にいることもよいのではないだろうか。
それとも、気持ちの正体に気付いたからこそ、離れるべきなのだろうか。
時刻環に向かって、手を伸ばす。
円環に遮られた星は遠く、指先は空を凪ぐ。
それでも、星へ伸ばす手は止まらなかった。
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