憤怒と双星Ⅰ【C.C1795.02.24】

 最初に動いたのはジェニスだった。


 竜音の爆光と共に右側面に回り込むように上昇したオーレアンナは、ブレードを頭部に叩きつけようとする。フェーヴはそれを盾で防ぐも、それはジェニスの策だった。


 彼女は赤熱化したブレードと盾の接点を支点にして、回転する。巨大な盾の上を滑るように転がると、縁で再び加速し羽根のようなバーニアを飛び越え、背後を取る。

 ジェニスの口元に笑みを浮かべるも束の間に、彼女の目の前から光を残してフェーヴが消えた。


『おっ……?』

「上だバカ!」


 空中に取り残されたジェニスの姿を、影が覆う。事情もわからないまま間抜けな声を上げた通信を聞いて、思わずラヴァルが警告するのと、こちらへ竜音を吹かして戻ってくるのが同時だった。


 続けて、槍を地面に突き立てた振動が襲う。


「飛べるのか、あれ……」


 面白い、という含意の呟きを言い終える前に、再びジェニスが飛び去る。フェーヴもまた地上で待ち構えながら竜音による加速でジェニスを翻弄しようとする。


 爆光、爆炎、爆音。


 絢爛で暴力的な舞踏を繰り広げるなかで、ラヴァルは深く息を吸い込んで、喧騒を吐き出す。透明になった脳内で、目の前の動きを捉えた。


 竜音による軌道は、機体の小さいジェニスのほうが小回りが利いている。対してフェーヴの竜音は出力と持続が長けており、スライムの浮遊のように竜音を吹かし続けることで空中に留まる。これによって背後に回らせないように立ちまわっているのを見るに、これを操るフェーヴ本人またはトーマスもまた、背面の動力部が弱点であることを知っているようだ。


 分析するラヴァルに気付いたのか、フェーヴの頭部が開き、彼に向かって光線を放つ。ラヴァルはこれを右に躱しながらバリスタの標準を合わせようとするも、目標がすでにスコープの外に追いやられていることに感づき、舌打ちをする。


 接近戦により混沌とした対象の、動きを追えない苛立ちを再び深呼吸で吐き出す。


「なめんじゃねぇぞ、パチモン竜が」


 ひとりごちて、流れてくる閃光から前進して避け、再びスコープを覗く。


 光線の次弾は、四~五秒。


 機動力の高い相手に対して、ジェニスは獲物の死角を維持したまま、進行方向に並行して飛ぶ癖がある。


 そして獲物がジェニスを探して転身する際、足を止めるタイミングが必ずある。


 地上高二十メートル地点で三メートル超のオーレアンナと、七メートル超のフェーヴが飛び交う中、ラヴァルはジッと機会を待った。


 一。集中したラヴァルの時間感覚が、引き延ばされていく。

 二。首に回ろうとしたジェニスから距離を取ろうと、フェーヴ竜音を下降に使う。

 三。辛うじて目に見える速度で降りるフェーヴだが、頭部だけラヴァルを撃とうとこちらを向く。

 四。閃光と共に、ラヴァルはトリガーを引いた。

 五。両腕部の接続を横へズレようとするも、光線の光が左腕部を舐めた。


 発射された弾頭は光線をなぞるように逆行して、目標へ吸い込まれていと、骨で象った片翼……竜音の片方を射抜いた。


「クッソ……!」


 光線の熱に肌を焼かれながら、ラヴァルは毒づく。


 背面の動力部を射抜こうとしたが、フィールドの抵抗で目標がズレた。そして左腕部を損傷を受けたため、これ以上狙撃はできない。


「セラノ!」

『やりませんからね!』

「そうかよ!」


 先んじて修復を拒否されて、ラヴァルは勢いで返事をすると、至近弾頭を用意する。


 竜音の片翼をもがれたフェーヴは、空中で態勢を崩して落下していた。それを追従するジェニス。苦し紛れに槍を突き入れようとするのを避けると、スケイルセルを展開しながら両腕のブレードを大きく振りかぶった。


 六基の飛来する刃が、右腕部の肩口に群がる。雄叫びが鉄鋼岩を削る火花と音に紛れる。スケイルセルが開けた切り込みに二本のブレードの切っ先を突っ込むと、竜音で回転の勢いをつけて思い切り振り抜く。


 右腕部が切断され、ビット化した紫色のエネルギーが噴き出た。


 おぉっ。と感嘆の息を漏らしたことを咳払いで誤魔化し、焦燥感を携えてラヴァルは突撃する。敵の主装備である槍を無効化したのは、競技的な貢献度として高いが、動力部を無効化したわけではない。勝利条件を『止めを刺すこと』としたジェニスの発案は、図らずとも勝負の行く先を最後まで分からないものにしている。


 着地点を予想して前進するラヴァル。近接武器を失ったフェーヴは光線を向けて一度ジェニスを追い払ってから着地する。鉄鋼岩とフレームが激突する轟音を大地に響かせると、怒れる咆哮を轟かせる。


 彼は今、身に起こる理不尽に怒りを示していた。

 だが当然のことだ。


 彼には……否、彼らの中にはもう、討伐の不安はもうない。競技の中では、彼らは『狩人』ではなく『競技者』……彼らのルールの中で戦うことになったフェーヴは、他責を求めて自らを省みないがゆえに、自分の立場を理解していなかった。


 世界のシステムである自分たちは、システムが巡らせるルールの中でしか生きられないのだ。


 瓦礫の山に、巨体がうつ伏せに突き刺さる。上がる砂煙が目隠しの役割を果たし、ジェニスは直感的に距離を離す。砂埃が目に入ることより、フェーヴに残された武装を警戒してのことだ。


 ジェニスの残像を、光線が射抜く。照射し続けた熱戦を振り回すと、あたりの廃墟を巻き込んで破壊する。ラヴァルは横薙ぎに飛来してくる光線を、使い物にならなくなった左腕を盾にして防ぐ。光線はオーレドゥクスを数瞬焼いて過ぎ去るも、一向に消えることはない。駆動系のエネルギーを全て火器に回すことで、竜の内燃機関と光線とエネルギー生成・消費を均等にしているようだった。


「でけぇクセに、小賢しいことしやがって……!」


 基本的に、陸戦に特化したコフィンは斉射に対しての回避手段に乏しい。瓦礫の山の上り、隠れることでなんとか射線を切るラヴァルは、接近ができないことに歯噛みする。


 積みあがった瓦礫を塹壕に進みながら、ラヴァルは上空を見上げると、ジェニスもまた、空中で振り回されている光線を相手に、アプローチを考えあぐねているようだった。空中戦に特化したジェニスのオーレアンナにとって、先の突撃で菌糸のエネルギーを使いすぎたことも相まって、光線の一撃は致命傷になりえた。


『厄、介……だな!』


 聞こえてくる煩悶とした通信に、ラヴァルの頬が意地悪く持ち上がった。


「辛ぇなら、いつもみてぇに大人しく囮しててもいいんだぜ!?」

『キミこそ! 隠れてばかりでボクに勝てるのかい!?』

「言ってろ! お前に動力部を潰せる火力出せんのかよ!」

『問題ないね! キミに出せるなら、ボクだって!』

「どうだが! はははっ!」

『あっはははは!』


 煽り合うラヴァルとジェニスの声音は、不思議と弾んでいた。

 ラヴァルは競技の戦場の中で、今までにない心地の良さを感じていた。


 思えば、お互いがお互いの意見を受け入れ合うか、誤魔化し合うだけで、彼がジェニスと言い争うことなんて今までなかった。


 互いに依存し、尊重する。聞こえのいいその関係が、ラヴァルにとっては窮屈だった。


 身勝手で、お互いを振り返らず……それでも隣で走り続けるような関係が、ラヴァルにとっての相棒だった。


『痴話喧嘩……いい加減うざくて恥ずかしいんですけど……!』


 セラノのうんざりした愚痴を火蓋にして、状況が動いた。

 突如、フェーヴの全身がピンと伸びて膠着する。伴って、光線が真北を向いてその方向を焼き続けたまま、固定された。


 様子のおかしさに感づいたラヴァルは、廃墟の影から飛び出す。


 変化が起きたのは、本体のトーマスの周りだった。竜の体表に埋め込まれた彼の周りには、コフィンのパーツらしき装甲やフレームが剥き出しになって、フェーヴの体を内側から突き破っていた。周りには苔の集合体のようなセルに取り囲まれ、トーマスを癒している。


 トーマス……本来のペンドラ重槍型を癒すことで、埋没し変形した装甲やフレームを内部で滅茶苦茶に再生しているようだった。これにより、フェーヴの内部骨格が歪み、動きが固定されてしまった。


 チャンスだ。とラヴァルが内心沸き立つ。


 しかしそれも、上空でブレードを構えるジェニスの姿を見て、静まる。彼女は竜音を上向きにし、突撃の勢いを脚部ブレードに集中させようとしていた。


 ラヴァルは自身の距離とあの蹴りが生み出す初速を予測して、間に合わないことを頭の隅で計算する。内部から磔にされたフェーヴが、あれを避けることはできない。その前に瓦礫を駆けあがって近距離弾頭を打ち込むスピードは、オーレドゥクスにはない。


 しょうがないか。と、諦観がそよぐ。

 しかし、竜音の吹かす爆風がかき消した。

 ゴゥン、ゴゥンとオーレドゥクスの竜音が唸る。それは躊躇いにも、老人の咳き込みにも似ていた。


「わりぃな、俺がビビリでよ……」


 ラヴァルはもう一人の相棒に謝った。


「ぶっつけ本番だろうが……今! やるしかねぇよなぁ!」


 上昇、前進。上昇、前進……心で何度も唱え、ラヴァルは飛ぶ。


 瞬間、ラヴァルの視界は上から下へ流れた。万物の色と色の境界がぼかされ、実像が確信を結ばずに下へ下へと流れていく。


 オーレドゥクスは一度バランスを崩して前転するも、無意識のうちにバーニアの一つを前方向へ向けて姿勢を維持する。


 目を開けたラヴァルの視界には、見違えた景色が広がっていた。


 遠近法で小さくなった廃墟や瓦礫。昇降柱の格子越しにみえる水平線は、時刻環によって遮られることのない澄んだものだった。


 ラヴァルは驚きのあまりレバーを離して泳ぐように手を回しかけるも、その寸前で正気に戻り、レバーを握り返した。


 広い。デカい。

 こんな景色をずっと見ていたのかと、ラヴァルはジェニスを見やる。


 ジェニスは蹴りの態勢に入りながら、目を見開いてラヴァルと視線を結ぶと、それからむず痒く微笑んだ。


『勝負だ』


 ただ一言、ジェニスが投げかける。


 返事をする代わりに、ラヴァルは右腕を弓引いて、竜音を起動した。


 フェーヴの背面に向かって、オーレの双星が、飛来する。


 衝撃が、ラヴァルの全身を覆う。見えない膜に押しつぶされそうな感覚を切り裂いて、急速に近づく竜に向かって拳を突き出すと、がむしゃらにトリガーを引いた。途中、隣で聞こえる風切り音には目にもくれなかった。


 爆音と爆光が二拍子、フェーヴを貫いた。

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