ラヴァルとジェニスⅡ′【C.C1795.02.24】

「資格なんて、どうでもいい! ボクは、キミと一緒にいたいんだ! 依存? 妬み? そんなの好きにすればいいじゃないか! ボクは天才だぞ! それくらいの感情抱かれるのなんて上等さ!」


 ふんっと鼻息を鳴らすジェニスに、ラヴァルはぽかんと口を開ける。

 関係ない。

 関係、ない?


 ラヴァルの脳に、衝撃が延々と響きわたるように、その言葉が繰り返し浮かび上がる。それがゲシュタルト崩壊して意味のない音に変わるまで、二人の間には遠くで崩れる瓦礫と砂塵だけが通り過ぎていった。


 資格なんて必要ない。妬んで、依存して、自分についていけばいい。

 それがしたくないから、こんなに悩んでいるというのに……。


「ふっ――」


 沸々と、ラヴァルのジェニスに対する罪悪感が、怒りへと反転していき。


「――っざっ、けんなぁぁ!」


 ついに、噴火を迎えた。


「てめぇ人の気持ち考えたことあんのか!? それとも俺に、てめぇの奴隷になれって言ってんのか!? あぁ!?」

「気持ちを考えろだって!? じゃあボクの気持ちはどうなんだ! キミだってボクの気持ちを考えたことはあるのか!? ボクの預かり知らないところで勝手に負けたくせに、勝手に絶望して勝手に去るなんて無責任じゃないか!」

「はぁ? 誰が負けたって? 座学の進級試験、誰のおかげで突破できたと思ってんだ!?」

「そうさ! ボクにだってできないことくらいあるってわかっているのに、そうやってウジウジして……そのくせセラノとはバディは組んでもいいって曖昧なことを言ってるのに、怒ってるんじゃないか!」

「セラノは関係ねぇだろ!」

「だいたいキミはいつもそうだ! いつも理屈ぶってばかりで……ボクのことが嫌いになったらなら、最初からそう言えばいいじゃないか!」

「バカ言ってんじゃねぇよ! 俺が? お前を? 嫌いになる? そんなわけねぇだろ!」

「嘘だ!」

「嘘じゃねぇ!」

「じゃあずっと一緒にいたっていいじゃないか!? ボクはずっと一緒にいたい!」

「俺だって一緒にいてぇよ! でも――!」

「でもじゃない!」

「話聞けよ! 俺は――」

『なに……言い争って、るんですか……!』


 言い返そうとしたラヴァルの言い分を、耳に飛び込んだ苦言が制する。ラヴァルは目を見開いて通信に集中する。


「セラノ……! 無事か!」

『無事か……ですって』


 切迫した声に対して、セラノは疲れたような呆れ声だった。


『ええ、無事です。レーザーが外れて、瓦礫に埋められただけですから。機体の修復も完了しましたし、エネルギーの充填も終わりましたよ……あなたたちが、モタモタと痴話喧嘩している間にね!』


 通信越しの怒号と、遠くの咆哮が重なる。


 ラヴァルがそれに反応して長距離弾頭を装填し、ジェニスが腰を落として脚部ブレードを構える。


 瓦礫を突き破って突撃したフェーヴは、怒りのままに二人を叩き潰そうと槍を振りかぶる。


「うるさい!」「黙ってろ!」

 アームの付け根に狙撃を見舞い、のけ反った下顎に向けて、竜音の瞬間加速を乗せたサマーソルトが入る。先の飛び蹴りによってボロボロになった頭部は、それによって完全に弾け飛び、体は狙撃の衝撃と合わさって仰向けに倒れた。


 小さな地震が響くなかで、不機嫌そうにジェニスが呟く。


「まったく……なんなんだ、あれは」

『兄さまがそこにいるんですよ! もっと真剣にやってください!』


 兄さま? と疑問を呈したジェニスが説明を求めて、ラヴァルのほうを向く。


「あれに騎士バカ……トーマスが、あそこに取り込まれてる。背面の動力を破壊して、救出なきゃなんねぇ」


 一度深呼吸を挟んだラヴァルは、冷静になった頭でジェニスを宥めた。


「たしかに、ここで喧嘩してる場合じゃなかったな」

 しかしジェニスは、不服そうな表情のまま顎に手を当てて思案すると、よしと頷いた。

「それじゃあ、勝負だラヴァ」

「勝負?」

『勝負!?』


 ジェニスの提案に二者二様の返すと、彼女は腕部ブレードで仰向けのフェーヴを指す。


 フェーヴはグルルと獣のような唸り声を上げて起き上がる。蹴り飛ばされた頭部は再生を図ろうと泡立ち、滴る緑の液体が胸元のト-マスにかかり、その顔を染めた。


「先に彼を止めたほうが一方の言い分を認める……キミが勝ったら、キミはボクに並ぶとして、ずっと一緒。ボクが勝ったら、キミはボクに及ばないとして、キミの好きにすればいい」

「だから、そんなことしてる場合じゃねぇって……!」

「ボクは真剣だ」


 まっすぐな瞳に、気圧される。


「キミとボクなら、あんなもの倒すのなんて造作もない。でもキミは、それで満足しないんだろう?」


 見透かされたようなジェニスのセリフで、ラヴァルはもう一度思い直す。


 あれは、未だラヴァルがケジメをつけるべき相手であること。そしてそれは、ジェニスの助けあってのことではいけないこと。ジェニスが提案するまでもなく、この状況で、自分が向き合うための選択を、目の前の相棒は提示しているのだ。もちろん、ジェニスにその気は全くないだろう。彼女はただ歯車のように回り合う相手を求め、ラヴァルはその関係に疑問を持っている……先の喧嘩で、その食い違いを自覚するも、解決には至っていないのだから。


 中距離弾の生成を思念で命令しながら、ラヴァルは肩を落として、ジェニスの隣に立った。


「お前に勝ちを譲れば、全部俺の思い通りになる……わかって言ったんだろうな?」

「ああ」ジェニスは頷いて。

「さっきまでプライドでボクを遠ざけたキミが、それでいいというなら、ボクは構わないけど」


 皮肉を装いながら……しかし、慣れない所作で照れくさく笑ったジェニスの挑発に、ラヴァルもまたスッと冷めた表情を装うも笑いを耐え切れず「ほざいてろよ、お姫様」と返した。

「お前が勝ったら……お前の言う通りにしてやる。だが俺が勝ったら、俺の好きにさせてもらうからな」


「なら私が勝ったら……二人とも退学でよろしいでしょうか」


 セラノの肉声が、静かでありながら地鳴りのように、二人の後方から響いた。


 驚いたラヴァルが振り返ると、そこには体のあちこちに裂傷をつけたセラノが、怒りで膨らんだ金髪を携えて瓦礫の上に佇んでいた。搭乗しているペンドラ索敵型は補修跡を残しつつ順調に稼働しており、二人を睨みつける彼女に代わって、飛沫となったセルボムを前方に飛ばしていた。


「黙って聞いていれば、好き放題勝手放題……こんな人たちに頼み込んだ自分が恥ずかしい……!」


 震える声に、ラヴァルとジェニスは気まずそうに視線を逸らし合う。外れた視線の先でラヴァルは、トーマスを迎え撃つように漂う集合体の見つけた。セラノの起動したセルボムは、いつしか退路を断つように、トーマスと二人を取り囲むように配置されていた。


 セルボムの描く円の中心で、フェーヴの再生が終わる。


 生まれ直した竜の頭が、三度怒りの咆哮を上げた。

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