ラヴァルとジェニスⅠ′【C.C1795.02.24】

     ◆


 走馬灯をよぎらせたラヴァルが見たのは、赤い流星が巨体を蹴り抜く様だった。


 彼の真上を取ったフェーヴが、槍の突撃の前に頭部を開いて光線を撃つ前に、流星は下顎に当たる箇所へ爪先を――着地をスライムの重力制御に依存した、流線形の切っ先を――突き刺して、そのまま暴力的な推力で竜を運ぶと、廃墟に磔にする勢いで叩きつけた。


 廃墟の崩れる音を背景にラヴァルは、流星の行く先を茫然と眺めていた。


 呆けているラヴァルを置いて、瓦礫の砂煙を突き破って、赤い影が飛び出す。影は鋭角な放物線を描いて、スライム特有の、圧縮された空気が放射状に解放されたとき起こる豪風めいた音を立てて、ラヴァルの前に降り立った。


 赤い流星――オーレアンナのボディには、傷はついていない。自身の倍近い質量の物体に向かって猛スピードで体当たりを仕掛けたにも関わらず、その機体は、搭乗者の煌々とした髪と同じ荘厳な輝きを保っていた。


「ジェ、ナ……?」


 疑問形を残して、ラヴァルは目の前の少女の名前を呼ぶ。


 ラヴァルからしてみれば、立つこともままならないほど衰弱した相棒が、空中から颯爽と登場することに、あり得ないという感想が芽生えてもおかしくはない。


 ジェニスは無言のまま、レバーを降ろしてラヴァル見つめる。

 その瞳は、無言の彼女にならって強情に示している。


「お前、どこから……いや、どうやって」茫然と疑問をこぼしてから。


「いや」と。

 ラヴァルは気を取り直すように息を吐いた。

「どうして、ここに来た」


 その質問には、事実を問いただす意図よりも、事実への怒りの意図が勝った。


 ラヴァルがここで戦っているのは、ジェニスへの依存を克服するためだ。天才の手を借りず、かつての因縁を晴らすことで、身勝手に別れるためのけじめにしようと、ラヴァルは傷ついた体を奮い立たせてフェーヴに挑んだ。


 その超えるべき……否、越えなければならない天才が、己の覚悟と決意に水を差したことに、悔しさを隠せなかった。


 ジェニスは、ラヴァルの憤りを意外そうに見つめた後に、目を伏せた。


「わからない」

「あ?」

「キミのことを聞いてから……胸が、チクチクして。もしかしたら、寂しかったのかもしれない……いや、どうだろうか……」


 目を合わせず、ポツポツを呟くジェニスの表情は、その言葉のどれの一つも、しっくりこないような、不満を表していた。


 それが無責任さを増長させているようで、さらにラヴァルは苛立ちを募らせた。


「命を拾わせてくれた身で、言いたかねぇけど」と飾りだけの前置きを落とし。

「邪魔しないでくれ。これは俺の戦いだ、お前の力は借りたくねぇ」

「ああ――」


 ジェニスの返事が、ふと止まる。

 すまない。そう言おうとしたのだろう。そうして自分の乱暴な言い分を受け入れてしまうのが、今となれば彼女の悪癖だと、ラヴァルは悟った。


 しかしジェニスは、オーレアンナのレバーを強く握って、憮然とするラヴァルを見返し。


「いやだ」


 短く、彼の言葉を否定した。


「なんだと?」

「キミの戦いなら、ボクの戦いでもある」


 いいや、と首を振って。


「ヨリィから話は聞いてる。ボクのために、こんなことをしてるんだろ」

「そこまでわかってんなら、ここにお前が必要ないこともわかれよ」

「なんのために、そんなことをする必要があるんだい」


 見てくれ。ジェニスは腕部のブレードごと、両腕を広げて見せる。


「ボクは、キミに迷惑なんてかけたくない。それがこの体を動かしていたとしても……ボクはキミなしで動ける……キミだけが傷つく必要なんてない」


 ベッドで枝垂れていた髪は輝きを取り戻し、佇まいや足取りもしっかりとしてる。カーゴを使わずに飛んできた様子を見ても、ジェニスの健康状態を疑うことはできない。


 それでも、ラヴァルはそんなジェニスに向かって。


「違うんだよ」と、否定する。

「お前はそう言う。そう言って、俺に迷惑をかけたくないから……その願いを叶えるために、その体を変えちまうんだ。よくわかんねぇけど、そういう力がお前にはある」


 実際、どうだろうか。

 ジェニス・ギールは、『革命家』の所以たるエス構造群の改変を、ラヴァルの望みのために使っている。それが無自覚であれ、邪魔をするなというラヴァルの願いを受けても、今のジェニスの体が弱まることはない。


「それでいいじゃないか」ジェニスは言う。

「お互いの足りないところを補い合う。それが、バディじゃないのかい?」

「違う!」


 ラヴァルはこれまでの鬱屈を吐き出すように、声を上げた。


「ああ、そうだ! 俺は、お前と違って勉強を真面目にやってきたし、狙撃だって死ぬほど訓練した……その腕は誰にだって負けねぇ……その自信だってついたんだ!」

「だったら――!」

「けど、こんなのただの言い訳だ! 俺だって! お前みたいにコフィンで空を自在に飛びたい! 竜と踊るように剣戟をしたい! けどそんな努力しても、お前には叶わない……だから俺は、狙撃を選んだんだ」


 ここまで言って初めて、ラヴァルの本心を覗く。

 ああ、そうか。なんて簡単なことなのだろう。

 ラヴァルはジェニスになりたかったのだ。


「けどそんなのバディじゃねぇ! 相棒に依存して、妬ましく思いながら一緒にいるなんて、俺にはできねぇんだよ……!」


 今にも泣きそうなほどに、ラヴァルは顔を歪ませる。


 それに。


「そんなの関係ない!」


 と、ジェニスはハッキリと言い放った。

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