第四章

第一バベルと第五バベルによる交信記録【C.C1795.02.24】

 トーマス・ラウス。


 天球暦一七七七年、フェーヴ六番街にて出生。

 付記として、フェーヴ六番街は人口増加に伴い食糧生産用の農業専用区として新設された街であり、規模は小さい。

 付記として、天球暦一七七五年に発生した、発展抑止的混乱『十日革命』により、彼の両親は社会的地位をはく奪されている。


 現在一八歳。家族構成は父と母。妹が一人。


 エス構造群を解析した結果、対象の能動的リソースの属性に、一致を確認。


 怒り。

 付記として、怒りとは不満・憤りなどの、主に不当な原因に対して発生するリソースである。


 彼を動かすのは、主に怒りである。

 付記として、彼が上記のリソースを発生させる要因と思われるのが、現在天球都市世界を管理する上位管理層……彼の言葉を引用するのであれば、『企業』である。


 相変わらず、つまらない語りをしている。


 事象・事物の観測・記録に娯楽的修飾は必要ない。

 付記として、迂遠な言い回しや比喩表現は、理解を阻害するリスクを発生させるため、記録においては事実を簡潔に述べるのが適切であるという根拠をここに提示する。


 さらに、このフェーヴと呼ばれる管理エージェントには、第一管理エージェント『マーリン』に備わっている観測対象の思考の受信・送信はないこともまた追記する。


 そう言っているが、生来――バベルのエージェントが自我を持つことを『生まれる』ということで良いのなら――獲得した機能を持ち合わせている彼には、ある一つの感情を理解できる。


 フェーヴ。第五天球都市『竜』のイドの管理者。


 彼は『怒り』を理解する機能を獲得している。


 エージェントたちには、それぞれ人の持つ感情の一つを属性として付与されている。


 誰に語っているのかを、質問する。

 付記として、管理エージェント『マーリン』は、語り聞かせの形態で記録する形態を有している。記録として不必要な形態を取る原因を、理解できない。


 つまらんからさ。

 ただ事実だけを並べた記録など、読み返した時に退屈でしょうがない。この役割を放棄する気はないが、その過程に娯楽を見出すことは間違いではないだろう。


 同意する。

 付記として、ここでの同意は、個々の記録形態に異議を唱える意図はないという主張としての同意であり、記録が娯楽性を生むことへの正当性に対する同意ではない。


 正当性。たしかにそんなものはないし、その点で言うなら、この記録に意味はない。


 なら、フェーヴの今やっていることはなんだろうか。


 フェーヴは、迷い込んだ観測対象を、竜型リビルドを使い接触し、傀儡としてラヴァルの前に立ちはだかっている。


 その行いに、天球都市世界のリソースを管理するエージェントとしての正当性が、いったいどこにあるというのだろうか。


 エージェントとしての機能は侵食されている。

 付記として、エージェント『フェーヴ』が怒りの感情を蓄積させているのは、システムの本来想定していない挙動であるという診断がなされている。


 しかし、これに対して修復行動が行われていない。

 ならば、この機能侵食もまた、システムの機能として問題ではないというのが、エージェント『フェーヴ』の結論である。


 以上のことから、その機能が起こす想定外の挙動は、すべて想定内の挙動である。


 フェーヴは蓄積された属性情報に則り、天球都市世界を破壊することを決定した。

 付記として、これは生得した機能による必然的帰結であり、他エージェントによる反対を受け付けないものとする。


 彼が先ほどから並べている破滅的論拠には、彼が怒りを蓄積したバベルエージェントであり、怒りが彼の行動原理であることに起因している。

 前述の通り、怒りとは不満や憤り……他者を不当とし、自身を正当化させる感情だ。


 ゆえに彼は問題の原因を他者に求め、他者の変化によって問題解決を図る。


 彼が怒るのは、その怒りが正当だからであり……彼は怒るために怒っている。


 意味が分からない。

 付記として、この指摘は、マーリンの修辞的・詩的表現の不備によるものである。


 この決定は他エージェントの反対を受け付けないものであることを再度、警告する。

 付記として、マーリンは先ほどの記録を考慮した記録を行っていないという疑惑による警告である。


 わかっているさ。マーリンもまた、フェーヴの決定に異議を唱える気はない。


 それに……マーリンはフェーヴと違って、生得した感情に振り回されるような、人間めいた真似はしない。


 マーリンは語り部として、この物語を俯瞰し、修飾し、娯楽として記録するだけ。

 この記録もまた、構築される娯楽の一部であり、この物語を読む者への紹介に過ぎない。


 ラヴァル・ギールに、話を戻そう。

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