ラヴァルとセラノⅢ【C.C1795.02.24】

 発射と同時に、反動軽減の竜音が火を噴きあたりには砂埃が轟音と砂埃が同時に舞い上がった。弾頭の鋭い切っ先は音を突き破ってまっすぐと飛び、一瞬で地平線を彩る点の一つになった。


『風速、風向き、変化微小。弾道予測に異常なし』


 爆風で青髪を煽られながら、セラノの報告が耳に飛び込む。

 聞き流しながら、ラヴァルは警戒を残した表情で次弾の生成に入る。


『着弾予定まで十、九、八――』


 砂煙の収まらない廃墟で、秒読みが時間を刻む。


『三、二、い、ち――?』


 最初淡々と機械的なそれは、しかし時間が擦り減るごとに疑念と期待と驚愕の入り混じったものへと変化していき――。


『着、弾――』


 ラヴァルは、目を見開いて、弾かれたようにセラノのほうを向く。

 セラノのもまた、平静さを保つことに努めながらも、自分の報告が信じられないといった顔で、ラヴァルと立体映像を交互に見返していた。


『胸部……いえ、左肩部に損傷。左前脚の機能停止。行動、不能……です』

「当たっ、た……?」


 レバーから手を離して、震える手のひらを眺める。

 遅れて、遠くで悲痛な咆哮が響く。

 さらに遅れた確信が、ラヴァルを破顔させた。


「――っしゃあ!」


 脇を締め、腕を引き、驚喜を込めて叫ぶ。

 セラノのペンドラ索敵型には、乗っ取ったウィスプカメラによって、目標のリアルタイム映像が流れている。それで着弾と行動不能を確認したとすれば、それは疑いようのない事実だった。


 狙撃による、規格外からの一撃必殺。


 未だ成し遂げた人間のない、スナイパーの極致である偉業を成し遂げたラヴァルに、かつてないほどの全能感が駆け巡っていた。


「ははっ! どうだ見たか! 一発だ! 一発だぞ!? ざまぁ見やがれクソ竜が! あっはははっ!」


 興奮のあまり、とりとめのない感情をとめどなく放つ。


『――待ってください』


 しかし、そんな暴走気味なラヴァルを、セラノは止めた。


『目標、まだ……動いています』

「は?」


 ありえない。とラヴァルは反射的に思った。


「おいまさか、観測ミスってたか?」

『いえ、たしかに命中しました。これは――』


 映像を確認していたセラノが何かに気付いて報告を途切れさせる。


「セラノ? おい、どうした?」


 通信越しに伝わるただならない事態の雰囲気に、ラヴァルの興奮が冷めていく。


『――中に、なにかがいます』


 その報告で、ついには冷たい手で心臓を鷲掴まれるような感覚にさえ陥った。

 ラヴァルは失念していた。その竜が人を取り込む習性があることを。


「まさか」


 まさか、その竜には彼女の兄がすでにいて、自分はそれを――?

 脳裏を過ぎった最悪な予感を否定したのは、遠く響く轟音だった。


「こちらに向かってきます!」


 近くまで移動してきたセラノが現状を報告する。その目は見開いていて、口元がわなわなと震えており、混乱している様が一見して読み取れた。


「あれ……あれは、なんなんですか。いえ……どうなっているんですか……!」


 落ち着けとなだめながら、ラヴァルは弾頭を補充して構える。


「どうして……兄が、兄さまがあの中にいるんですか……?」


 懸念の一つが当たり、顔をゆがめるラヴァル。


「わかんねぇ……」これは事実だった。わかるはずもない。

「けど落ち着け……! こっちに向かってるってことは、兄貴は無事なんだろ? 俺も考えが足らなかった……もしケガさせちまったら、なんて詫びたらいいから――」

「違う! 違います……!」


 今にも泣き出しそうに、セラノはブンブンと首を振る。

 そうして食い違った言い争いをしていると、ラヴァルの耳に聞き馴染みのある音が届いた。


 鉄を穿ち、空を引き延ばしたような、高い爆音。その音で彼は爆光と竜と踊る少年と少女を連想させる。


 竜音が、空を仰がせる。


 ラヴァルとセラノを、巨大な影が覆った。


 空を覆ったそれはコフィンの戦闘形態のようだった。四肢を象った姿、腰と肩に伸びた翼の骨めいたバーニア。ラヴァルから見て左に携えた槍はその巨体相応の大きさであり、それだけでオーレドゥクスの全長を上回った。そしてそれと比肩して見劣りしない巨大な盾を右に備え……それは王権時代の古臭い騎士を想起させるも、その頭部だけは竜の頭が備えられていた。


 ひっ、と。セラノが悲鳴を上げる。


 ドラゴンの壁に埋まるように……竜の胸元に上半身だけを浮き立たせて張り付いていた彼は……しかし、その顔は白目を剥き歯を食いしばって、今にも雄叫びを上げんとばかりに喉を震わせていた。

 二足歩行をした竜の胸元。

 その中心で、トーマスがいた。


 ラヴァルの中にふと、一つのひらめきがよぎる。

 なぜ、ドラゴン商社の社長が、あの存在を隠匿しようとしたのか。自分たちはあれに再挑戦することばかりを考えていて、その意図について考えていなかった。


 それについて今、答えを出すことはできない。今の彼らには知りえないことであるし、時をかけず彼らは答えを知ることになるが、この瞬間にそれを知りえることはないだろう。


 そう、根拠なんてない。しかし、あの老人の人となり、最後に交わした言葉……それが、ラヴァルに一つの真実へと辿り着かせた。


 あの竜は、人を取り込み、人を操るためのものだった。


 ドラゴン商社は、この事実を秘密裏に処理しようとしていた。


 あの約束は、自分たちには到底叶いようのない条件があることを、アルドレスはあらかじめ気付いていた。


 目の前に、竜が降り立つ。


「クッッッソジジィ……!」


 ついた悪態すらも、去勢だった。


     ◆


 これからの記録の円滑な理解のために、あらかじめ解説しよう。


 ラヴァルの狙撃した竜型リビルド……通称『カエル顔』は、人を解析し、人のエス構造群を構成する一部分でもある、大脳辺縁系の情報をトレースし、一部数値を増幅させてから対象へと反射させる。


 つまりは、感情を増幅させる。そしてイドが管理するエス構造群を新たな物質に変換するためのエネルギーは、そのままイドを管理するエージェントの力を増幅させ、目的の果たすために利用される。


 トーマスを取り込んだリビルドの正体は、『あれ』が自身の手足を確保するために用意した投網なのだ。


『あれ』の名はフェーヴ。


 見出した『不合理な道理』に従い、天球都市世界を破壊せしめんとする、竜の長。

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