ラヴァルとセラノⅡ【C.C1795.02.24】
◆
手早く発進準備を終えた二人は、そのままイドへ降り立った。
目標地点から西に七キロほど大きく離れたビルの屋上でオーレドゥクスを駆るラヴァルは、頭上の時刻環の位置と周りの景色を交互に観察して方位を確認すると、目標がいる地点に体を向け、セラノに呼びかけた。
「今、どこだ」
『あなたの着地したビルのふもとです』
「そっちに行く」
スライムの衝撃緩和を利用して悠々と降り立つと、そこにはコフィンに登場したセラノがいた。
兄のトーマスに似た意匠を所々に感じる甲冑風の装甲だが、腕部に値する箇所が月輪のような一つの環で構成されていた。環は淡く光を放ち、時折ウィプスのような波打つ揺らぎを見せるだけで、あからさまな武装の類は見られない……偵察型のコフィンによく見られる特徴だった。
「コフィンの索敵範囲は?」
「五キロほど」
「わかった。そこまで行くぞ」
短く答えたセラノに、短く頷いてから顎でついて来るように促す。
セラノはペンドラ索敵型のセンサーを励起させると、月輪を走る揺らめきが大きくなる。やがて波濤を起こし月輪を離れた光が粒になると、それは中空を漂い始め、彼女を舐めるように写すウィプスに取りつく。するとウィスプは一度小刻みに震えたかと思えば、ピタリと制止し、次の瞬間には不自然に彼女から離れて遠くへ行ってしまった。
「革命的だな」
カメラウィスプの乗っ取りの光景を見せつけられ、口端を跳ねさせるラヴァル。
「今さらですけど」それを無視しながら、ラヴァルにセラノは口火を切った。
「どのように狩りましょうか? 両方とも接近戦には向かない装備ですが」
ラヴァルは自分らに先導するウィスプを漠然と追いながら、逆に質問した。
「狙撃の観測手をしたことは?」
「座学で学んだだけで、実践では……」
質問を質問で返され、不服そうな表情を見せるセラノの気配に気付き、ため息を吐いた。
「狙撃しかやることねぇだろ」
「それをどうするかと訊いているんです、私が囮になるんですか?」
「向こうにバレなきゃいい」
東にニキロ走ったところで、ラヴァルは射出機構を展開する。プリンタマガジンには超長距離弾頭の生成を命じて突っ込む。
彼の見据える先には瓦礫群が立ちはだかり、たとえスコープを覗いたとして目標を見据えることはできなかった。
「これでどうやって狙撃するんですか……?」
「上空の風向きと風力を観測して教えてくれればいい。曲射で目標の上に弾頭を落とす。そうすりゃあ向こうが気付く前に仕留められる」
「ちょ、ちょっと待ってください」
さも当然そうに提案するラヴァルに、セラノは焦った様子を見せる。
「曲射って……ここから目標まで約五キロですよ? いくら弓の威力があるからといっても、正確な距離も測ってないのに当たるわけないじゃないですか」
ラヴァルはめんどくさそうに、レバーから手を離すと、真上を指差した。
セラノが見上げると、視界の端半分を占める時刻環が、彼女を迎えた。
「距離ならわかる。現地点がE二九三〇N二一……」
時刻環を差した指が、まっすぐ一方向を指した。
「方位角はだいたい七〇度くらいか……? ペンドラの観測情報を合わせて誤差修正できれば……博打を打てるくらいの勝算はあるだろうよ」
「時刻環の位置だけで……?」
「オーレ……世話になってるメカニックのじいさんから教えてもらったんだよ。時刻環の傾きで時刻が分かるんなら、今見える傾きと時刻を参照すれば現在地を把握できるってな」
セラノは、空を眺めたまま小さな口をぽかんと開けて、呆気に取られていた。
「さすが、天才の相棒は天才なわけですか……」
「こんなの、やり方がわかれば誰でも実践できる」
バツの悪そうに顔を逸らしたラヴァルは生成の終わった発射機構を左腕部に押し付けながら。
「さっさと終わらせて、兄貴を探すぞ」
「……っ、はい!」
セラノがレバーを起こすと、彼女の眼前に小さな円が現れる。円はシィィンと空気を静かに裂く音を立てて高速回転しながら内側に光を投射すると、立体的な波の映像と、長方形のウィンドウで構成されたカメラの映像が現れた。
セラノが映像に集中して気流の流れを読み取るのを確認して、ラヴァルは目を閉じて大きく深呼吸する。
フェーヴ一番街学園の工学・運用科で行うコフィンの射撃訓練での狙撃距離は最高でも二キロほど。
それでも命中させれば教官からの絶賛を貰えるほどで、曲射による狙撃にいたっては弓型であるオーレドゥクス以外の射撃武器では想定すらしていない。
大見得を切ったラヴァルでも、五キロの超長距離射撃は初めての試みだった。
それでも彼には不退転の意志があった。
ジェニスが自分を慮って衰弱したこと。ヨランドが自分の将来を犠牲にしてでも、自分たちの友情にけじめをつけることを優先したこと。今起きていることは、向き合わなかった自分への罰なのだ。
相棒を撃ったあの日――いや、天才ジェニスのコフィンの腕を見てから――ラヴァルは罪悪感と無力感と……ほんのわずかな嫉妬を、常に胸に秘めていた。
カビのようにこびりついた劣等感を払拭するためには、一度……たった一度でいいから、天才を越えなければならない。
ジェニス・ジールが嫌いになったわけではない。彼は良い別れ方をしたいだけなのだ。
深く、長く、頭にこびりついた雑念を吐き出してから、バリスタにした射出機構を斜め上に構える。
「現在、風速四から六メートル。風向きは方位八〇度前後……やや追い風です」
スコープの視界の端をかすめる時刻環から、現在地を再び確認して、ラヴァルは射撃位置を調整する。暖気を始めた肩部の竜音が、獲物を前に今にも飛びかからんとする歓喜の唸りを上げる。セラノが距離を取り始める気配を感じ取りながら、ラヴァルは足元のスライムを解除して脚部を接地させると、足底から杭型のアンカーが飛び出して機体を地面に縫いとめる。
時刻環の合間から伸びる日差しに照らされた超長距離弾頭の先が、ブレなく小さく煌めた。
遠くから、小さな爆音が鮮明に響く。それは反響を繰り返して徐々に小さくしぼんでいく。
やがて、その余韻すらも消え去った時、ラヴァルはトリガーを押し込んだ。
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