ラヴァルとセラノⅠ【C.C1795.02.23】~【C.C1795.02.24】

     ◆


 それからの状況は、今までの停滞した雰囲気を吹き飛ばすほどに慌ただしく動いた。


 まず任務の受領を確認したヨランドはラヴァルに、すぐさまセラノと合流してフェーヴ二番街へ行くために空港へ向かうよう手配した。発生地点から一番街が離れすぎて、一番街発の降下便が届かないからだ。


 ラヴァルとセラノはコフィンと最低限の着替えを持たされ夜行航空便に乗り込み、その間にヨランドは降下便の手続きを行う。


 そんな迅速な対応のおかげで、ラヴァルたちが翌日昼前の二番街空港へたどり着くころには、カーゴの準備が終えて二人を待ちわびていた。


「早すぎませんか」


 欠伸をかみ殺しながら、これまでの嵐のようなスケジュールに文句を漏らすセラノに、カーゴの底部のハードポイントにコフィンを取り付けているラヴァルが反論した。


「これくらいのことでボヤくなよ」

「これくらいって……任務を受けた昨日の今日で、急に夜行便乗せられる身にもなってください」

「んだよ。文句なら俺じゃなくて、勝手に消えた馬鹿兄貴に言えよな」


 言ってから過ちに気付いたラヴァルは、顔を上げてセラノに振り返った。


「わりぃ、つい……」

「いいえ、いいんです。事実ですから」


 ラヴァルの謝罪に対して、セラノは冷静に受け止める。淡々と言えるほどの反応に対する疑問を感じ取ったのか、彼女はカーゴの側面に背中を預けラヴァルに語り掛けた。


「兄さまのことは嫌いなんです」


 ラヴァルもまた、作業をやめて横たわったオーレドゥクスに腰を下ろした。


「いつまで経っても、古臭い家訓を捨てきれないで……恥ずかしいったらないですから」

「家訓? あの騎士道かぶれが?」

「ええ、そうです」セラノは腹の底から吐き出した深いため息の後で、ラヴァルに語った。

「以前、私の家は貴族だったそうなんです。十日革命で、没落してしまった」

「それは」ラヴァルは言うべきかどうか悩み、答えた。

「気の毒だったな」

「いいですよ、気にしなくても。貴族といっても小さな街の一領主程度だったって話ですし……十日革命後の接収で大半の財産をなくして、平民に帰化したんですから。もう、私たちはただの平民なんです」

「兄貴はそうじゃないって?」

「兄は、プライドが高くて、家族思いなんです。ですから、両親を貶めた企業のことは嫌いですし……そんな企業の推薦で学園に来たあなたたちのことは、それはもう気に入らないんです」


 ラヴァルは、最初に出会った教室での出来事を思い出して、辟易する。


「んなこと言われたって」

「あなたたちには関係ない。私もそう思っていましたし、それも事実です。兄のやっていることは、ただの八つ当たりで、みっともなくて、恥ずかしいこと……」


 セラノは一度言葉を区切って、皮肉げに微笑む。


「そう言って、あの日……ケンカしたんです。競技や家の名を穢すな、誇りのない勝利に意味はないって……本当、イヤになりますよね。誰のおかげで学生リーグを勝ち残れたのか、知りもしないで……ばかみたいに突っ込むことしか考えないせいで、私がどれだけ苦労してるか、ちょっとはわかって欲しかったです」


 沈んだ気配を感じて、ラヴァルがセラノに向くと、彼女は腕を組んで目を伏せていた。


「でも私は、そんな兄の幼稚な反抗を見て、内心笑っていたんです。いつも強くて正義感のある兄でも、そういうところがあるんだと幼稚なのは、守られてばかりの私だっていうのに……いつの間にか、実直な兄と、正面から向き合うことに、疲れてしまったんです」


 ラヴァルは、そうかと呟いて天を仰いだ。


「俺も同じかもな」

「ラヴァルさんも?」


 聞き返された言葉に、ああと相槌と肯定を混ぜて頷いた。


「あいつの天才ぶりに、いろいろ諦め癖がついて……いつの間にか、あいつを引き合いにして逃げることが多くなった」


 椅子代わりにしているコフィンのボディを平手で叩く。衝撃を吸収されペチペチと情けない音を立てる棺に、自虐的な笑みを浮かべた。


「竜音の空中機動なんて、あいつができればそれでいい。俺は狙撃を磨こう。あいつはバカだから、俺はちゃんと勉強してサポートしてやんねぇと……。そういうのが、あいつには重荷になっていたのかもしれねぇな、って今は思う」

「それは」静かに聞いていたセラノは。

「考えすぎじゃ、ないでしょうか」

「どうだか。あいつの考えること、今はもうわかんねぇからな」

「少なくとも、助けられたことを悪く思う資格も、外野が知りもしないで罵る資格も、ないと思います」

「なんの話だよ」

「そろそろ二年前になる話です」

「いや、わかんねぇって」

「それなら、いいです」


 なんだそりゃ。とひとりごちるラヴァルに、セラノがクスクスと笑う。


「お互い、相棒のことをなんもわかってなかっただなんて……なんだか私たち、似た者同士みたいですね」


 露骨に話題を逸らされてやきもきしてるラヴァルに、セラノは垂れた金髪に指を絡ませていた何気なしに尋ねてきた。


「ラヴァルさんとジェニスさんって」

「あん?」

「付き合っているんですか?」

「つっ……!」


 唐突な言葉に腹を突かれたようにラヴァルはむせたように咳き込む。


「ヨリィといいお前といい……」辟易したように、額に手を当てて。

「なんでそんな勘違いするんだ……?」

「違うんですか?」

「あいつは元々男なんだぞ! それが女になったからって……付き合うとか、恋仲だとか……そんなの、あるわけねぇだろ……!」

「それはっ」噛みつこうとしたセラノは、しかしすぐに視線をそらした。

「そうですね、失礼しました」


 そのまま何事もなかったようにコフィンのマウント作業に入るセラノへ、不可解な視線を送っていたラヴァルだったが、それが無意味なことに気付くと悪態をついて作業に集中した。

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