ラヴァルとヨランドⅢ【C.C1795.02.23】

 バベルとは、イドに搭載された防衛システムだ。


 人類がその文化を際限なく発展させた結果……イドの正体に気付いてしまうことを良しとしないシステムは、これを抑制する機能を発揮させる。革命による焚書のほかには、災害による直接的な消去も図る。


 個人的には、人を直接動かすことなく間接的なアプローチをするこのシステムは欠陥であると考えている。


 これを設計した者は、人間には無知のまま自由な発展を望んでいたのだろうか。その意図を図れたことはない。

 知らないのだ。バベルのエージェントとして自我を確立してなお、この世界の仕組みを作った者のことは。


 「システムが破綻していようと……ワシら企業連合は、停滞した世界を歓迎しておる」


 ラヴァルは、窓に広がるフェーヴの街並みを眺めた。

 近代建築と王権時代のレンガ建築の入り混じった街並み。飛び交う監視用のウィスプ。地平線の間際で小さく飛び立つ航空機やカーゴ。


 それらすべてが、今この時代を固定するために存在している。


 十日でなされた国が、千年国家をなそうとする様に、改めてラヴァルは戦慄に近い震えを覚えた。


 さて、とアルドレスはそんなラヴァルへ振り返った。


「きみは何をために、自身が『革命家』であることを明かしたのかの? この事実を世間にでも公表するつもりかね? それを脅迫材料にして、ジェニス・ギールを優遇してくれと言うつもりかね?」

「俺は、あんたたちの言う『革命家』じゃない」


 ラヴァルは腕を組んで目を伏せた。


「そして俺は、あん……あなたたちの望む現状維持を否定する気はない」


 ちょっと! と反論しようとするヨランドを手で制する。


「ただジェニスは違う。あいつは俺が望めば革命でも世界征服でもなんでもやるだろうさ。そうしたら困るのはあん……なたたち、だろ」

「滑稽だの」


 アルドレスは嘲笑する。


「今のきみは、虎の威を借る狐でしかないことを気付いておるか?」

「んなの、俺が一番わかってんだよ」


 図星を突かれて、なおラヴァルはひるまずに、老人の奥の瞳と視線を結ばせた。


「あいつの卒業のためなら、狐だろうが道化だろうが、なんにだってなってやるよ。文句あるか、クソジジィ」


 正直な話。

 ここでその方向性に話を持っていくことは、想定外だった。たしかにこちらの存在を暴露されれば、アルドレスも彼女の扱いに一考するだろう……さすれば物語として一つの導線――次代の革命家ジェニスとそれを御するラヴァル対保守派の企業連合――が生まれることも考察したが、ラヴァルはハッキリした対立を望んでいない。


「だから、ヨリィと……ヨリィの夢を純粋に応援してる、ジェナの邪魔をするんじゃねぇ。てめぇらの利益なんか、その後でいくらでも稼いでやる」


 取り繕っていた敬語も忘れて、ラヴァルは啖呵を切る。

 アルドレスはしばらく無言のままラヴァルを凝視すると、クッ、と喉から搾り上げたような噴き出し方で笑った。


「素晴らしい」


 クツクツと鳴く老人に、薄気味悪さを隠さず表に出す。


「ワシに口八丁を構えたその胆力、自身を顧みないその気概、気に入ったわい。孫が気に入るわけじゃのぉ」


 愉快そうにひげを撫でつけながら、アルドレスは立ち上がる。


「そこまで言うのなら、一つ頼みがある。それを叶えてくれるのなら、先の話をすべて飲もうじゃないか」

「すべて、といいますと、具体的には?」


 ヨランドの確認に、アルドレスは。


「ジェニス・ギールの卒業の保証。ふむ、ついでに商会傘下でよければきみの進路も保証してあげようか」


 アルドレスは机の端に置かれた端末を操作しようとして、側近をどかしていたことに気付き、ラヴァルに目配せする。ラヴァルは一度ヨランドと顔を合わせると、お互いに釈然としない表情をしながら、シリンダを弾いて端末を起動させた。


 部屋の照明が消え、天井からスクリーンが降りてくる。初めて触る投射機に困惑しながらも、ラヴァルは指定された映像を映した。


「これ……」


 映し出されたその姿に、ヨランドは眼鏡のブリッジを叩いて凝視する。ラヴァルもまた、スクリーンに目一杯広がった見覚えのある異形に、一度目を奪われた。


 映像には、四足歩行でカエルのように横に長い、素っ頓狂な顔と、翼の代わりに円柱状の突起が背中に並んだ竜型リビルドが映っていた。


「生きてたのか……!」


 驚愕のまま、ラヴァルが呟く。


「三日前に観測された、竜型リビルドじゃ。きみが倒した同種のものであるが、別ものじゃよ」


 アルドレスは補足をしながら。


「研究開発部によれば、これがバベルに繋がる手掛かりであると見込んでおる。きみにはこれの討伐をお願いしたい」


「待ってください」と、ヨランド。


「ジェニスはコフィンに乗れる状況じゃない。まさか、ラヴァル一人に行かせる気ですか?」

「クックッ。ヨランド、ワシとてそんな人でなしではないわい」笑いながら。

「パートナーの任務継続が困難な場合、当人らの同意の下で、登録外のパートナー同士での任務を許可する特例法がある……今回はこれを適用して、任務に向かってもらう」

「俺は誰だっていい」

「そう言ってくれると助かるのぉ」


 ラヴァルは、カエル顔の竜を一瞥して、拳を握りしめる。

 元の原因に、革命家をデザインするバベルが存在するなら、目の前のこいつが元凶だ。

 ヨランドは意気込むラヴァルに神妙な表情を見せながらアルドレスに尋ねた。


「それで、臨時のパートナーって……?」

「そろそろ来る頃だと思うがの」


 まるでタイミングを見計らったかのように、ドアが叩かれる。


 どうぞ。とアルドレスが言うと、失礼しますと控えめな声量で入室してくる。


 暗い緑のブレザーに、ベールを羽織ったような金髪を携えた小柄な輪郭に、ラヴァルとヨランドの瞳が再び見開かれた。


 セラノ・ラウスは、薄暗い部屋に怪訝そうな表情を見せながら、ラヴァルにジッと見つめていた。

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