ラヴァルとヨランドⅠ【C.C1795.02.23】

     ◆


 アルドレス・ドラゴンとの対話を語る前に、ラヴァルとジェニスとヨランドの馴れ初め……ひいてはヨランドの半生について軽く触れておこう。


 ヨランド・ドラゴンは十日革命を主導した七つの企業――バベルエージェントがデザインした七人の革命家が運営する企業――の一つである、ドラゴン商会社長のアルドレス・ドラゴンの孫娘である。企業連合の一柱の家系に生まれた彼女は、かつての王権国家の姫のように、将来商会を背負うための教育を幼少期から受けていた。


 企業連合国家という基盤の中で社会の保全を図るには、会社の維持が不可欠。

 絶対の教えとされたヨランドを変えたのは、彼女の両親に当たるドラゴン夫妻の追放だった。


 会社の保全を固執する企業方針を変えようと画策していた夫妻は、アルドレスによって柱守の村へと追放されてしまう。柱守の特殊な習わしによって二度と両親と会うことのできなくなった当時のヨランドは、孤独の中でエス構造型機械を起動するためだけに採用される就労児に、自信を重ね合わせた。


 自分は祖父にとって、この社会を回す不変の歯車に過ぎない。


 この時から、商会の保全ではなく、新天地の開拓に興味を持ち始めた彼女は、アルドレスと緩やかに対立をし始めた。両親と違って名目上は商会の利益追求を目的とするこの計画には、彼も表立って否定することはできなかったが、代わり様々な条件を持ち出すようになった。


 端から見れば、祖父である社長が孫に構うための方便のように取れるようなやり取りだが、ヨランドが十二歳の頃にはすでに、二人の間には家族ではなくビジネスパートナーのようなドライな関係が成り立っていた。


 そんな条件の一つに、棺持ちをプロデュースし、フェーヴ一番街学園を無事卒業させることがあった。


 六年前、棺持ちの候補を探すためにフェーヴ四番街の孤児院を訪れたヨランドは、そこでラヴァルとジェニスと初めて出会った。


 下層のシリンダ共鳴者を集めるだけの孤児院。


 挨拶に来た院長の皮肉ともとれる冗長な挨拶を滅入った気分で聞き流し、ヨランドは尋ねた。


「この孤児院で、あなたが一番頭のいいと思う子を教えて。その子と話がしたい」


 そうして案内されたのは食堂の一角だった。


「ラヴァルとジェニスね」


 対照的な赤と青の髪を持ち、パンとスープという簡素な食事を満足そうにしていた二人の前に、ヨランドは座った。


「孤児院のご飯はどう?」

「おいしいよ」

「ああ、うまいな」


 笑顔のジェニスに対し、突如現れたヨランドにいけ好かない態度でラヴァルは接する。


「うまい飯の引き換えがなんなのか、考えなければ。だけどな」

「へぇ、意外と小賢しいのね」


 ヨランドが感心した素振りを見せると、ますますラヴァルは唇を尖らせた。


「下層民は教育の行き届いてないバカだって言いてぇんだろ」

「違うわ」ヨランドは首を横に振る。

「あんたたちがバカなのは、バカでもあんたちの世界が回るからよ。イドでの炭鉱作業、工場での手作業、シリンダの起動役……それさえできれば、明日生きながらえるだけのお金が手に入る。そう生きるのが精いっぱいなあんたたちは、この世界の広さを知らない」

「やっぱバカにしてんだろ。歳変わんねぇのに、偉そうに言うな」

「だから違うって。それがこの都市の限界だって言いたいのよ」


 それでも、あんたみたいなやつはいる。

 立ち上がり、組んだ腕を二人へ伸ばすと、二人は怪訝そうな顔を互いに見合わせた。


「あたしに協力しなさい。あたしが監督する棺持ちになって欲しい」


 ヨランドの提案に、ジェニスはいまいち要領を得ない顔で首を傾げ、ラヴァルは頬杖を突いたまま伸ばされた手を凝視していた。


「報酬は?」


 ぶっきらぼうなラヴァルへ向かって、ヨランドはニヤリと口の端を持ち上げた。


「夢とか希望とか」

「それで腹、膨れんのか」

「あたしが膨らますのよ。それから追うのが夢や希望」

「じゃあ、お前の夢は?」

「あんたたちみたいなのが、さっきみたいな見当違いなバカ発言をしないことよ」


 ラヴァルの問いに対して挑発的な言動をするのは、ヨランドにとっては喜びに近い反応だった。祖父以外の人間から……それも同年代の男子と言い合いができるというのは、彼女にとっても新鮮な体験だった。


「ねぇ、キミ」


 そんな時、隣のジェニスが、傾げた首も戻さずに訪ねてきた。そのおかしげな姿に、ヨランドは微笑んだ。


「キミじゃない、ヨランド・ドラゴンよ」

「ヨランド……じゃあ、ヨリィ」


 首の角度を正して、ジェニスは問いかけた。


「世界の広さを知ってるなら、教えてくれないか? 星がどうして夜に光っているのか」


 それはラヴァルのまっすぐと大人びた質問とは違って、好奇心を膨らませた子供のようであり、自覚のありなしに関わらず言外の嫌味がこもったものだった。


 純真な表情から繰り出されたその問いに驚いていると、隣のラヴァルは呆れたように声を上げた。


「ジェナ、前に俺が教えたろ! オーレに頼んで天球時計まで作ってやったのに!」

「だって、信じられないじゃないか! こことは違う世界があるのに、どうして誰も行こうとすらしないんだい?」

「まだ行けねぇんだって! 燃料だって足りねぇし、飛行船の限界高度だってあるし……。だいたい行ってどうすんだよ! なにがあるかもわかんねぇのにさぁ」

「きみは行きたくないのかい? ラヴァ」

「そりゃあ……気になるけど」

「ほら」

「あ? なんだよその『見透かしてます』みてぇな顔! あんま調子のんなよこのバカ頭!」


 ラヴァルはジェニスの首に腕を回しながら、赤髪をワシワシと乱すと、ジェニスは笑いながら、腕を上げて抵抗する。


 そっちのけでじゃれ合いを始めた二人に、ヨランドは思わず噴き出した。


「……なに笑ってんだよ」

「ううん。ジェニス、あんたの言う通り……どうしてみんな、こんな狭い世界で生きようとするんだろうね」

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