第三章
在りしお前と出会う【C.C1787.10.27】
ラヴァル・ギールの話を続ける前に、彼とジェニス・ギールの出会いについて、語っておこう。
第五天球都市のフェーヴの民は、経済格差によって上層民と下層民の二つに別れている。
ドラゴン商会を始めとした企業は十日革命によって貴族たちの席を自分たちのものにし、生まれながら学習環境に恵まれ経済的に裕福な上層民になったのに対して、先の十日革命の際に没落または身寄りのなくなった者たちは、満足な学習環境がなく工場の下働きなどの低賃金の仕事を受け持ち今日をしのぐような過酷な生活を送っていた。
ラヴァルは戦災孤児だった。
彼自身に両親の記憶はない。物心ついた頃には工業都市である四番街の端にひっそりと存在する貧民地区の一角にいた。誰も手を差し伸べることのない厳しい環境でラヴァルは、オーレという技師に拾われ自分の両親が王制の時代で兵士であったことと先の十日革命の折、体制側に立って命を落としたことを語られた。
ラヴァルはそれを話半分で聞いていた。オーレはそんな彼を、彼の両親の遺言で自身の工房に置いた。
オーレは厭世と人嫌いを身に詰め込んだ、寡黙な男だった。彫りの深い顔には影が一際濃く描かれ、ラヴァルが仕事を手伝おうとするたび、彼に向かって眉間に刻んだしわを見せつけていた。
彼の工房で整備している食料錬成釜は、貧民街の中で貴重な食糧源だった。適当な素材を変換したビットから生成する棒状の万能食は、味は評価できないが栄養価は保証されている。オーレはそんな錬成釜を街はずれにある倉庫へ捨て置き、時々思い出したかように整備をしていた。ラヴァルはオーレが持ち合わせていたシリンダと自分が共鳴できることを知り、自分と似たような境遇の家のない子供たちのためにジャンクを持ち寄り、食料に変換するのを手伝うのが日課としていた。オーレはそんな彼を、知らん顔で見過ごしていた。
オーレは人が嫌いなんじゃなくて、人付き合いが嫌いなんだろ。
見透かした幼いラヴァルに、オーレは何も言わなかった。ラヴァルは親代わりであるオーレの顔色を伺うようなことはしなかった。いっそ図々しいほどに、彼は知識を求めて彼の工房に忍び込み、無言のままつまみ出される日々を繰り返していくうちに、根負けしたオーレは勉強を教えることにした。
こんなことを知って何がしたいと、稀にしか聞けないオーレの言葉に、ラヴァルはわからないと答えた。勉強すれば、わかるかもしれないとも続いた。
ある日、放置していた錬成釜がギャングの一団に占領された。
ギャングといっても、孤児たちが構成する不良児の集団でしかないのだが、暴力で倉庫を占拠したこのグループは、子供たちからすれば理不尽なギャングといっても差し支えなかった。
当然、ラヴァルの目にもそう映っていた。
人と関わろうとしないオーレに代わって、ラヴァルはギャングたちから錬成釜を取り返そうと単身倉庫へ乗り込んだ。
ギャングたちは、体の大きい五人の子供たちで構成されていた。喧嘩には自信のあるラヴァルでも、一対五の状況ではなすすべがなかった。
そんな時、ジェニスは現れた。
ラヴァルを羽交い絞めにしていた男を後ろから突き飛ばし、颯爽と喧嘩に参加したジェニスは、短い赤髪を揺らしながらラヴァルとともに見事ギャングたちを倉庫から追い出すことに成功した。
ラヴァルは突如現れた少年の登場に困惑しながらも、錬成釜を取り戻したことを喜び、ジェニスもまた錬成釜で印刷した栄養食を、年少たちへ分け与えることに協力した。そして全員に食料が生き渡ったところで、唐突に空腹で倒れたジェニスに、ますます困惑を見せた。
ラヴァルは、今まで一人で生きてきたというジェニスの出自を追求しなかった。四番街の貧民区ではそういったことも珍しくない。その代わり、なぜ自分を助けたのかと尋ねると、ジェニスは首をかしげた。
助けてほしくなかったか?
助けてくれなんて頼んでない。
頼まれなかったら、助けないほうがいいのか?
ああ、そうだな。
なら、どうしてキミはここに?
は?
キミは誰に言われて、あの無法者と戦っていたんだい。
そう問いかけるジェニスは、問答を楽しむ哲学者のようであったが、その表情は微笑ましいものを見る慈しみに溢れていた。そんな彼を、ラヴァルは不思議がりながらも、オーレに紹介した。
それから、ドラゴン商会の設立した孤児院が四番街に現れるまで、二人はオーレの下で、兄弟同然に過ごしてた。
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