ラウス兄妹と狩猟競技Ⅴ【C.C1795.02.07】

 オーレアンナに命じたジェニスの声を辛うじて聴いたラヴァルの顔が青ざめる、そしてすぐさま、飛び上がって空いたトーマスの後背に取りついた。


「ここから動くな、絶対に!」

「貴様の命令など――!」

「お前のためじゃねぇ! むやみに動いて、反則取らせるようなみみっちい真似させたくねぇんだよ!」


 忠告している間に、ジェニスは迷わず行動に入る。


 オーレアンナの脚部と、竜音を備えた腰部スラスターの脇から、鱗のように張り付いたブレードが分離される。両端に刃のついた細長い形状をしているそれは、中央にポツリと鬼火を灯すと、そこを中心にしてひとりでに回転し始めた。


 数にして六基。上昇の慣性を失ったオーレアンナが空中で静止すると同時に、ラヴァルは射出機構を構える。


 それが放たれる前に、甲高い爆音が頭上から過ぎ去る。


 鳴り響く竜音の咆哮すらも置き去りにして、オーレアンナは地面スレスレもう一度ブーストしてすれ違いざまに小竜の首を切りつける。のけぞった小竜に遅れてきた小型ブレードが三基、顔と足と首目掛けて降り注ぎ、一瞬にして切り裂いた。


 短くブーストをかけ、ジェニスは次の小竜の頭を切り付けながら飛び上がって宙返りをする。大きくのけ反るその姿は、周囲を高速で飛来するウィスプと相まって、ラヴァルの目には妖艶に写った。


 本来、ジェニスが得意とする空中戦と小型の竜型リビルドとの相性は悪い。ブレードを主体とする戦い方では、小さく地を這う対象には有効ではないのに加えて、オーレアンナに搭載された唯一の遠距離武器である『スケイルセル』の特性が、乱戦になりやすい集団戦では不得手になるからだ。


 スケイルセルは、ジェニスの思考に直接対応して動く。遠隔操作武装の基本的な操作系統であるが、竜音の生み出す文字通り爆発的な加速についていくために、スケイルセルのセンサー感度は非常に高く設定されている。相手の敵意と、ジェニスの殺意とが結ばれた相手に無慈悲に襲い掛かるそれは、乱戦においては対戦相手を傷つける恐れもあるために、普段は使用を控えていた。


 後ろで、トーマスが悔しさを滲ませながらたじろぐのを、ラヴァルは背中で感じる。トーマスもまた、先に彼の言った忠告が脅しでも杞憂でもないことを、肌で感じていた。


 爆光が一つ煌めくたびに、小竜の首が一つ、撥ねられる。

 スケイルセルの風鳴りが、爆音の影に潜み、小竜の脚を削ぐ。

 全長三メートルを超すコフィンが、地面スレスレで滑空し、小竜を切り舞う。


 鮮烈な殺劇に一〇秒弱、男二人が気圧されているなか、すべてを終えたジェニスは、ラヴァルの前にスライムの着地保護によって無音で降り立つ。


 周りに動く影は見当たらなかった。


 ラヴァルは何も言えないまま、ゆっくりとスケイルセルが格納される様に息を呑む。


 ゆっくりとスケイルセルが、ブレードに吸い付くように格納される。


「ふふん」と、ジェニスは吐息交じりに笑みを漏らす。

「これで、いいんだろう……ラヴァ」

 いつものように、得意げなジェニスに、ラヴァルはなにも言えないまま、目を見開く。


 取り巻くウィスプカメラは、あたりの戦場を見渡すと、ゆっくりと上昇し、ジェニスを中心に俯瞰を始める。試合終了を告げる信号弾が遠くから淡い黄色の光で照らすと、数秒遅れて遠くから、せせらぎのような歓声が、無言の彼の代わりにジェニスを称えた。


「ふざけるな……ふざけるな!」


 堰を切ったかのように、振り返ったトーマスが、コフィンを格納形態に戻して怒号を上げる。

 ラヴァルは詰め寄ろうとした彼とジェニスの間に入って、立ちはだかった。


「こんな結果を認めろというのか……こんな茶番で……貴様! なにかしたのではないか!」

「負け惜しみかよ、この期に及んで」

「オレは! 弱った素振りを見せた貴様の相方を守っていたのだぞ! それも演技なのだとしたら、これほど悪辣な所業はないぞ! 貴様は……いいや、貴様ら企業は! 誉れ高い戦いの場を穢しているという自覚はないのか!」

「誉れ高い? てめぇの妹がなにやってんのか知らねぇのかよ」


 なんだと、とトーマスの眉が寄る。その様子を呆れながら、ラヴァルは続けようと口を開くと。


『私から話します……部外者は黙っててください』


 オーレドゥクスの通信機から、控えめな少女の声が届く。セラノの制止に鼻を鳴らすと、格納形態に戻して再びジェニスに向き直った。


「なにか、あったのかい?」

「いいや」通信機だけを展開して、言い争うトーマスを遠目に。

「っていうか、それを訊きてぇのこっちなんだよ。急に元気になりやがって……無駄に心配かけんじゃねぇよ」

「あはは、すまない。ボクもよくわからないんだ……」


 手のひらに視線を落として、ジェニスは呟くように言う。


「胸のうちに、ジワっと……力が広がるというか……本当に、突然、なんでもできそうな気がして……わかるかい、ラヴァ?」


 そう首を傾げられるも、「いや、わかんねぇって」とラヴァルは突っぱねると、再び照れ笑いをして。


「なにはともあれ」胸を張り、弾んだ調子で。

「心配をかけたけど、もう大丈夫。試合はボク、た、ちの――」


 ポタリと。

 滴の垂れる気配が、彼女に言葉を途切れさせた。

 ラヴァルは、目を見開いてジェニスへ駆け寄る。

 ジェニスは相棒のただならない様子に、口元に指を当ててじっとり湿った指先の感触を確かめる。


 鼻血だった。


「あ、れ?」


 疑問を呈することもかなわず、ジェニスは糸が切れたように、その場で崩れ落ちる。


 ラヴァルは無防備に瓦礫へと打ち付けられそうになるジェニスを抱きとめる。

 柔らかく、軽く、小さな体が腕の中に収まると、彼女は意識を失った。


 試合結果は、ラヴァル・ジェニスペアの勝利。

 ジェニス・ギールの活躍のニュースと一時入院のニュースは、翌日のフェーヴの一面を飾った。

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