ラウス兄妹と狩猟競技Ⅳ【C.C1795.02.07】

 それからラヴァルは、遊撃隊を担う小竜を相手に、至近弾頭で接近戦を仕掛けてから目標を誘い出すという戦術で小竜たちを打ち抜いていった。途中、対応したセラノは吶喊するラヴァルを包囲しようと回り込む小竜に的を絞ってセルボムを仕掛けるものの、反則を取られることを恐れているせいか効率は芳しくなかった。


 セラノとしては、セルボムが目標にもたらした凄惨な結末を見て、それに突っ込もうとする度胸を持つ者に巡り合わなかったのが、敗因の一つだった。


 はぐれの群れが掃討し終える頃には、最初の攻防含めて、ラヴァルの討伐数は六頭、セラノのセルボムが四頭という結果になった。


 残り二〇頭。


 目算を口のなかで唱えながら周辺にもう小竜がいないことを入念に確認し、中央広場へ戻る。


「はぐれの掃討は終わった。残りはそっちにいるぶんだけだ」


 通信を起動して、ラヴァルは状況を報告する。

 しかし、ジェニスからは剣戟音と小竜の甲高い嘶きと、トーマスの豪快な雄叫びだけだった。


「ジェナ?」

『――聞こえている』


 いつになく真剣な口調で、ジェニスは応答した。ラヴァルは中央に向かいながら、プリンタマガジンの側面にあるメーターから残量の見定める。


「残りのビットを全部至近弾にして合流する」


 ジェニスの言動から油断ならない事態を想像して、簡潔に報告だけ残して通信を切ろうとする。


『っ――ラヴァ』


 しかし、それをジェニスは呼び止めた。


「なんだ、そっちは大丈夫か?」

『わからない』

「わから――は?」

『おかしいんだ。うまく集中できて――っいないと、いうか。目の前がふわふわする』


 広場に着いたラヴァルはジェニスを探す。

 ジェニスはトーマスと背中合わせになりながら以前戦場の中心になっている。


 だが、その様子のおかしさに、ラヴァルは気付いた。


 ジェニスの頬が熱に浮かされたように紅潮し、肩で大きく息をしている。向かってくる小竜に対して両腕部のブレードで受け止めてから、放り投げる。止めを刺す余裕がないようで、むしろそんな彼女を庇うように、トーマスはジェニスのそばで戦っているようだった。


 ラヴァルはバーニアを全開にして、戦場へ突入した。性急な勢いのままジェニスに向かう小竜へ向かって、横腹に至近弾を叩きこんで吹き飛ばす。


「ラヴァル・ギール!」


 電撃のように飛び出したラヴァルに対して、厳しい表情を小竜の包囲網に向けたままトーマスはラヴァルに義憤を向けた。


「この破廉恥娘はどうなっている! 様子が尋常ではないぞ!」

「黙ってろ!」

「貴様、もしや本当に素人を祀り上げていたのか! 恰好といい、どこまで競技の場を穢すつもりなのだ!」

「黙ってろっつってんだろ!」


 叱責に怒鳴り返すと、ラヴァルは視線を右往左往させてセラノを探す。


 目の前の直情的なトーマスが、ジェニスを妨害をするような真似をするとは思えない。ともすれば、あの陰湿なセラノがひそかに毒を放ったのかと、思考を巡らす。しかしこの乱戦の中にセルボムの姿はなく、トーマスの損傷もそのままだ。


 そもそも対戦相手に、多角的なウィスプカメラの合間を縫って直接妨害をするなんて真似は現実的じゃなさすぎる。カメラの映像を傍受するならともかく、改変までいけば即失格の恐れすらある。半ばパニック寸前の思考の中で、自覚し始めた焦りを鎮めようと、ジェニスの様子を深く観察する。


 ジェニスはどこかボーっとした様子で、辛うじて目の前のラヴァルと目を合わせていた。


「ラヴァ……」

「ジェナ、おいジェナどうしたんだ! どこか調子でも悪いのか、おい……!」


 ラヴァルの呼びかけにも、ジェニスは「うう、ん……」曖昧な反応をする。


「しっかりしろ!」オーレドゥクスの射出機構で、オーレアンナのブレードを叩く。

「ヨリィも言ってただろ! この試合は、お前を見てくれる奴に、お前が無事だって知らせなきゃいけないんだって!」

「無事……?」


 レバーから手を離して、その手のひらを覗くように視線を落とす。


「ボクは、大丈夫なのか……?」

「んなのっ……!」


 当たり前だ、と勢いで答えようとしたラヴァルの言葉が、喉の奥で引っかかる。


 大丈夫なわけがない。急に女体化して、一週間前の怪我を押して、短い期間での狩猟までする中で、ジェニスの体力が、本人でも知らないうちに限界へと近づいていたとしても、彼女は気付かないだろう。


 彼女の精神は、その細い体に似合わず頑強で、その自尊心からは信じられないほど鈍感なのだ。


 それでも、ラヴァルには違和感が拭えなかった。

 ジェニスが自分でもわからず無茶をすることは珍しくない。ただそれは、過労や熱中によって起こる無理を、自覚なしでやり遂げてしまうことへの反動であることが多い。今回のように、脈絡もなく急激に体調を崩すようなことは、今まで一度もなかった。


 これもまた、女体化が招いたことなんだろうか。

 疑念が、遅すぎる不安を過ぎらせる前に、ラヴァルはふと思い至った。


「まさか……」


 ラヴァルはジッと、ジェニスを見つめる。


 熱があるのか、汗ばむ腕。濡れたおくれ毛の張り付く首筋。滑らかな腹を伝う汗が、小さく窪んだ臍に滴を生んでいる。


 いや、まさか。と馬鹿げた思考を振り払う。


「なにをしている! 戦う気がないのなら、さっさとその娘を連れて逃げろ!」


 しびれを切らしたトーマスが怒号を上げる。


 いつも間にか小竜は、波状攻撃をやめて、中心を陣取るラヴァルたちから距離をとっていた。残り一〇頭ほどの小竜は円形を組み、全方位からの一斉攻撃のために、じりじりと近づいてくる。トーマスなら薄く展開した陣形を一点突破することは容易だが、憔悴したジェニスをそれを庇うラヴァルを取り残すことになることを、彼の矜持が許さなかった。


 ラヴァルは、半ばやけっぱちな感情のまま、ジェニスに呼びかけた。


「ジェナ」

「ラヴァ?」


 熱に浮かされた、胡乱な瞳を向ける。

 ラヴァルは深呼吸を挟み、覚悟を決めた。


「その恰好……。すげぇ、いい」

「は?」


 間抜けな声を上げたのはトーマスだった。

 それを無視して、言い淀みを見せながらも、ラヴァルは続けた。


「正直言って興奮してる。けど……あの、わかるだろ! こういうこと、面と向かって言うの恥ずかしいっつーか……もともと男のお前に、そういうの意識し始めるのは……、なんか、ヤバいこと考えてるって気になるんだよ!」

「な、なにを言ってる貴様! こんな時に、こんな場で惚気ている場合か!」

「トーマスもそうだろ!」困惑するトーマスに、ギッ、と鋭く睨む。

「破廉恥っつったよな! あれ照れ隠しなんだろ! わかる、俺にはわかる! まともな男なら、魅力的すぎて目も合わせらんないもんな! プライドのたけぇこいつは、それを隠すためにわざと憎まれ口叩いてんだ! だから、つまり……」

「つま、り……?」


 ここでようやく口を開いたジェニス。

 自分の見つめる瞳に活力が蘇っているのを、ラヴァルは見逃さなかった。


「お前は……ジェニスは、たしかに、かわいい」

「かわいい……?」

「ああ、そうだ! ほら、かわいい衣装着て、めちゃくちゃはしゃいでただろ? それをもっと観客に見せてやんねぇと!」


 な? と同意を求めると、キョトンとした表情のあとで。


「そうか……」


 と、頷いた。


 この時のラヴァルに、どれほどの確証があっただろうか。ジェニスの無意識の感情が、身体に大きな影響を及ぼしているという考えには、至っていないはずだ。ただ彼は記憶を遡り、ジェニスがこの格好の是非について気に病んでいたことを思い出していただけに過ぎない。


 それでも、ジェニスはラヴァルの思惑通りに、力強くレバーを握り込んだ。


「それで、いいんだな」


 再度、噛みしめるように、ジェニスが問うた。


「ボクは、それでいいんだな、ラヴァ」


 ラヴァルは。


「……あぁ」


 溜めたあとに、ゆっくりと頷く。

 ラヴァルには、その問いかけの意味が、半分も理解できなかった。

 ジェニスはその答えに柔らかく笑むと、背筋を伸ばし、目を閉じて天を仰ぐ。

 小竜の円陣は、戦端を開く直前まで迫っていた。


「ボクはジェニス・ギール」それは呪文のようだった。

「天才、天姿、天上天下……」


 流麗に、ジェニスは賛美を唱える。それはナルシズムにあふれながら、他人事のようであった。


 瞬間、ジェニスから爆光が煌めいた。


 突如として巻き起こる、耳をつんざく甲高い風音に、ラヴァルと小竜は星の瞬く群青の空を見上げる。


 そこには、月明かりに照らされながら、逆さまになった烈火のボディがあった。


「スケイルセル」

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