ラウス兄妹と狩猟競技Ⅲ【C.C1795.02.07】

 オーレドゥクスに搭載されている弾頭は、リビルドを素材とした生体部品だ。主に竜の爪などをあらかじめ加工して弾頭の基部としてストックしており、腰部に搭載した専用の錬成釜のプリセットを変えることで、飛距離に合わせた弾頭をその都度変えることができる。


 爪のみになったとしても、生物という情報を残すオーレドゥクスの弾頭は、セルボムによって代謝を促進させられ、爆散したのだった。


「ぁんの、性悪女っ……!」


 セルボムの過回復の影響を受ける弾頭を扱うラヴァルを対策するために、セラノはあらかじめ戦場周りにセルボムを配置していたのを悟り、 ウィスプカメラに写ることも憚らず、ラヴァルは歯を剥きだして毒づく。


『ラヴァ!』


 その時、切迫したジェニスの通信が届く。


「わりぃ! 狙撃が対策されてる!」

『こっちは……まずいかもしれない』


 その声に、ラヴァルは中央の戦況を確かめる。

 中心では、相変わらずトーマスの駆るコフィンが豪快な活躍を見せ、戦場においての主役であるかのように振舞っている。そのわきでは、ジェニスが小竜を切り払っているものの、トーマスが薙ぎ払うそれを比べて規模が少ない。


 それをラヴァルは怪訝そうに見ていた。


 ジェニスの様子が、あきらかにおかしかった。竜音の空中戦を生かしづらい小型の竜を相手にすることに対して苦手意識を持っているのはわかっていたが、それでも狩猟のスピードは明確に違う。観客からすれば誤差にも思える調子の悪さが、ラヴァルの目には……そして何より、戦況にはっきりと表れていた。


「だりぃな……くそっ」


 通信には乗せず、ラヴァルがぼやく。原因のわからない不振な調子によって、小竜たちの脅威度はトーマスが勝り、彼に向かって果敢に攻めていく。


 彼らは生態上、強敵相手に優先して立ち向かうようにできている。戦場の中心という熱狂の渦中にいながら、動きが緩慢なジェニスのオーレアンナの影は、隣で小竜を豪快に薙ぎ払うペンドラ重機動型の光の前に薄らいでしまっていた。


 心のどこかで、今回の二人を舐めていたんだろうか、という疑念がラヴァルを過ぎる。


 ジェニス対策の小竜。ラヴァル対策のセルボム。


 トーマス・ラウスとセラノ・ラウスは、間違いなく自分たちに立ちはだかる、強敵だった。


 ラヴァルは適当な箇所に中距離弾頭を放つ。目標である小竜のはぐれから外れた一撃は邪魔されることなく、瓦礫の一部を抉る。


 ふと、ラヴァルのなかに明確な謎が生まれた。


 セルボムは主戦場である中央の広場ではなく、そこから外れた小竜の周りを、ちょうどラヴァルの狙撃を妨害する位置で回遊している。


 偵察型はウィスプカメラのような浮遊型のセンサーを遠隔操作することで戦場把握に務める。この際、搭乗者はセンサーを通して、自身の五感が刺激されることで感覚的な状況把握を可能にしている。ペンドラの偵察型は、触覚と聴覚によってそれを可能にしているが、五感的であるがゆえに正確な識別は難しいとされている。


 目視できないほどの交戦距離を置くセラノが、どうしてこの状況や……あまつさえラヴァルの射撃位置まで把握できているかのような位置に、セルボムを置くことができるのだろうか。


 ラヴァルは腰部のプリンタマガジンに射出機構を突っ込んで弾頭を交換する。


 距離を詰められた際に使用する奥の手の、至近距離弾頭。


 弾、と標榜するにはあまりにも鋭い先端が装弾されたのを目視で確認してから小高い丘を滑り降りた。


 向かう先は中央広場ではなく、その外れ……先ほどまで彼の射線を遮るセルボムがひしめく先の、小竜の遊撃隊へと、オーレドゥクスを駆る。


 その瞬間、セルボムが恣意的な動きを見せた。


 オーレドゥクスが駆け抜ける道中を開けるように、セルボムが左右に散り散りへと吹かれていく。


 それを横目に、ラヴァルは射出機構を乗せた右腕部を後ろに回し、助走の勢いのまま小竜の一頭の嘴のような顎へ叩きつけた。


 重く低い衝撃音を反射にして、トリガーを引く。

 爆音の後に打ち据えた顎を、杭めいた弾頭が撃ち貫く。

 命中を視覚と振動と聴覚で確信してから、機体を後ろへ傾けて距離をとる。嘴を縫い付けられ倒れた仲間を飛び越え小竜が二体、ラヴァルを追いかけようと地面を蹴った。


「ハッ! 見えてたぜ、てめぇの策略!」


 目論見を看破した高揚のままに、こちらを写すウィスプカメラに向かって高揚した笑みを浮かべる。


 セルボムの正確な座標に配置するためには、戦場を視覚的に把握する必要がある。聴覚の触覚だけでは、味方の識別ができないからだ。不用意に配置されたセルボムに味方や対戦相手が引っかかれば、ルール上過度な妨害としてカウントされてしまう。それを回避するためには、敵味方を絶対に把握できる状態でセルボムを配置しなければいけない。


「どうやってっか知らねぇが、反則ギリギリだな!」


 カメラに向かってラヴァルはそこまで言うと、口をつぐんで小竜の群れを見やる。

 ここで彼女の手口を糾弾することもできたが、その手口の先鋭さにルール的な正誤の判別がつかない以上、むやみに場を白けさせる発言は振興貢献度に関わる。

 たが、ここまで言えばカメラ越しの彼女は悟るだろう。


 イドに一般人が入ることは、安全面を含めた様々な観点から許されていない。それでも第五天球都市の狩猟競技が人気を博しているのは、競技者に随伴する多数のウィスプカメラによる多角的な中継が、要因の一つとしてあげられる。


 ウィスプカメラは受信した映像を周囲に発信し、昇降柱に備え付けられたアンテナが受信することで上空の天球都市へ映像を届ける。その周波数を――競技の運営機関の極秘情報を――把握すれば、映像を傍受は可能だろう。


 セラノ・ラウスは、ウィスプカメラを傍受して、ラヴァルの動向を監視していた。


 ラヴァルは中距離弾頭に切り替え、後方へ滑りながらこちらに牙向く二頭へ照準を定める。

 先のハッタリがきいているのか、両者が移動する間にセルボムを仕掛けるの厳しいのか、妨害を受けることなく、ラヴァルの弾頭は二頭の頭を打ち抜いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る