ラウス兄妹と狩猟競技Ⅱ【C.C1795.02.07】

     ◆


 実のところ狩猟競技の歴史は、この世界に現存するあらゆる歴史よりも深い。


 一対一の決闘に始まり、王権の時代から、人は娯楽として闘争を求めていた。そういった人と人との争いは、今日の天球世界に至るまでに様々な形を変えていき……現在では二対二という団体戦の最小単位を用いて、狩猟目標にアプローチをかける行事として、各天球都市によってその様相を示している。


 レース。迷路攻略。盤上競技。各都市が内包するイドの性質に依存する娯楽ではあるが、そこに必ず競争が存在していたのは、イドやリビルドの存在が認知され、研究が進んでいくたび、人は未知に対する恐怖を自分たちの利益に還元しようと画策を始めた結果でもあった。


 娯楽としての闘争はその手段の一つだったが、人間を御するのには都合がよいものだという考えは、歴代の為政者たちに共通する観念であることは間違いない。


 そんな娯楽に肝要なのは、ルールの共有だった。公平性を偽り、観客と競技者との一体感を演出するためには、競技者の行動を合理として理解し、共感するための下地がなければならない。


 この度の狩猟競技の場合、あらかじめ対戦のために降下した設営部隊が作った、ウィスプカメラの光が作る境界線の中で戦うこと。降下先は目標の半径二キロ圏外で、必ず着地をすること。


 そのためラヴァルはもちろんとして、今回はジェニスも彼の隣で着地し、目標に向かって進んでいた。


 二人は円の端に一旦着陸すると、互いの存在を頷きで確認し合う。ジェニスは竜音を起動せずにコフィンを発進させると、ラヴァルもそれに並んで続く。


 フェーヴのイドに住まう竜型リビルドは、発生場所にとどまり、敵が攻撃を加えるまで攻撃しない。

 これもまた、狩猟競技を取り巻く習性ルールの一環であった。


「群体が相手だと釣り出しが効果的じゃねぇな。弓の再装填がネックになってくる」

「ああ、それにサイズが小さいと空中戦もあまり意味がない……なぁラヴァ、やっぱり今回の目標って」

「対策されてんな。ただ、あの騎士道バカの仕業とも思えない」


 となると、あいつか。とラヴァルは脳裏で滑らかで静かな金髪の少女を思い浮かべる。


「強かだな、彼女」

「性格がわりぃっていうんだよ、ああいうのは」


 コフィンを中央に向けさせながら、他愛ない会話をしていると、ラヴァルはジェニスがこちらをジッと見つめていることに気付いた。


「なんだ?」


 ラヴァルは、黒く小さな鉛を胃に沈めながら訊く。


「なにがだ?」

「さっきからこっち見てるだろ。今日の俺、なんかおかしいか?」

「んー、いや。大したことじゃないさ」

「なんだよ、気になるじゃねぇか」

「じゃあ、訊くが……この格好、どう思う?」


 は? と声を上げると、ほらやっぱりとジェニスは眉尻を下げて両手を広げる。つられて腕部のブレードも広がった。


「そんなに、この服はダメか……? キミは気に召していないみたいだし、破廉恥とも言われてしまったし……もしかして、悪ノリが過ぎてしまったのかと……」


 気まずそうにポツポツと呟くジェニスにラヴァルは半目になりながら、自分たちに彼女の後頭部で追従する複数のウィスプカメラを遠目で見つめる。


 ウィスプカメラの情報はリアルタイムで空港のモニターで中継されている。ここで話す内容もまた、外に漏れていることになるが、今更それを気にするジェニスではないことを、ラヴァルは知っている。


「まぁ、安直だとは思うけどよぉ」

「そう、か……。すまない」

「いや、謝られても……」


 しおらしい態度を取られ、なんつうか……あぁっと、としどろもどろになった後。


「ほら、観客がどう思っているかのほうが大事だろ? それに」

「それに?」

「トーマスや俺に褒められたくて着たわけじゃねぇだろ?」


 ラヴァルの言葉に、ジェニスは虚を突かれた顔をしてから、目を伏せたり口を開けては閉じてを繰り返して言葉を咀嚼してから、そうかと小さく呟いた。


「そうだな……間違えるところだった」

「集中しろよ。相手はサポートありきとはいえ、単騎で竜型をぶっ飛ばす脳みそ筋肉野郎だぜ? 今回の奴なんて踏み潰してっかもよ」


 冗談をフフッと笑うジェニス。それで少し気を晴らしたのか一度深呼吸すると、カメラに向かってピースサインとウィンクを決めた。


「到着したら、中距離弾頭で穴を開けるから中央に突っ込め。群れからはぐれた奴は俺がやる」

「わかった」


 真剣な了解を聞いた後で広場を出ると、そこにはある意味で賛嘆たる光景があった。

 広場の中央で、巨躯に丸みのある鎧を着こんだ騎士が、突撃槍を横薙ぎに振るっていた。その剛力が発する風圧や灰に紛れた礫が、周囲にたかるダチョウ型の小竜がなぎ倒されていく。


「さぁ、来い! ラウス家の誇りをもって、貴様らを屠ってくれよう!」


 ペンドラシリーズ五番棺――フェーヴで最も普及した量産モデル――を重機動型に改造したコフィンを駆り、トーマスは四方を囲まれながらも勇猛な雄叫びを上げていた。


「踏み潰しては、ないな。よかった」


 真面目に安堵するジェニスの横で、ラヴァルはプリンタマガジンに射出機構を連結してからレバーを回す。そうして薬室に送り込む弾頭を切り替えると、左腕部を連結させて――脳裏が瞳を浮かばせる前に――すぐさま放った。


 短い爆音の後、トーマスのほうを向いた小竜の胴体へ弾頭が命中するのを流し見て、淀みない所作でレバーを引き戻し再装填。間髪入れずに別の目標への射撃を、さらにもう一度繰り出す。

 三段階の炸薬によって、三発の弾頭を連発する中距離用弾頭が、三頭の小竜に叩き込まれた。


「行け!」


 ラヴァルの合図で、ジェニスは竜音を起動して跳ぶ。一度空中へ躍り出ると、両手のブレードを励起させ赤熱化させる。


 爆光。のち、突撃。


 中距離弾によって怯んだ三頭の首に、閃光が走った。


「来たか、破廉恥娘!」


 戦場の高揚感に身を委ねるトーマスは、跳ね飛ばされた三つの首を見上げて、ニヤリと口の端を持ち上げる。ジェニスはそれに答えず、いつもと変わらない雰囲気のままブレードの振って、トーマスに向かおうとした小竜の顎を止めると、そのまま刃を押し込んで真っ二つにする。


 ラヴァルは弾頭の再生成を待ちながら、トーマスとジェニスが争う中心点から少し離れて戦場を俯瞰しようと努める。


 派手な立ち回りをする二人のおかげで、小竜の大半は中心へ向かっている。それに紛れて倒壊した廃墟の影には奇襲を試みようとする一団がいるのを確認して、次弾をつがえる。

 スコープを覗くラヴァルは、しかし小竜のそばに漂う物体を見つけて、トリガーにかけた指が止まる。


 それは小型の虫がたかったように、小さな物体が細かく光って球形を成した集合体だった。発光自体は控えめであることで景色に溶け込んでおり、観察眼のあるラヴァルでなければ見抜くことはできなかっただろう。


「なんだあれ」


 そう呟きつつ、ラヴァルの頭である程度の見当のついたそれを視線で追いかけていると、小竜は中心で暴れる二人に向かって跳びかかろうと、進路をふさぐ不明の集合体に顔から突っ込んでいく。


 小竜の頭に集合体が張り付くと、小竜の頭がふつふつと膨らんだ。まるで何かを内側から注入されたように、顔の各部がグロテスクに変形し始めても、小竜は走ることをやめなかった。


 そしてラヴァルの見当通り、小竜の頭は爆発した。


 代謝の促進による過回復によって爆散した小竜は走行の勢いのまま戦場に飛び出し、別の個体に踏まれて倒れる。


 エグ。とラヴァルは予想通りの結末の感想をかみ殺す。


 集合体……セルボムをけしかけているのは、間違いなくセラノのコフィンだろうとあたりをつけたラヴァルは周囲を見渡す。しかしこの戦場の中に、セラノの姿は見当たらない。


 セルボムを操るのに射線の確保が必要ないのは、狙撃手とは違う利点だ。


 代わりに仕切りなおそうと戦場から離れる小竜の一匹を見つけバリスタを構えて放つ。


 しかし、それが当たることはなかった。


 ラヴァルの放った弾頭は、小竜の目の前で大きく膨らんで破裂する。パシャ、という濡れた音に反応してこちらに向かう小竜は、道中のセルボムに引っかかって爆散する。


 目を見開いたラヴァルは、スコープから頭を離してもう一度周囲を注意深く見渡す。


 戦場には、透明なセルボムがいたるところに配置されており、ラヴァルの射線を遮っていた。

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