ラウス兄妹と狩猟競技Ⅰ【C.C1795.02.07】


     ◆


 照明が照らす夜の空港の滑走路を背景に、飛び交うウィスプのカメラが狩猟競技の入場式を写していた。


 それらは周囲の大気を吸収してビットに変換することで、自らを自由に浮かす浮力と目の前の映像を遠隔に飛ばす通信機能の起動するエネルギーに変えている。炎の揺らぎめいたセンサーの光がゆらゆらと移動する光景は、天球都市世界特有の撮影風景だった。


 そんな鬼火が円を描く中心には、並列した二隻のカーゴとその間で立つ、インナースーツにコフィンの棺形態を傍らに置いた四人の学生と、進行役のスタッフの一人がいた。


 一方はラヴァルとジェニス。そしてもう一方にはトーマスとセラノ。


 トーマスは腕を組んで、正面にいたジェニスを睨みつけると、隣に立つラヴァルへ視線を合わせた。


「よく逃げもせず、来たものだな」

「都合がよかったんでな」


 ラヴァルは侮蔑の感情が入り混じる眼差しに肩をすくめる。

「また言う気かよ。無関係な小娘を引っ張り上げたクズだって……」

「否」


 首を振るトーマスに、怪訝そうにするラヴァル。


「先日、イドの竜を討伐したそうだな」

「それがなんだよ」

「妹の調べによれば、目標付近の昇降柱から討伐対象が引き上げられたのは間違いないそうだ」


 面倒くさそうに顔を逸らして一歩引いたセラノに一度顔を向けてから、トーマスはラヴァルたちに瞑目する。

 そして、丁寧に一礼をした。


「なっ……」

「ジェニス・ギール……と、ひとまず呼ぼうか。先日の非礼を詫びよう」


 突然のことで困惑の声を上げながら、ラヴァルは思わず周囲を旋回するウィスプカメラの鬼火を小さく見渡す。


 今、この場面はフェーヴ中で中継されている。空港内にいる狩猟競技の入場式を生で見ようと窓に張り付く熱心な観戦者たちが、頭を下げたトーマスを見ていた。


「貴様の正体が何であれ、竜と相対し、見事打ち倒したことは事実。だとするなら、このフェーヴにおいて貴様はオレやセラノ……競技者と戦う資格を持った、誉れある騎士であるのは間違いない。知らなかったとはいえ、礼節を欠く言動をしたことは謝罪せねばならない」

「そ、そうか……。いや、気にしなくていい。キミの言うことももっともだからな」


 頭を下げられたジェニスは、突然のことで当惑しながらも、右手を差し出す。


「だがしかし!」


 対してトーマスは突如怒りだしたかと思うと、顔を上げて、ジェニスの滑らかな腹を指差した。


「神聖な競技の場を、企業の利益主義にまみれた思想で犯すことは許さん! なんだその破廉恥な恰好は! 淑女が無暗に肌を晒すなどと……騎士の誇りを忘れたのか!」

「は、はれ……っ!」

「それはうちの監督役に言ってくれよ」


 ジェニスの感想に対する感想で同情的になった後、ため息交じりにラヴァルは言った。


「あといい加減、騎士道だの誉れだのをこっちに押し付けんのやめてくんねぇかな。てめぇがそういうの好きなのはけっこうだけど、こっちは仕事や成績のためにやってんだからさ」

「それには同感です、兄さま。古い考えが正しいなんて凝り固まった思考は恥ずかしいです」


 憤慨するトーマスの横で、セラノが口を挟む。

 予想外のところから同意を貰ったラヴァルは、口笛を鳴らした。


「こっちとは話が合いそうだな」


 セラノは感心したラヴァルに無言のまま目を向けると、そのまま何も言わずに顔を逸らす。


「こほん。そろそろ、よろしいでしょうか」


 一通りのやり取りを傍観していた審判役が、場を取り仕切るために咳ばらいをすると、四人は姿勢を正して改まった。


 静まった儀式の場で、鬼火だけがあやしく揺らめく。鬼火越しにこの光景を見る者、そして空港の窓越しに見る者。その場にいる全員が、この静謐と神秘を演出する。


「ラヴァル・ギール及びジェニス・ギール。第五天球都市フェーヴ当主であるアルドレス・ドラゴン及び彼が庇護するすべての民に向けて、こたびの競技が正々堂々であることを誓うか」

「ああ、誓おう」


 カメラの一つに向かって笑顔で、ジェニスは誓う。


「誓う」


 やや投げやりで軽い口調のまま、ラヴァルは誓う。


「トーマス・ラウス及びセラノ・ラウス。第五天球都市フェーヴ当主であるアルドレス・ドラゴン及び彼が庇護するすべての民に向けて、こたびの競技が正々堂々であることを誓うか」

「民のために、誓おう」


 神聖さを崩さないように、厳かにトーマスは誓う。


「誓います」


 最低限の礼儀を欠かさずに、静かにセラノは誓う。

 それらすべてに、形だけ頷いた審判が、右手を上げた。


「これより、ラヴァル・ジェニスペア対トーマス・セラノペアによる狩猟競技を行う!」


 高らかな宣言の後、両者に控えたカーゴが、重い駆動音を上げて開始を告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る