秘密とブリーフィングⅡ【C.C1795.02.07】


「見てくれラヴァ! すごくいいぞこの服!」


 突然飛び出してきた相棒の声に、一瞬反応が遅れるも、その快活さに内心で安堵して振り返る。


 そのまま、ピタリと膠着した。


 インナースーツの最終調整を受けたというジェニスの格好は、ラヴァルの想定しているものではなかった。


 まずラヴァルの目に飛び込んだのは、眩しく健康的な白さを見せる『へそ』だった。それから太ももの半分も隠せていないどころか、中に穿いているオレンジのインナーのぴっちりと張り付いた裾が見え隠れするミニスカート。そこからへそ同様の白を見せる腿の先には膝まで覆うソックス……その先でようやく、見慣れているコフィン搭乗用のブーツを発見する。


 下を観察し終えると、次はへそに視線を戻して上へ赴く。肩まで露出し、胸下までしか丈のないシャツには、大きくフェーヴ一番街学園のロゴが一面を占めていた。そして頭には頭部保護用のバイザーを装着し、女になってもおなじみの赤光を放つ髪を後ろにまとめていた。


 ラヴァルはその露出過多の相棒に、しばらく絶句した。


「ふふっ、どうだ? どうだどうだラヴァ? かわいいだろう! ヨリィがデザインしてくれたんだ!」


 興奮した口調のジェニスはその場で一回転する。揚力で浮き上がったスカートが、奥にしまったインナーを惜しげもなく晒した。


「おい、ヨリィ」


 ここでようやく我に返ったラヴァルは、ゆっくりと深呼吸する。

 そして椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がり、ジェニスを勢いよく指差した。


「なんっ、だあの恰好! スーツの最終調整してたんじゃねぇのかよ! ああ!?」

「急にキレるんじゃないわよ! 急ピッチでやったからサイズ合わせる大変だったのよ!」

「てめぇの苦労話を聞いてんじゃねぇよ! あの痴女みてぇな服はなんなんだって聞いてんだよ! スーツはどこにやった!」

「あれがインナースーツよ! よく見なさい、透明素材で作れるようになったんだから!」


 ラヴァルは薄目で、キョトンとするジェニスを再び観察する。冷静に見てみると、露わになった肩や手首、引き締まりくびれた腰回りには、照明に反射したインナースーツ特有の光沢があった。


 それでも釈然としないラヴァルに、フンと鼻を鳴らしてヨランドが言った。


「アホラヴァルにわかるようにちゃんと説明してやるわ。狩猟競技ではリビルドの討伐貢献度とは別に、観戦客の人気投票による振興貢献度があるの。競技では、その二つの合計が狩猟成績に加算される。だから通常の狩猟任務よりも成績が上がるわけ」

「じゃ、この格好は」

「ファンサービスよ! プロリーグじゃコフィンの装甲に投資企業のロゴを貼り付けるでしょ? 学生リーグじゃ個人に対する企業の干渉は禁止されているけど、宣伝の手法をパクっちゃいけないなんて言われてないから」


 いい考えでしょ。と得意げに頬を持ち上げるヨランド。

 三度、ラヴァルはジェニスを見やる。


 何がそこまで気に召したのか、ジェニスは細さの際立つ腰に手を当て、満面の笑みで問いかけた。


「どうだ、ラヴァ?」


 ラヴァルは照明の光を仰いで「あぁ」と呻いた後。


「ジェニスの卒業のためよ」と釘を刺され。

「……好きにしてくれ」


 と嘆息と一緒に、諦観を吐き出した。


「ジェナも来たし、ウダウダ言う前にブリーフィングを始めるわよ」


 気を取り直すように、ヨランドは用意した資料をラヴァルとジェニスに配る。

 資料には、今回の対戦相手であるラウス兄妹についてのプロフィールと、前シーズンの成績が書かれていた。


「前のシーズンでは直接やり合ったことはないから、軽く確認だけ」と前置きして。

「トーマス・ラウスの搭乗機体はペンドラシリーズの重槍モデル。大楯で前線を維持しながら、妹のセラノ・ラウスが後方支援するタイプね」

「ボクたちと似てるね」

「そうね。でもあっちの場合は前衛のトーマスに火力を依存してる。討伐記録から見て、後方の彼女はペンドラの偵察支援型……索敵と兄の治療をする関係で、交戦距離がかなり離れているのもあって彼女自身の討伐記録はほとんどない。あんたたちが前線で見るのも、トーマスだけかもしれないわね」

「治療?」

「ペンドラの支援型ってのは、胞子型の有機機械を射出して、装甲やフレームの代謝機能を活性化することで機体を『治療』することができるんだよ。装甲やフレームはリビルド由来のものをプリンタで変形させてるだけだからな。その応用で、傷を塞いで止血することも可能ってわけだ」


 首をかしげた顔を向けられたラヴァルは答えると、まとめた赤髪を尻尾のように揺らしてジェニスは頷く。


 コフィンの主原料は、イドに現れるリビルドだ。各天球都市の下にはそれぞれ異なる特徴のイドがあり、そこに現れるリビルドもまた、そこに適応するようと異なる特性を持つ。ここフェーヴのイドは通称『竜のイド』であり、彼らの心臓はコフィンのエネルギーを一手に賄う永久機関の役割を担っているように、各都市に原産するイドを交易によって入手し、プリンタで組み合わせることによってコフィンは生まれる。


 生体部品となるリビルドを、錬成釜で複製することは、現在の技術ではできない。ここに、先に語った消失するビット群の問題が上がる。リビルドをリビルドたらしめるビット群を解明できていない人間たちは、イドより引き上げられたリビルドの部位を錬成釜によって変形させることしかできないのだ。


 つまるところ、それを組み合わせて生まれたコフィンは、未知の生物同士のキメラと言い換えてもよい。原型がなくなるほどの変形、変質を重ねているものの、エス構造群……いわゆる魂が変わらない以上、それは生物であり代謝がある。


「なるほど。それじゃあこのペアが戦うリビルドのほとんどは、彼単騎で倒しているということか」


 そういうことだ。と資料に目を落とすラヴァルが、違和感に気付いた。


「にしては……このセラノって女、成績いいな。さすがに兄のほうがたけぇけど、言うほど離れてるわけでもねぇし」

「彼女、セルボムを使うのよ」

「セルボム?」と再びジェニスが訝る。

「治療用に使う胞子型の有機機械を目標にぶつけて、過回復を起こして殺すのよ」

「かかい、ふく……」


 端的な説明を受けてもまだしっくりこないジェニスに、ヨランドはそうね、と座りなおして詳しく解説する。


「セルボムによる回復は、傷ついた細胞に、周辺の無事な細胞を増殖させることで治療させるの。本来は傷が回復した時点で増殖をやめるように命令するか、自動で中止するんだけど、傷ついていない部位を際限なく増殖させ続けると、そこから肥大して他の組織を圧迫させて……」


 最後にボンッ。と手のひらを花咲かせたヨランドを見て、ようやく得心したジェニスが感心した声を上げた。


「にしたって、ペンドラの偵察型ってことなら、照準は触覚と聴覚便りだろ? 見えねぇ距離からよく今まで反則取られずにこの成績が出せるもんだな」


 狩猟成績を交互に見返すラヴァルに対して、ヨランドはニヤリとほくそ笑んだ。


「まぁかわいい顔してるし、ファンも多いんでしょう。振興貢献度だって重要なの、これでよくわかるでしょ」


 そういうもんかね。と乾いた声音で、ラヴァルは隣で座るジェニスを遠目で見た。


「今だから言うけど、あんたたち宛てに活躍が期待する手紙とか、けっこう来てるんだからね」

「本当か?」反応したのはジェニスだった。

「ええ、本当。今回の競技は、シーズン最後に事故を起こしたあんたたちが健在であることを、ファンに報告するためでもあるんだから」

「そうか。そう、か……」しみじみとなりながら、滲ませるように頬をほころばせる。

「じゃあ、がんばらないとな、ラヴァ」

「ああ」と、ラヴァルは肯定してから。

「ビビるだろうけどな。美少年だった奴が、こんな格好で出てくるんだからな」


 そう茶化すと、虚を突かれたような表情の後で下唇を持ち上げた。


「ああ、そうか。そういうところも、考えなきゃいけなかったか」

「気にすんな。お前の空中機動を見れば誰だって疑わねぇ、相棒の俺が保証してやる」


 移動式の黒板を用意したヨランドが、ラヴァルの言葉にわずかに顔をしかめるも、すぐに気を取り直して、今回の狩猟対象の写真を張り出した。

 今回目撃されたリビルドは、二メートルはあるダチョウを模した生物だった。長く強靭な脚と退化して――というにはこの生物に進化の樹形図はないのだが、生来の機能が低下したニュアンスとして――小さくなった翼を持つ陸上性の鳥型。

 写真には、複数のそれを肉食のアイコンとして嘴の周りに生えた牙と虚ろな眼球を向けており、その凶暴性が強調されていた。


「今回の目標は小型の群れで、確認された総数は三〇体。討伐数の多さと、狩猟の貢献度……そして、狩猟後の振興貢献度で判定する。いつものように戦い方は任せるけど、一対多の戦闘じゃあ対戦相手への妨害判定も甘くなりがちだから、いつもより気を付けること。向こうはこっちのことが気に食わないらしいからね」


 それと。と、ヨランドは目を伏せてから、ジェニスを見据えた。


「今度はケガしないで、無事に帰ってくること。誓える? ジェニス」

「もちろん。キミの夢があるからね、ヨリィ」


 即答し、静かにほほ笑むジェニスを、ラヴァルは遠くを見つめるように横目で流す。


『間もなく、狩猟競技を開始します。競技者は、滑走路にて整列をお願いします』


 彼女の誓いを待っていたかのように、会議室にアナウンスが響いた。

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