竜と踊るⅢ【C.C1795.01.31】
◆
『フェーヴファースト。こちらフォーリナー・〇一便。フライトレベルプラスマイナスゼロで航行中』
時刻環の隙間に陰りながら、カーゴは飛んでいた。
主翼が胴体上部に配置された、コフィンの輸送船。天球都市が空中にある都合上、空港を出たカーゴが天球都市と同じ高度を取る場合、フライトレベルはゼロ……つまり、カーゴは天球都市を離れ、同じ高度の空を飛んでいる。
カーゴの左翼では、炎が陽炎のようにゆらゆらと揺れている。燃えているわけではなく、粉末状に加工し定着されたリビルドの角が、発火に似た発光現象を起こすことで本来の役割を遂行する。その炎は、輸送機と管制塔を通信するセンサーの役割を担っていた。
『まもなく降下ポイントに到着予定。……フォーリナー・〇一便から格納庫へ、最終確認求む』
パイロットは規定通り、格納庫にいる二体の棺に向かって通信する。
格納庫では、ハンガーで固定された二体のコフィンが並んでおり、その各部は鬼火――『ウィル・オ・ウィスプ』の発光で揺らめく。機体各部は昨日のそれと違って大きく膨らんでおり、外観を司る装甲部同士が離れることで、隙間から収納されたフレームと……インナースーツのオレンジが覗かせる。
ラヴァルとジェニスは、棺の中に格納されたまま、降下の時を待っていた。
『降下予定ポイントはE三〇五S二〇一。目標は竜型リビルド一頭。降下予定時刻は七時二七分』
パイロットの通信がラヴァルの頭に反響する。通信の周波数をコフィンが拾って変換したものを、人工妖精を介してラヴァル……そしてジェニスの脳内に、装着したバイザーを通して投影しているためだ。
『降下予定機体。ペン――失礼した、オーレシリーズ一番棺アンナ。搭乗者はジェニス・ギール。およびオーレシリーズ二番棺ドゥクス。搭乗者はラヴァル・ギール』
『格納庫からフォーリナー。降下予定ポイント、E三〇五S二〇一。目標、竜型リビルド一頭。降下予定時刻は、七時二七分』
『格納庫からフォーリナー。降下予定ポイント、目標、降下予定時刻、右に同じく』
『ちゃんとやれ、ジェナ』
『……E三〇五S二〇一。竜型リビルド・一。七時二七分』
ラヴァルに諭されたジェニスが面倒くさげに訂正する。
『やっぱりこの形式、回りくどくないかい? キミが合ってるんだから、随行するボクも同じじゃないか』
『安全上やんなきゃいけねぇって何度言ったらわかんだよ。まったく……』
二人の言い争いにカーゴパイロットの苦笑が通信に乗ると、ラヴァルは咳払いで場を仕切り直した。
『降下予定機体、オーレドゥクスおよびラヴァル・ギール、最終確認よし』
『降下予定機体、オーレアンナとジェニス・ギール。問題ないよ』
『フォーリナー、最終確認を完了。カウントダウン開始』
輸送機底部が開く。顎を開くように傾いた底部に沿って、二体の棺の上部が、斜め下へと向けられる。
目標は地上……都市民が忘れ、恐れ、しかし唯一ロマンを求められる、最後の幻想地。
『九、八、七――』
パイロットは予定通り、淀みなく秒数を刻み。
『三、二、一……ゼロ。降下開始。――よい狩りを』
そして予定通り、短い激励と共に、棺を放った。
◆
コフィンの内部で、ラヴァルは瞳を閉じて静かに秒読みをしていた。
地上……イドに向かって急角度で降下するコフィンは、下側に向けられた上部が展開する力場によって、内部に風が入らない。それでも風を切る暴力的なノイズを遮ることはできず、ラヴァルの耳元では轟音が絶え間なく鳴り響いている。
ラヴァルにとっては茶飯事だった。彼にとっての現状、解決すべき問題は、イドの大地へ着地する際にコフィンの変形タイミングを間違えないこと……そのために、降下してからの秒読みを正確に行うことだった。もししくじれば、コフィンは落下の衝撃を吸収しきれずに粉砕して、無様に地面へと転がることになる。
ラヴァルは心の中で冷静に三〇数えてから、握り込んでいたレバーを引き上げた。
上部の力場が解除され、上面が四つに割れる。そのまま基部が転回して下部パーツと組み合わさることで脚部への変形を開始する。脚部によって隠されていた上部パーツは、四対の羽めいた推進器が姿を現し、ラヴァルはそれを吹かして、脚部が地面側を向くように調整する。回転が終わると、転回された腕部を伸ばして風を一身に受ける――空気抵抗を上げて、落下速度を調整するために。
ものの五秒も経たないうちに、コフィンは棺から、ラヴァルの四肢を覆う群青色の鎧へと変身した。
あらかじめ装着したバイザー越しに、猛スピードで瓦礫の山が迫ってくる。
下から上へ、装甲の隙間から、暴風がラヴァルの頬を舐める。
激突まであと数秒。ラヴァルは両手のレバーを操作しながら、膝を胸に持っていくように上げた。
脚部底面から液体が放出される。液体は空気抵抗で四散することなく、底面の先で円形を形成した。
風圧が、あたりを吹き散らす。地上四〇〇〇メートル相当から降り立った衝撃が、足元を伝い地面を割らんと重力を押し付け、コフィンのフレームが呻くように軋む。
しかし、コフィンの直線的なフォルムを反映した足は円形液体――反重力流体『スライム』の放つ斥力によって、地面に触れることはなかった。
「っふぅ――!」
立ち姿の維持したまま、ここで初めて、ラヴァルは大きく息を吐いた。
イドへの降下は命懸けだ。一歩間違えれば死につながる。それでもカーゴがイドに降り立たないのは、カーゴのような巨大な輸送機による鈍重な侵入を、このイドに住むリビルドが許していないからだ。
何度か深呼吸の繰り返した後、ラヴァルはジェニスを探してあたりを見渡す。
空港から見た通り、ここは廃墟と瓦礫と炎で構成された、退廃的な都市だった。人の姿は見当たらず、彩りといえるものは火の赤と灰のくすんだ白のみ。人の営みと栄華の尽くされた都市上層部に比べて、死んでしまったと表現するにふさわしい廃都の空気に、ラヴァルは背筋に緊張とノスタルジックな哀れみを走らせた。
周りに人影がいないことを確認すると、通信機の呼び出しをコフィンに念じる。背部に格納された小さなハッチが開き、そこにある立方体が、青い炎を噴き上げてラヴァルの頭上を旋回し始めた。
「ジェナ。聞こえるか」
ほどなくして、ジェニスが応答した。
『ああ、聞こえる』
ラヴァルがコフィンごと旋回してあたりを見渡すと、それに追従して通信機は旋回する。ラヴァルの顔を写すためだ。
「通信範囲内にはいるな。ってことは――」付近にジェニスがいないことを確認して。
「上か」
通信機……ウィスプカメラがあおりの角度で、顔を上げたラヴァルの神妙な表情を捉える。
この通信機は、棺持ち間での連絡機能であると同時に、天球都市へ狩猟の映像を届けるリポーターだ。 リビルドを狩る棺持ちが『競技者』と称されるのは、この世界においてリビルドを打ち倒すことが『狩猟』よりも『競技』の側面が色濃く出ていることは自明だが、ウィスプカメラによって天球都市に住む人間たちは、棺持ちたちの狩猟風景を娯楽とし、一部では賭け事を可能にしていた。
ウィスプカメラの奥では、公認店の酒場で彼らの狩りに心を踊る人間たちがいる。
しかし歯牙にもかけず、ラヴァルは雲の存在しない天球都市世界の上空を注視した。
明瞭な青を背景に、時刻環の描く弧が交差し合った、複雑な模様の合間に、自分たちを投下したであろうカーゴの所在を示す赤の明滅が彩る。
その中で、時折弾ける爆光を、ラヴァルは捉えた。
『お』と通信のジェナは嬉しそうに声を上げた。
『見つけた。竜型リビルド……一頭で待ち構えている』
通信を聞きながら、光の軌跡と時刻環の位置を観察する。
「いつも通りで行くぞ」ラヴァルはジェニスに呼びかける。
「わかってるな」
『当然。ボクが引きつけて、キミが撃ち抜く』
ラヴァルは通信を切ると、コフィンを前傾にして肩部のスラスターを吹かす。ラヴァルの頭上……コフィンの両肩を繋ぐリング状のパーツを滑る球体から伸びた円筒型のスラスターは、マントを広げるように後方へ展開すると、そのまま荒廃した廃墟を滑るように移動し始めた。
コフィンの移動は、脚部底部からスライムを展開して機体を支え、機体の傾きによって移動する。
目標は星のように瞬く光だった。
爆光は、屈折した軌道を描いて、一方向に向かっていた。
内部機関の低い音だけを響かせながらそれを追っていると、突然光が急角度をつけて曲がる。
光が、対象に向かって落下する軌道を取ったのだ。ラヴァルは加速する。
やがて元広場であろう、開けた場所へと出る。
ラヴァルは倒壊していない建物を見つけると、付近で倒れていた瓦礫を坂にして屋上に飛び乗る。
「狙撃ポイントに到着」空の光と時刻環に目をやりながら。
「さっき目標に落ちただろ。そこから南西に広場がある。そこまで来い」
『了――解』
息を切るジェナのセリフに、ラヴァルの眉が寄る。
「病み上がりなんだから、無理すんなよ」
『ボクの力を示すための狩猟さ。多少は、ね』
相棒の容態を懸念するよりも先に、四方に伸びる路地の一つを見定めると、左半身を向けて両腕を構える。
ワイヤーによって両腕と連動したフレームは、彼の背面から伸びる巨大な腕部を、それぞれ前方へ大きく突き出させた。
ラヴァルのコフィン……オーレシリーズ二番棺・ドゥクスの腕部には、それぞれ左に盾、右には弾頭の発射機構が備わっており、五指の機能はない。
突出した左腕部が、内側の縦半分だけ斜めに開く。片側だけ開いた傘のようだった。そうして露出したコネクタに、右腕の発射機構を連結する。
連結したことでロックの外れた発射機構が、前方へと弾頭を送り込む。右半分に取り付けられた盾が前方へスライドし、そのまま四方へぱっくりと割れて『X』を象った弓となった。
ラヴァルは右腕側のレバーを捻り、ワイヤーで弾頭を固定すると、そのまま後ろへ大きく引く。肩部のスラスターはそれに反して前方へと滑りながら、砲身めいた噴出孔を後ろへと流す。
こうして完成した発射形態は、一つの巨大なバリスタのようであった。
左腕が展開したスコープ越しに、建物の黄土色と地面の灰色と揺らめく赤とが交わらない景色をジッと見張る。
景色の変化はすぐに起きた。
ズズンと、地鳴りがラヴァルの足元に届く。
目を細め集中する。
見極めた路地が、砂埃を纏って巨大な影を覗かせた。
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