入居条件ペット付き

登美川ステファニイ

入居条件ペット付き

「いや~今日は天気も良く絶好の内見日和ですね~」

 不動産の担当者が前を歩きながら言う。笑顔を絶やさず、細い目をさらに細くしているちゃんと前が見えているのだろうか。ちょっと心配になるが、落ちているゴミなんかはまたいでいくので見えているようだった。

「そうですね」

 僕は適当に相槌を打ちながら新居予定地の周辺を見て回る。自販機がある。コンビニも近い。駅はちょっと遠いけど、立地としては悪くない。治安も良いそうなので、ここで決まりだろう。

 とは言え、これから一番重要な条件を確認しなければならない。

「ささ、こちらです。階段を上がって二つ目。どーです? 眺めもそう悪くないでしょう。向こうには山も見えます。時期になれば紅葉も見事ですよ!」

「はあ、そうなんですね」

 僕の気のない返事を気にする風もなく、担当者は進んでいく。そして鍵束を出してドアをあける。

「さ、どうぞ! ご覧になってください!」

 中に入ると南向きの窓から眩しい光が差し込んでいた。しばらくして目が慣れると壁のクリーム色が見えてくる。朝日を溶かしたような色だった。

「まず玄関。お友達がいらっしゃってもこの広さなら大丈夫でしょう。それと収納。靴が十足は入ります。長靴やブーツも入れられますよ」

 備え付けの収納の扉を開いて中を見せてくれる。確かに十分なようだった。

「ささ、まずは居室ですね1LDKですが、うちの物件でもここは広い方ですよ」

「それって、あの条件も関係あるんですかね」

「ああ、はい。それもございます。なに運動できるスペースが必要ですからね」

「ですよね。ペット付き物件……初めてなもので」

「そうですね。新生活を期に始められる方も多いですよ。長年飼ってみたかった、子供の頃飼ってた、一人だと寂しい。まあ理由はいろいろですがね、この物件であればペットとの生活が可能です。ええと、今の時間だとこっちかな?」

 担当者が壁の時計を確認する。そして押入れの方に向かう。

「は~い、ペットはこちらです~」

「おぉ」

 そこは押入れだったが、かなり広く作られていてペットが過ごすには十分のようだった。

「雄ですか」

「はい、雄です。首のネクタイが目印ですね」

「出してくれ~」

 ペットが大きな声で鳴いた。押入れの入り口はアクリルの壁で仕切られていて直接触ることはできないようになっていた。ペットは自由に出入りできない仕組みらしい。

「なんて鳴いてるんですか?」

「さあ? 人懐っこいですからね。会えてうれしいんじゃないですか?」

「助けてくれ~」

 ペットがまた鳴いた。けっこうかわいいもんだ。

「今は専門のスタッフが朝晩のご飯とかトイレの世話をしています。二日に一回はブラッシング。ストレスが無いように遊んだりもしてます。基本的には触られることに慣れていますから、初めての方でもまず心配はありませんよ」

「どのくらいの寿命なんですか」

「ええと、最近だと一〇〇年くらいですね。医療の進歩で長生きになっています」

「へぇ、僕らよりよっぽど長生きなんですね」

「そうですね。何人もの飼い主さんと過ごしたペットもいますよ」

 僕はペットをしげしげと眺めながら聞いた。

「逃げたりしないんですか?」

「はい。そういうこともあります。ちゃんと首輪にセンサーが入っていて、どこに逃げても捕まえられるようになっています。専門の業者がいますので、お手を煩わされることはありませんよ」

「飼うようになったら、毎日出かけるんですよね」

「はい。それぞれ会社と言う所に出かけていきます。そこで光る石や板を見つめて一日を過ごします。箱に喋ったりもします」

「へえ……それで時間になったら帰ってくる?」

「そうです。規則正しいものですよ、実際。私達のように好きな時に寝たり鳥を追っかけたりしませんから」

「なるほど……広さもちょうどよさそうだし、ここに決めたいですね」

「ありがとうございます!」

 担当者がしっぽをぴんと立てた。

「では早速書類の方を用意しますね。入居はいつ頃がよろしいでしょうか」

「来週の水曜には入れるとありがたいです」

「なるほど、では手配させていただきます。今ならキャンペーンでまたたびの木もプレゼントです」

 担当者はペットの方へ近づき言った。

「あきら、お前さんの新しい飼い主が決まったよ。良かったね」

「いやだ! ここから出してくれ! 頼む! もうこんな生活は嫌だ!」

「ははは! こいつも喜んでいるみたいですな」

「そうだといいです」

 僕はペットを見つめながら大きく伸びをした。引っ越してきたら早速ネズミを取ってきてあげよう。僕はそう思った。

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