第2話 大船?

観音さまはライトアップされ、商店街はゴミ臭く、モノレールはぶら下がっている、これが私たちの街、神奈川県鎌倉市、大船。

どうか鎌倉という言葉に惑わされないでほしい。上記の通り古都の面影は全くない。


「雪、早過ぎだよ。プロ?」

奈恵がパイプ椅子を両手に2脚づつ抱えながらひーひー言っている。

「1〜6はスピード変わらん。8で一気に落ちる。だから6が一番効率的」

私は同じパイプ椅子を両手に3脚づつ抱えてスタスタと歩く。高さを、床に擦らせないが、かといって上げ過ぎない、ドラえもんぐらいに攻めるのがコツだ。

「6脚持って動けるのがおかしいんだよ…」

ふっ。

いつもは猫より曲がっている猫背が思わず真っ直ぐになる。

学級委員である私は何かイベントがあるたびに招集され、この若き肉体を老いた肉塊の指示のままに使われてきた。今日だって春休み最終日を明日入学してくるガキどものために奪われたのだ。あいつらの方が若いだろ、あいつらがやれよ。せめて私だけでも新一年生であり、我が妹であるいちごと交換しろよ。

ちょっと怒りが込み上げてしまったが、本筋に戻ると、つまり私、いや、学級委員(と風紀委員)は奈恵の言う通りパイプ椅子運びのプロなのだ。歴戦の猛者、面構えが違うってやつよ。

奈恵は生徒会長、明日も何か仕事があるらしく、招集された。先程その仕事の確認が終わったのでパイプ椅子運びを手伝わされている。どうだ裏方の仕事は?こっちはこっちでキツイだろ?

こんなことを考えているうちに、あと数歩で体育館の端にたどり着くというところまで来た。ふぅ、いくらプロとはいえ、終盤は息が切れるぜ。

「すげぇ顔」

二年生の時、学級委員の相方であったあおが私を追い越しながら言った。

「あぁ?今なんつった…ってお前!!何2脚しか持ってないんだよ。筋トレしろ柔道部」

青は身軽そうに振り返って、

「いや、そんな顔したくないし、次の日筋肉痛になりたくないし、そんな頑張る必要ある?」

コイツに出会うまで私は柔道部を武士の道を重んじる人たちの集まりだと思っていました。

ごめんなさいね、全国の柔道部の皆さん。風評被害が酷くて。

コイツだけが異端なんですかね?でも部長なんですよ。

「早く終わらせたいじゃん!!」

端にたどり着いた私は怒りに任せてパイプ椅子を開く。最終列が出来上がっていく。

「早く終わらせたら終わらせたで、また別の仕事よこされるだけだぞ」

奈恵の方を見ながら青は言った。このクズがよ。

「え、何ー?何の話ー?」

急に視線を向けられた奈恵が情けない声を出す。おいおい一回床に下ろしたらもう持ち上げられないぞ。

「今助けるって話ー」

青がそう言って奈恵の元に駆け寄った。私もついていく。

私たちが椅子を1脚づつ床から拾い上げると、奈恵は余裕が生まれたのか笑みを浮かべた。これが大船に乗った気になるってやつか。

獅子しし先生どっか行くっぽいし、このまま3人でだらだらやろうぜ」

ガラガラと大きな音がして、体育館の扉が開いた。春の匂いのする風が体育館に入ってきて、THE体育教師って感じの獅子先生が出ていく。

このクズもS高校を目指しているのだ。

私はまた背筋を伸ばす。

この匂い、ちょっと焦るけど嫌いじゃないよ。


ちなみに帰宅してから3日間、私は筋肉痛で悶えることとなった。

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