第23話 吹奏楽部 夏季 合宿

―課題曲と自由曲が決まり、コンクールへの練習が続いた夏休み前のある日-


もう、季節は完全に夏で、ミンミンゼミが恐ろしいくらい絶叫し、日差しは、肌だけではなく、心まで完全にへし折るかのように強く注いでいた。楽器を吹いているだけならまだしも、音楽室と言う、ある意味密室の中で尚且つ集団で楽器を吹いていると、いやがおうにも熱気で私の頭がどうにかなりそうになるも、必死に耐えて練習していた。すると、音楽室の扉が威勢よく開いた。部員一同何事かと、視線を向けると、こんな劣悪な環境で練習していたはずの部長が満面の笑顔で登場した。


「みんな、朗報よ!」


と言ったものの、みんな、精神と肉体がある意味限界なうえに、部長の朗報とやらが、あまり期待できないと部員一同思っているので、気温は高いのに、部長へ冷たい視線だけは送っていた。そんな、なか、副部長が、タオルで額の汗をぬぐいながら


「彩、何?やっと学校がこの音楽室にエアコンでも取り付けてもらえるようしたのかしら?」


と、そんなにお金のない学校がやってくれそうない夢のようなことをサラッと副部長が言うと、ちっちっと部長は、映画の登場人物の様なアクションをした後、チョークを持って黒板の前に立つと、大きな文字で


― 吹奏楽部 夏季 林間合宿 -


と書いた。林間?合宿?部員一同、状況が読み込めず互いに視線を交わして、この状況が一体どういうことなのかと探り合う始末だった。こういった状況でも冷静な副部長が


「彩、どういった話なのか教えてくれないかしら?もう、私たち暑さでもう頭は限界なのよ…」


と、副部長が言い終わらないうちに、部長がバンと黒板を叩くと


「読んで字のごとくよ!私たちの夏休みは、こんなむさくるしい音楽室で練習するんじゃなくて、山の涼しいとこで練習できるようになるわ!」


暫く、部長の言葉だけが、音楽室に響いて、誰も何も言わなかった。


―何?山?涼しい?-


と、事実が飲み込めてくると一同歓声が沸いた。


「さすが部長!」


「ありがたや、ありがたや!」


「という夢を見ましたという話でしょう部長?」


「怖い怖い、夜、部長の毒牙にかかってしまう、、、私の貞操の危機だわ。」


と、盛り上がってくると、副部長は、立って一同を静めて、落ち着いたころに、部長に視線を向けて


「彩、どいうことか、説明してくれないかしら?」


部長は、鼻息を荒くしながら、熱のこもった口調で


「私たちの先輩で田口さんって方がいて、山でペンションを始めたの。それで、今年の春からダメもとでうちの部でそこで夏季合宿できませんか?お願いしていたら、とうとう私の情熱が勝って格安でお泊りしながら楽器が吹けるようになったわけよ!」


と、腰に手を当てて、勝ち誇ったようにご満悦の笑顔を見せていた。そんな部長と裏腹に副部長は冷静に


「彩、寝泊りは分かったけど、練習場所や移動手段はどうなのよ?」


と実際問題を上げると、部長はさらに背をのけぞらせて


「大丈夫だわ。田口先輩にお願いしてペンションの近くの公民館を借りて、バスで送迎してくれる約束を取り付けたから!」


と言った後、あははと高笑いを始めた。そんな部長を見て、私は部長も相当熱にやられているなぁと思った。そして、恐らくだが、部長は田口先輩にしつこく駄々をこねたのだろう、部長は、一度我がままを言うと聞かない性格なのは知っている。それを阻止できるのは、副部長だけだ。


それを、見ていた副部長は、こぼすように


「あとで、田口先輩に謝らなきゃいけないわね…」


と、部長の我がままの尻拭いに頭を働かせている副部長に部長は


「恵子!山よ!川よ!涼しいとこよ!楽園よ!」


と、部室に負けないくらいヒートアップしている部長に副部長は、小さい子をあやすように


「わかったわ、彩。楽園に連れってってあげるわ。さあ、行きましょうね、いい子ね。」


と、完全にオーバーヒートして絶叫している部長を副部長はずるずるひきづって、楽器準備室へと連行していった。


「楽園よ!パラダイスよ!涼しいわ!ああ、川まである!向こうにはお花畑まであるわ!」


と、恐らく三途の川のことを言っているのではないかと、思うのだが、毎度、毎度一体準備室に何が起こっているのか、いまだに部員全員判らない最大の謎だった。しばらく、きゃあきゃあ、と部長の狂った様な歓喜の声が響いていたが、ほどなく静かになった。そして、頭を抱えた副部長が出てきて誰に言うともなしに


「お薬を補充しなくちゃね…」


と聞こえた、私の空耳だろうかと思って思わず、そんな副部長と目が合うと副部長は視線で


―漏らしたら、コロス―


と訴えてきたので、私は、ただ、黙って首を縦に振った。十分私を視線で脅した副部長は、みんなの前に立つと


「とりあえず、さっき彩に確認したけど、妄想や願望じゃなくて本当のことみたいだわ。後で田口先輩に連絡を取って、追って日時を連絡するから各自、準備はしといて頂戴。」


と、夏季合宿が決まったが、合宿であんなことがあるとは当時の私は思いもしなかった。

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