第20話 私たちの夏の青春を選ぶ

定期演奏会が終わって、一週間がたったころ、部長は部員を全員音楽室へと集合をかけた。私は、授業が終わって、初夏の香りがする教室の中、園田さんと吉田君に、一体、急に何の用なんだろうと聞くと、園田さんは心当たりがあるのか、窓を背に、くるりと私へ体を向けると、一筋の風が、園田さんのシャンプーの香りと共に園田さんの言葉が私に届いた。


「吉田君はわかるでしょ?さぁ、なんでしょう?」


と、園田さんはかわいらしくウインクを吉田君に送った。私は、当惑しながら答えを求めるように吉田君に視線を向けると、西日に照らされた吉田君の顔をいつもよりも表情が明るく見た。いや、それだけではないのだろう、定期演奏会が終わる前の吉田君は心の奥にしまった、まさしく暗く湿った部屋から、アンサンブルを通して、心の部屋に窓が取り付けられたかのように、外からの新鮮な空気と日光が吉田君の心をまさしく明るく照されてまるで呪いから解放されたようだった。


影が取り払われた、吉田君は本当の満面の笑顔で私の肩に手を置くと、優しく諭すように


「部長が言っていたでしょ、創君。僕たちの次の目的はコンクール。コンクールで話し合うのは一つしかないよね。」


と、吉田君は、園田さんに向かって、親指を立てた。今では当たり前の様にやっているやりとりも、ほんの少し前までには本当に信じられないと思わざるを得なかった。


園田さんは、吉田君のアクションで吉田君が判っているのが確認が取れたのか、私をからかうように、上目遣いで私に視線を向けると


「それじゃぁ、先生が教えてあげようかなぁ~?」


「どうしようかなぁ~?」


と言いながら、私の周りをクルクルステップを踏みながら、踊っていた。園田さんがもったいぶってなかなか教えようとしないので、吉田君は、踊っている園田さんの頭に手を置くと、ちょっと困ったような苦笑いを浮かべて


「園田さん、創君が可哀そうだよ。教えてあげよう。」


と言うと、園田さんは、夕暮れに染まっているせいなのかそれとも本当に興奮してるのか紅く染まった顔をぷく~と膨らませると


「だって、これくらい、初心者でもわかってくれないと、全国で金賞何てムリよ。」


と言って、実際のところ私をからかいつつ、内心怒っているみたいだった。


私は、素直に二人に向けて頭を下げると、本当に申し訳ない想いで


「本当にわかりません、先生方ご教授をどうかお願いします。」


と、真摯に言葉を紡ぐと、園田さんはその私の行動に満足したのか、小さいな体で胸を張って、まるで落第生に説教をする先生の様なくどい口調で


「わかれば、よろしい。そもそも、コンクールでは、二曲演奏するのよ、一つは課題曲…これは、四つある課題曲の内一つを選んで吹かなくてはならないわ。もう一つは、自由曲…読んで字のごとく自由に曲を選んでいいわ。」


私は、合点が得たので、恐る恐る、先生に向けて小さく手を挙げて


「もしかして、部長の集合の目的って、その課題曲と自由曲を決めるってことでしょうか?」


自信のない自分の考えを小声で呟くと、園田さんは自分より一回り大きい私の頭に手を置て優しく撫でると


「大変、よくできました!」


と、初夏の風と共に気持ちいい笑顔が届いた。


私は、うまく答えた満足と共に新たな疑問が浮かんで、それとなく知らぬ間に


「一体、どうやって、何を参考にして決めるだろう?」


と言ったのを、園田さんは聞き逃さなかった。


「藤村君、いい所に気づきました。課題曲を決める場合は、学校によっても違うけど、模範演奏のCDを聴いて、第一印象で決める場合とか、楽譜から見て、表現方法が一番豊富にできる曲で決めるとかあるわ。自由曲は、その課題曲と違った表現ができる様な曲を選ぶのがセオリーね。」


と、言いながらコツコツ足音を立てな方、私の周りを歩きながら園田さんは説明した。


そして、真剣な表情で私の瞳を見つめて「これから、重要なことを伝えるんだ、忘れるな」と視線で語りながら


「そして、その課題曲と自由曲で半分は、その学校が金賞になるか銀賞になる決まってしまうの、そう、もう、コンクールは始まっているわ。」


そして、園田さんは細い柔らかい手を私と吉田君の手に繋げると、元気よく大きな明るい声で


「さぁ!行きましょう!私たちの一番大事な夏の青春を選びに!」


と、園田さんは音楽室へと駆けだして、私と吉田君は困ったねと言う視線を互いに交わして園田さんに引っ張られる形で音楽室へと向かった。


音楽室へと着くと、私には一瞬、誰もいない様に感じた。もしや、私たちが一番乗りかと思ったが、日が傾き、薄暗くなりつつある音楽室で夕暮れの中に一つ人影のがあるのに気づいた。人影は何を見つめながら小さくなって何事かブツブツと言葉が漏れていた。私たちは何か異形のものを見ている気がして気後れしながらも近づくと、急に人影は飛び上がり


「どれにすればいいか、わからーーーん!!」


と、絶叫した部長の影が音楽室の端へと遠く長く伸びていた。

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