第19話 物語は続く…

「パララ~ ララ ラララ~♪」


吉田君の冒頭の物悲しく、また切ないメロディーが会場に響き渡った。


私は、ベースを担当する者として、少しでも吉田君や園田さんのメロディーを引き立てることができるように、二人の姿と音色を全身で受け止めながら吹いた。


しかし、この編曲が、まだ中学生だった村上君が、しかも、劇場で聞きながら耳コピして行ったというのは、にわかに信じられないくらい、作曲者の久石譲先生の意図とするのを汲んでいるのが驚きだった。


いや、編曲だけでないのだろう、きっと今演奏している吉田君や園田さんが、あの楽しかった中学時代のやりとりの思い出も相まって、なおのこと、メロディーに感情が乗っているのだろう。今、会場で聴いているお客さんだけではなく、裏方のOGの先輩方に至るまですべての人が、心の奥にしまってセピア色になった、もう帰ることのできない、各々の心の中の大事な何かに呼び掛けているような思いに浸らせる演奏だった。


そう、今、村上君の想いがこの会場のすべての人に伝わった瞬間だった。


「パラン~…」


園田さんが曲の最後のフレーズを弾き終えると、その場に一瞬静寂が訪れた。


そう、だれもが、心が、本当にここになかった。


そして、夢から覚めた、会場全員が惜しみない拍手を送ったとき、私は生まれて初めて、音楽の楽しさを、何より人を感動させる喜びを知った。


吉田君が、私と園田さんに向けて目くばせをすると、私たち三人は席から立って、深々とお辞儀をすると、お客さんは、さらに熱烈な拍手と感謝を送ってくれた。


私は、実際に会ったことはないのだけど、村上君が空から微笑んで見守ってくれているのだと、実感した。


そう、このアンサンブルの4人目の奏者としてー


私たちが舞台から袖に下がると、さっそく部長が


「すごいよ!今の演奏!私、ほんっとうに感動した!だってそれしか言えない演奏だったよ!」


と言って、私たちめがけて抱き着こうとしたところを、副部長が首根っこ捕まえて

冷静な口調で


「彩、演奏会はまだ途中だから、あまり興奮しないの、まだ、あと残りの一年のアンサンブルもあるし、三部だってあるんだから、喜びはすべてが終わってからにしなさい。」


と言ってる、副部長も目が潤んでいた。


私は、今までの人生において人前で演奏した中で一番、大切に思い出に残っているのがこのアンサンブルだった。それくらい、その場にいた人を打ち震わせた。結局、生まれて初めての演奏が一番最高の演奏となった。それは、間違いない今でもはっきり言えることだった。


ーーーーーーーーー


定期演奏会が終了のアナウンスが流れたとき、私は、確かに何かをやり遂げた自信と言うか誇りを覚えた。


楽器をステージから撤収してトラックに積み込みをしている間も、手伝ってくれているOGの先輩方は、会うたびに口々に私たちの演奏を褒めてくれた。


そして、楽器を準備室へと仕舞うと、もう夜九時を回ろうとしていた。


部室の窓から見る、夜空は、宙に浮かぶ大きな満月が煌々と夜空を照らし、いつになく綺麗に見えた。きっと、そこには村上君がいるのだろう。


落ち着いたころに、部長は、部員及び関係者を全員音楽室へ集合をかけた。


そして、部長は、みんなの前に立つと、深々と頭を下げた。


「みんな、お疲れさまでした。誰一人欠けていては、この演奏会はきっと成功できなかったと思います。すべて、部員はもちろん、父兄の皆さんやOGの先輩方の助力無しでは、とてもできなかったと心の底から思います。みなさん、本当に、本当に、ありがとうございました。」


その、言葉が音楽室に響き渡ると、一同、部長の想いに応えるかの様に盛大な拍手が響いた。


そして、部長は頭を上げると、一筋の涙が流れていた。


「私たち三年生は、この学校で最後の定期演奏会となりましたが、私の中では今までの人生の中で最高の演奏会だと自信を持って言えます。」


と言って、部長は副部長をはじめ三年生に目を向けると、みな満足したかのように、頷き、また涙を流していた。その光景を、部長は目に焼き付けるかのように眺めた後、強い意思を持った瞳と自信を持った声で


「でも、私たちの演奏は、まだ、終わっていません。8月の地区コンクールへ向けて、ここにいる先輩方に負けないくらい、素晴らしい音楽を、そして全国へ向けて私たちの音を届けましょう!私たちにはそれができると今証明されたのですから!」


その一言で、この場の全員が、止まない拍手と喝采が響いた。


その時の私は、少し前、そう数か月前まで絶対不可能だと思ったアンサンブルが、今回の演奏会の中で一番の名演奏となったのは、まさに奇跡と言ってもおかしくないと思わずにはいられなかった。そして、何より、吉田君と園田さんが和解してくれたのが、二人の友人として何物にも代えがたい喜びだった。


そして、私たちの青春はコンクールへと物語は続く…

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