第13話 かけがえのない曲

「ごめんなさい…」


園田さんは、消え入りそうな声で言った。


そして、園田さんは、ただ黙って、今にも再び泣き出しそうな顔で、吉田君を見つめていた。


吉田君は、それでも睨むような視線を園田さんに向けると


「僕は、一生君を許さない。ただ、一つだけ訊く。村上君を殺したのは、君なんだろ?」


園田さんは、首を激しく左右に振ると、今にも溢れてきそうな瞳を吉田君に向けて、訴えるような口調で


「信じてくれないかもしれないけど、あれは、私のお母さんが勘違いして、起こったことなの。本当、本当よ。それがわかっていたら、村上君もここにいたはずなのに…」


吉田君は、黙って園田さんを睨んで、言っていることが本当か嘘かを見極めようとしているみたいだった。


そして、結論が出たのか、ふっと笑うと


「村上君もきっとこんなこと望んでなよな…」


呟くように、言うと吉田君は、ゆっくりと立ち上がると、園田さんの方へ向かい手を差し伸べて、確信を得たようにはっきりとした口調で


「僕は絶対あなたを許さない、けど、村上君のために一緒に演奏するよ、きっとそれが一番彼が望んでいることだと、判り切っていることだから…だから、彼のためにも最高の演奏をしよう!」


園田さんは、長い長い雨が止んで、厚い雲から射す陽光の様な笑顔を見せて


「うん!」


吉田君の手を握り返していた。


ー当時の私は、村上君という人がどういう人で、どうして、園田さんと吉田君の間に亀裂が走ってしまったのか、何も知らなかった。


ただ、後々彼の影が私たちの関係の間に闇を忍ばせていくことになろうとは、まだ知る由もなかった。ー


私たち三人、並んで、音楽室に戻ると、大勢いたはずの一年生はおらず、ただ、部長と副部長だけが、私たちの帰りを待っていた。


部長は、満面の笑顔で私たちの頭を撫ではじめると


「よく、帰ってきた!私は信じていたよ~。」


と、存分にボディタッチをしてきた。そして、しばらくやって安心したのか、おいおい泣き始めた。


そんな、部長を副部長は、微笑みながら子供が遊んでいるところを、見守る母親の様な口調で


「彩が、みんな部に帰ってこないで、辞めちゃうじゃないかって、散々、口説いて泣いて喚いていたくせに、よく信じてたって言えるわね。」


と、言ったのを聞いた途端、部長は子供の様にぽかぽかと副部長の体を叩きながら


「だって、仕方ないでしょ、あの状況。いくら馬鹿な私でもダメだって思うでしょ。」


と言いながら、ぷーと膨れた。


膨れた部長を副部長は頭を撫でてあやしながら、私たちに向かって確認するかのように、しっかりとした口調で


「とりあえず、アンサンブルはできそうかしら?」


私は大きく首を縦に振ると、自信を持って


「はい、僕たちはできます!」


そして、私は、確認するかのように、左右の園田さんと、吉田君に視線を送ると散々部長が子供の様に甘えてきたせいか、二人も満面の笑顔で私の答えを聞いていた。


ほんの数時間前には考えられないことだった。


部長は、副部長に甘えるのを堪能したのか、おもむろに副部長から離れると、まじめな口調で


「それで、何の曲を吹くの?ほかの子たちは、決めて帰ってしまって、残りは君たちだけなんだけど。」


と、言われて私は戸惑うように、左右の二人にどうするか視線を送ると、園田さんと吉田君は、何か心当たりがあるらしく、互いに視線を交し合って、頷いていた。


吉田君は、何かの決意の様な口調で


「吹きたい曲はあります。でも、ピアノ伴奏のデュオではダメですか?」


部長は、一瞬不意を突かれたような顔をしたが、すぐに笑顔で


「大丈夫よ!あなたたちの演奏なのだから、自由にしていいわ。」


と、即答した。


吉田君はそれを確認すると、一瞬遠い目をして物思いにふけって何かを考えているみたいだった。そして、答えがでたらしく


「久石譲作 帰らざる日々を吹きたいと思います。」


園田さんも、頷きながら吉田君に同意して


「私もそれでいいと思います。」


と言った。私と部長たちは互いに目を見合わせた。副部長はしばらく考えて、何か思い当たる節があったのか確認するように


「久石譲って言えばジブリだわよね、もしかして、紅の豚のテーマ曲かしら?」


園田さんは、どこか懐かしがっているような郷愁を思わせる表情をして


「そうです、私たちにとっての思い出の曲なんです。」


その時、部長はハッと気づいたのか


「うちの部で、その曲の楽譜あったかしら?」


と言ったけど。吉田君はにこやかな笑顔で


「大丈夫です、僕が持っていますから、心配しなくても大丈夫です。」


と言ったのを聞くと、部長は親指を立てて、満面のにっこにこの笑顔で


「了解。それじゃあ、その曲で練習して頂戴。それにしても、たしかにいい曲だと思うけどよくそんなマイナーな曲の楽譜持っていたわね。」


と言うと。吉田君は悲痛な表情を見せて


「それは…それは、中学時代の親友の遺品なんです。だから何事にも代えられないかけがえのない曲なんです。」

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