第12話 ごめんなさい

吉田君は不快感を隠すことなく顔に出して、部長に詰め寄った。


「なんで、僕がこの人と組まなくてはならないんですか?」


と、園田さんを指さして、叫んでいた。


音楽室は、静寂が支配して、誰もが事の成り行きを見守っている。


ある者は、驚きを


ある者は、恐怖を、動揺を、そして、嫌悪を吉田君への視線と共に乗せて送っていた。


部長は、今までに見たことのない真剣な表情で一言


「それが、必要だからよ。」


と、冷静に落ち着いた声で答えた。


それでも、納得いかないのか、吉田君は


「僕が、この人より劣っているから、引き立て役にピッタリだからなんですよね!いつもだ、いつもこの人は、僕のことをダシにして、脚光を浴びて褒めれて認められて、いつもいつもいつも!」


と、温厚な吉田君らしからぬ口調で目の間に立っていた、譜面台を蹴飛ばした。


ーガシャンー


譜面台が倒れるだけが音楽室に響いた。


事の成り行きを見守っていた副部長は、倒れた譜面台を立たせると。諭すように穏やかな口調で


「彩が言ったように、音楽とは協調性が必要なの。その中に、不協和音が混じると例えどんな良いプレイヤーがいくら集まって、いい音を出しても、所詮雑音にしかならないのよ、判って頂戴。そのために私たちは考えて班を決めたの。多分このままでコンクールに出場しても地区大会で敗退するわ。それは、間違いないわ。」


吉田君は、今まで見たことないくらい怒りに染まった顔をして


「僕は、認めない、絶対に!」


と言って、音楽室を飛び出していった。


しばらく沈黙だけがこの場を支配して、副部長が呟くように


「彼には、やっぱり無理だったのかしら…」


と言うのを、部長が聞くと、部長は首を左右に振って


「まだだわ、まだ、彼は救えるはず。」


と言って、部長はゆっくりな足取りで私に向かい、座っている私を立たせると


「私は、藤村君がきっと彼の助けになると、会った時から確信していたわ。」


そして、私の手を両手で握ると


「お願い、彼を救ってあげて、きっと本当は、そういう子じゃないって、私の勘がそう言っているわ。」


私は、強く首を縦に振ると迷いのない視線を部長に向けて


「そうです、部長。吉田君は、誰にも差別なく優しくて素直な友達です。本当はあんなこと言う人じゃないです。」


と、自信を持って答えた。


それを聞いた部長は満足した様に、ポンと私の背中を推すと


「なら、彼を追いなさい。今の彼は孤独なはずよ。その隣にはね。絶対友達が必要なのよ。」


と、言って私に向かってにっこりと微笑んだ。


私は、期待に応えるかのように自信を持って


「はい!必ず吉田君を連れて戻ってきます!」


と言って、音楽室を飛び出した。


紅に染まりゆく校内を、独り吉田君の行きそうなところを探したがどこにもいなかった。頭の片隅には、家に帰ったんじゃないかという事がちらついてきたが、一か所だけ、まだ探してないところがあることに気づいた。


私は、ほこりが積もっていて、うす暗い階段を登って、普段立ち入りが禁止されている屋上へと向かった。屋上のへの扉を開けた瞬間、どこまでも広く暁に染まった世界にただ一人小さくうずくまった影を見つけた。私は、間違いなく吉田君だと確信した。影は泣いているのだろうか、微かに震えながら嗚咽を漏らしているのに気づいた。


私は、ゆっくりと影に近づくと、穏やかな口調で


「僕たちの町って田舎だけど、こんなに綺麗で広いんだね。」


しばらく、時々鼻水をすする音がするだけで沈黙していた影はこぼす様に


「僕は、こんな世界が大っ嫌いだ。みんな、才能やお金や権力のあるやつらに気に入られようと媚びを売ってばかりで、何もないやつには見向きもしない。」


そして、影は私をキッと睨んで拒むかのように


「創君だって、そいつらの仲間で一枚かんでおいしい思いをしようとしたいんでしょ!」


と叫んだ。私は、影の頬を思いっきり平手打ちにすると


「確かに僕ははっきり言って園田さんに惚れている。けどね、園田さん、吉田君に気を使っていたよ。吹奏楽部だって、吉田君がまったく知らない人しかいないから、早く打ち解ける様に、僕に入部して欲しいってお願いされたんだよ。」


影は、打たれた頬を抑えながら、私の言葉に反発するように激しい口調で


「そんなの自分の取り巻きが必要だからの言い訳に過ぎないよ!創君!君も騙されているよ!」


私は、諭すようにゆっくりと落ち着いた口調で


「この前の松下楽器に行こうとした時あったでしょ。その時、園田さんは、吉田君と仲良くなりたいと思ったから、僕たちの間の会話に入って来たんだよ。僕を取り巻きにしたいなら、そんなタイミングで話しかけてこないよ。」


影は、首を左右に激しく振りながら拒絶するように小さな声で


「僕は認めない、認めない…」


私は、はっきりとした口調で


「それに、さっき吉田君が叫んだ時、園田さん泣いていたよ。」


そうなのだ、吉田君が叫んで出て行ったとき間違いなく園田さんは顔を下に向けて泣いていたのだ。


影は、はっと顔を上げたとき私と目が合った。


「吉田君謝りに行こう。」


と、私は優しく吉田君の手を引いて屋上の入り口の扉に向けると


そこには、泣きはらしたのか、目が真っ赤になってうるんだ園田さんが立っていた。


ー  ごめんなさい  ー

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