第32話 ギルド長と出発
北小路村へ向かうために準備を整えている最中、俺はオリバーに呼び出されて冒険者ギルドへとやってきた。
俺にだけ話があるらしく、シャルやアリアたちは一緒ではない。
「やってきたぞ」
俺はギルドのカウンター前に椅子を持ってきて、カウンターの向こうにいるオリバーへ話しかけた。
「おー、来たか」
オリバーは仕事中らしく、ペンを片手に紙に何かしらを書き留めていたが、俺を見て手を止めた。
「何か用でもあるのか?」
雑談もなく、いきなり本題を訊ねる。オリバーには何かしらの愚痴などを日頃から話しているので、雑談も必要がない、と勝手に思っている。
「特に用はないな」
「ん? そしたら、なんでだ?」
「別に簡単な別れの挨拶ぐらいでも、あらかじめしておこうと思ってな」
オリバーが意外なセリフをなんでもないような表情で言うが、俺は少し面を食らった。
「な、なんだよ、突然に。またこっちに帰ってくる予定だぞ」
「今はそうかもな」
意味ありげなオリバーの言葉に俺は首を傾げる。
「いいか、ユウリ。今生の別れなんて、簡単に起きることなんだ。だから、別れの言葉は言える時に言っておくもんなんだ」
「今生の別れなんて……。そんなもんわかりっこないだろ」
「そうだな。わからない。俺にもわからない。だから、出会いは大切にするもんだ」
「……」
「お前は人と関わるのが下手だからな。出会いを大切にするのが苦手なように見える。人と関わり合いたいと思ったら、お前から行動して付き合っていかなきゃならない」
「ちゃんと行動してる」
「本当か? それならまだ足りてないな。出会ったアイツらに関わっていけるのか?」
「……別に問題ない。それに一人でも問題ない」
「ふっ……、そうか」
鼻で笑うオリバーに眉間のシワを寄せて見つめた。
「俺には本物の関係を求めているように見えるけどな」
「……本物の関係?」
「ああ。ユウリ。お前はそれを探して冒険をするんだ。それじゃあ、頑張れよ」
オリバーはそういうと再びペンを走らせ始めた。
何を言っていたのかわからない。しかし、なんとなくわかったような気もしてしまう。
ともかく、オリバーとはここで別れるってことだけは明確にわかった。
「今まで世話になった。それじゃあ、またな」
俺は仕事するオリバーに声をかける。“またな”とは彼が言った今生の別れを否定するためだ。それでも、彼は片手を挙げて振った。
「またな」
その言葉を聞いて満足すると、俺は椅子してギルドを後にした。
✳︎✳︎✳︎
冒険の準備が終わり、シャル、アリア、カイリ、レンと集まって、街の外壁門までやってくる。そこで通行料を支払うといよいよ冒険が始まる。
「いよいよ冒険って感じだねー!」
「今までは街の近くを依頼で回ってましたからね」
シャルとアリアは楽しげに話している。
「レンは騎士団の仕事でこの辺にいたの?」
アリアが訊ねるとレンは首を左右に振る。
「いや、休暇を貰っている」
「え。そうしたら、わざわざ騎士団の格好じゃなくていいんじゃない?」
「この格好だと色々と無理を通せるから楽なんだ」
「職権濫用だ!」
楽しげなやりとりを見ながら、俺はカイリの隣にやっていくと彼女に訊ねる。
「なあ、旅の間に修行を付けてくれるって話なんだけど、一体なにをするんだ?」
「んー? 前に話さなかったっけ?」
「詳しくは聞いてない」
剣を使わない戦い方と新しい魔法を教えてもらうぐらいしか話を聞いていない。そのため、これから具体的に何をするのかは何も知らないのだ。
「剣を使わないで何を使うんだ? 槍か? それとも斧か?」
カイリいわく、魔法使いほど遠距離は向いていない性格らしい。そうならば、弓のような武器は使わないだろう。
もし使うのであれば、近距離の槍や斧が思い付くのだが、カイリが何を教えてくれるのか見当はつかない。
「いいや。使わないよ」
「そうなのか。んじゃ、何を使うんだ?」
「だから、使わないって」
「……何を使わないんだ?」
「何も使わないんだよ」
カイリの言い方が妙に変であり、思わず何を指して話しているのか聞いてしまった。
その結果、何も使わないというのだから、彼女の言っていることの理解ができない。
「一体、どうやって戦うんだよ」
「察しが悪いなぁ。素手だよ、素手!」
カイリは拳を握り、ファイティングポーズを取った。そして、シュッシュッと口で音を当てながら拳を突き出す。
なるほど。剣士を辞めて武闘家になれ、ということなのか。とは言ったものの素手で戦ったことなど一度もない。
「なあ、俺は素手で戦ったことないぞ」
「これから私が教えるから大丈夫だよ」
「でも、剣術は小さい頃からやってたから出来てたことだけど、簡単に出来るものなのか?」
「何かしらの戦闘経験があれば慣れていくでしょ。それに才能だってあると思うよ」
やたらと自信がありそうにカイリは言うが、俺にはそうには思えなかった。
剣術は小さな頃から父親に仕込まれていた。父親は元冒険者であり剣士であった。そんな父親と稽古を積んできたから今まで剣を使ってきたのだ。
それを何の根拠を持って捨てた方が向いていると言ったのか、単純に興味が湧いた。
「あんたは才能を見極める目でも持ってるのかよ」
「持ってるよ。私の目は先を見通す魔眼だもの」
そう言ったカイリの瞳は赤く光り、その瞳に俺が映った。
「あんたの魔眼は悪い記憶を思い出させるものじゃないのか?」
「違うよ。真実を見抜き、夢を見せる魔眼。だから、君が素手で戦う方が向いている真実を見ている」
魔王の魔眼。まさに王様に相応わしい目だ。従者の真実を見抜き、国民を正しく導く夢を見せる。王様が持つための目みたいなものだ。
一体、どんな仕組みになっているのか気になる存在である。魔眼による魔法はまだまだ未知だ。
「魔眼に興味でも湧いた?」
赤い瞳のカイリが妖しく微笑む。心の中を読み取られたような気分だ。
「それも教えてくれるのか?」
「別に構わないよ。君が使わせるぐらい強くなればね」
いずれは教えてくれる。馬の目の前に吊るされた人参のようなものだ。
「まあ、やれるだけ頑張ってみるよ。でも、なんで武闘家が向いていると思ったんだ?」
俺が訊ねるとカイリは「んー」と顎下に人差し指を当てて考える素振りを見せる。
「まず、ガーゴイルと戦った時に、君が剣に炎を纏わせて、推進力で飛んでた場面があったでしょ?」
「見てたのかよ」
「草陰からね」
「あの時に剣でなく、素手なら片手で炎の噴射、もう片手で攻撃ができたでしょ? それに剣ならカウンターを貰った時に回避と反撃が難しい」
素手を振るよりも剣を振る方が重くて遅い。だから、回避と反撃するのが難しくなる。
「でも、素手だと剣みたいにリーチもなければ、威力だってないだろ」
「それを補うための魔法だよ。君は魔道具のおかげで魔法の出力が早い。だから、一瞬の力を強くすれば威力も上がる。それに機動力も上がるから相手のリーチを無視して相手の懐に入り込める」
つまり、火属性魔法で手を覆って戦うことを念頭にしているようだ。つまり、両手が丸焦げである。
「それ、火傷しねぇか?」
火傷どころではないが……。
「これあげるから大丈夫」
そう言って渡されたのは暖かそうな手袋。山登り用のグローブと言えばちょうど良さそうだ。
「なんだ、これ? 付けると火傷しないのか?」
「ご名答! さらに機能がある優秀なグローブだよ」
カイリはそう言って笑うと俺にグローブを付けるように勧めてきた。
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