第31話 冒険と仲間



 しばらくして、シャルは呟いた。


「帰りますか」

「ん? もういいのか?」


 あの場にいたくないから逃げ出したと思っていた。


「あなたと話していたら、私が意地張って逃げているのが馬鹿らしくなりました」

「……そうか。それなら家に帰るのか?」

「いいえ。帰りません。でも、意地張っているからじゃないですよ」


 レンの言う通りに家に帰るのかと思っていたが、彼女は違う理由で帰らないようだ。


「他にやりたいことができましたからね。それで帰らないだけです」


 そう言って微笑んだシャルはとさくさと広場から出て行こうとするので、俺はすぐに立ち上がって追いかけた。



 ✳︎✳︎✳︎



 シャルは他にやりたいことができたと言っていた。それは恋をしたいという乙女としての気持ちだけではないのだろう。


 最後に微笑んだ彼女はとても優しげで頭の中に残ってしまっている。その微笑みの意味とはなんだったのだろうか。


 そんなことを考えていると、冒険者ギルドへと戻ってきた。酒場にはアリアとレンがおり、向かいにカイリが座っていた。


 シャルと一緒に席へ戻るとレンはあからさまに不機嫌そうな表情になっており、アリアは困ったように苦笑いを浮かべていた。


「どうしたんだ?」


 席に座り聞いてみると、レンは俺を睨みながら尋ねてきた。


「おい、冒険者。なんで魔族がこんなところにいるんだ」

「ちょっと、レン。カイリさんは人間社会で暮らそうとしているんだから、そんな言い方しないでよ」


 レンに対してアリアがヒソヒソと話しかけるので、だいたいのことは察した。


 どうせ、レンが魔族のカイリの事情を聞いても納得せず、魔族は危険だからシャルに近づけるな、とでも言いたいのだろう。


「姉さんに危険が及ぶから魔族を近づけるな」

「やっぱりか」


 予想が的中してしまった。


 シャルはそんなレンの態度に大きなため息を吐いた。


「レン。別に危険ではないですよ」


 アレコレとこれまでの経緯を含めてシャルは説明していく。レンは大人しく聞いているが、納得している様子はない。


 そこにカイリが俺の隣に来ると耳打ちで話しかけてくる。


「そうとう嫌われているみたい」

「俺も嫌われているから手助けできねぇな」


 人には何かと他人を嫌いになってしまう時期がある。尖って、人と同じにされるのが嫌で、やたらと大きな態度を取ってしまう。


 それがいつか終わるなんてことはなく。終わらない人は終わらない。自己中心的になっていると気がついてようやく終わりがやってくる。


「んで、なんだ? わざわざ、それだけを言いに来たわけじゃないだろ?」


 俺はカイリがいることに疑問を抱き、訊ねてみる。


「そうだった。君たちこれから王都近くまで冒険するらしいじゃない。私も着いていくから、よろしくしようと思ってね」


 ニコニコと笑うカイリに俺は思考を巡らせて、何も思い至らず、再び訊ねた。


「なんでだ?」

「……はぁー」


 カイリは俺の様子に大きなため息を吐くと口を尖らせた。


「修行するんでしょ? これから君たちが冒険に出ちゃったらできないでしょう」


 そういえばそうであった。王都近くへ向かう目的もあったが、修行も目的にあった。その両方を叶えるとなるとカイリも冒険に着いてきた方がいいのか。


「なに!? これからクレアに会いに行くのか!?」


 大きな声を出したのはレンであり、何をそんなに驚いているのか疑問に思う。


「どうしたの、レン?」

「何かいけないことでもありますか?」


 アリアとシャルもその様子を不思議そうにしている。


「い、いや……、別になんでもない」

「なんでもないわけありませんよね?」

「ぐぬぬ……!」


 シャルに詰め寄られたレンが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「実は……クレアのいる村によからぬ噂が立っていて……」


 ついに観念したレンが話し始める。


「よからぬ噂ですか?」

「はい。村人が次々と姿を消しているらしく、魔物が関わっているんじゃないかと噂になってます」


 なんとも物騒な噂だ。村人が消えるなんて滅多にない。


 この間に知ったのだが、この世界の村は住人名簿を取っているらしく、村を出る時は手続きをしなければならない。かくいう、俺もやっていた記憶が少しだけある。村を出る時と街に移ってきた時に手続きを行った。


 村人が消えると言うことはその手続きをせずにいなくなるということだ。つまり、何かしらの事件に巻き込まれている可能性が高い。それも魔物が関わることが多い。


「それってクレアも危険なんじゃない?」

「それは、クレアは強いから大丈夫だと思って……」

「レン、仲間の心配はするべきですよ」

「でも、姉さんが行くのも危険です」

「でも、ではありません。みんなに話してどうするか決めましょう」

「……はい。すみません、姉さん」


 シャルに叱られてレンは落ち込んだ表情をする。


 シャルの正論はそうなのだが、彼女がオリバーに相談せずに返金騒動を起こしたりしているのを思い出すと、血の繋がりは否めないのだと思った。


「そうしたら、クレアに会うだけじゃなくて、事件の解決も必要かー」


 アリアはそう言って俺をチラチラと見ては視線を外す。何を言いたいのかわかるが、俺の顔色を伺う必要はあるのだろうか。


 オリバーの依頼がある限り、俺はシャルに手を貸さなければいけない。顔色を伺うよりも着いてくるものだと思えばいい。引っこ抜かれて、ほったからされて、投げられる生物と同じだと思っていればいい。


 しかし、顔色を伺うのならば少しばかりイタズラをしてやろう。


「そもそも俺が着いていくなんて一言も言ってないからな」

「えっ! そっからだったの!?」


 驚くアリアにじと目のシャル、興味なさそうなレン。そして、カイリが呆れたように口を開いた。


「君、案外面倒くさい人間だね」

「うるさい。でも、仕方なく着いていってやるし、その村の事件にも手助けしてやる。本当は面倒事に首を突っ込むのなんて嫌なんだからな!」


 最後の方は本音だ。面倒事に首を突っ込むのは嫌で仕方ない。正直、命の危険だってあるし、下手に怪我すれば冒険者として働くのが難しくなる。


「……つまり、手伝ってくれるの?」


 アリアが首を傾げて聞いてくる。同じことを答えなければいけない、あざとい訊ね方だが、素直に答える。


「まあな。手伝うよ」

「ありがとー」


 アリアが裏表ない笑顔を見せてくるので、少しのイタズラが悪いことをしたみたいに申し訳なくなってくる。


 俺はそれを誤魔化すように咳き込み、話を整理する。


「ごほん、クレアとやらがいる村?」

「北小路村です」

「ごりごり日本語じゃん」

「ニホンゴ?」


 この世界は前世でいうところの中世ヨーロッパだ。それなのに漢字変換できそうな単語が出てきて思わずツッコミを入れてしまった。


「ともかく、北小路村に行くのは、俺とシャル、アリア、カイリでいいのか?」

「待て、黒髪。俺も行く」

「ふぅん。わかった」

「理由を聞かないのか?」


 そう聞くってことは理由を聞かれたいってことなのだろうか。何故かくだらなそうな理由な気がして聞きたくないのだが。


「そしたら何でだ?」

「姉さんが行くからだ」

「はいはい。そんなことだろうと思ったわ」


 彼のシスコンっぷりもいい加減にしてほしい。

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