第30話 聖女と恋心
聖女様は恋がしたい。なにやら漫画のタイトルにありそうなワードに俺は頭が痛くなる。
恋を知りたい=恋がしたい。とはならないかもしれないが、知りたいのであれば経験した方がいい。
事実として、彼女自身も築き上げてみたい、と言ったのだから、彼女は恋というものをしてみたいのだろう。
恋というものを、はっきりというと、俺は全くわからない。それこそリリムの気持ちが恋というものなら、好きという感情を抱けばいいのだろう。
しかし、それを
だから、シャルの知りたいという恋心を手伝うのは難しい。
「そうか。頑張ってくれ」
丘上の広場で、恥ずかしげに目を逸らしていたシャルに俺は答えると、彼女はムッとした表情でこちらを見た。
「そんな無感情な顔で見ないでください。ムカつきます」
知らない感情にどうしろと言うのだろうか。そもそも、顔はどうにもできないだろ。この理不尽さんめ。
「そんなもん、恋愛脳丸出しで表情豊かになる欲求不満モンスターにどんな顔すりゃあいいんだよ!」
「よ、欲求不満!? そんなのあなたに言われたくありません! それに、私はただの冒険者として色々なことを経験したいのもあるのです」
怒るシャルは俺を睨むとプイッと顔を逸らした。
「つってもな、あんたの言ってるのはなかなか身勝手だぞ」
シャルの中で恋というのがどういう立ち位置なのかわからない。人間と魔族の恋を目の当たりにして、知りたいという好奇心と罪悪感で気になっているかもしれない。
それでいても自分の身勝手な行動には違いない。例え、罪悪感でも身勝手な行動は身勝手なのだから。
「わかってますよ。そんなの……。でも、以前に一度だけクラトスに言われたことがあるのです。『たった一度きりの人生なんだ。だから、何もせずに後悔はするなよ』って言われたのです。私は何も知らずに放っておくことはできません」
勇者クラトス。やはり、さすが勇者だ。良い言葉を仲間に残している。
頑固で真面目なシャルでさえも影響されるのだから、さぞイケメンで人間性も良いのだろう。
ムカつくような感情になるのはイケメンに対しての嫉妬と怨みだろう。
前世では全くモテなかった。なんなら今世でもモテていない。
なにせ、俺は孤独で孤高なぼっち。至高すぎて人が寄ってこない。……悲しいよぉ。
「……何故、悲しそうな表情しているのですか?」
「イケメンって罪だよなぁ」
「はい? あなたはそうではないですよね?」
「傷ついた」
シャルの辛辣な言葉に俺は泣いた。
「つか、なんで後悔するなとか言われるんだよ」
「それは冒険の途中のアレコレです」
「それで伝わると思うなよ」
シャルが珍しくとぼけたことを言う。俺が眉を顰めるとシャルは口角を上げて笑った。
「あなたなら適当に読み取るんじゃないですか?」
何か自信ありげな様子に俺は困る。適当に読み取ると言われたものの心当たりは一つある。カイリ・シュバルツの件でアレコレと推測したことが理由だろう。
しかし、それにしてもだ。典型的な言葉で読み取れるほど俺の頭は良くない。察しも良くない。だから、読み取れるわけがないのだ。
俺はシャルから視線を逸らす。期待に笑みを浮かべられてしまえば応えられる気がしない。それ以上に彼女の笑った顔なんて、ほとんど初めて見たに違いないのだ。
「そんなことできるか」
「そうですか」
そっぽを向いて吐いた言葉にシャルは素気なく言葉を返した。
しばらく沈黙の時間が流れる。
気まずいと言えば気まずいが、考えてみるとシャルは口数が多い方ではない。
チラリと彼女を見てみれば、彼女は街を見ており、その横顔がフードの隙間から見える程度だった。表情はわからなかった。
「そういえば、あなたはなんで私のところへやってきたのですか?」
こちらに向いたシャルに一瞬だけドキリとしたが、首を傾げて訝しむ彼女に妙な不快感が沸く。
「別にあんたを追いかけたかったわけじゃねぇ。オリバーの依頼があったからだ。つーか、あの状況なら誰かしら、あんたを追いかけるだろ?」
「あなたが来るとは思わなかっただけです。正気なら来るわけないですし」
「悪いが正気だし、依頼じゃないと来てないからな。あんたの考えは外れてる」
「依頼という理由は盲点でした。そういえば、そんな依頼もありましたね」
「まあ、俺も言われて気がついたぐらいだ」
お互いに言い合いのように見えるが、互いに冷静に話をしている。俺が『言われて気がついた』と話した時点でお互いに鼻で笑うくらいには穏やかな会話だっただろう。
だから、予想外の会話は飛んでくるの思わなかった。
「あなたは以前に『恋心をわからない』と言いました。あなたは恋をしたことはありませんのですか?」
シャルに言われて考え込む。
今世で恋愛なんて考えてもいなかった。なにせ、生まれた時から身近な歳の子は精神的に歳下になってしまう。その精神的に歳下を恋愛対象としてみるのは、いかがわしいような気がして憚られた。
だから、俺は生まれ変わってから一度も恋愛をしてきていない。
しかし、前世の俺は違う。
幼稚園、小学生、中学生、高校、大学と教育課程を受けてきて、恋愛をしなかったことはない。
主に振られる前提の恋であっても、恋をしたことがある。好きと言う気持ちを単純に考えられていたから出来ていたことだ。
しかし、今世では単純でもなくなり、恋なんてしている暇もなければ、興味も湧かなくて、手に付けていない。
前世ではあるが、今世ではない。これの答え方が難しい。
「まあ、あるっちゃあるが、ないっちゃない」
だから、シャルの質問に答えるのならば、こう言うしかない。
「どっちですか……? まあ、あるとして認識して話を進めます」
シャルは眉間にシワを寄せてこちらを見た後に大きく息を吐いた。
「あなたは、その……好きな人に告白したりとかは……?」
「したこともある。忘れたいことだったから、ほとんど忘れたけどな」
しかし、自分の好きな女の子の顔と名前は覚えている。一度好きになった人を忘れるほど薄情でもない。
俺の気持ちは本当だったのだとも思える功績であり、ある一種の黒歴史でもあるのだから。
「忘れたくても忘れられない人達ばかりだ」
「忘れたのではないのですか?」
「忘れたのは嫌なこと。好きになったのは良かったことだからだ。好きになった女の子の顔と名前は覚えてるんだ」
「……意外です。普段が軽薄な人なので忘れていくものだと思ってました」
軽薄と言われて適当に話している自分を思い浮かべる。特に思い当たらなくて困ってしまっている。
適当に依頼を受けて、お金もらって、飯代、飲み代にお金を使って、余れば貯金する。
至極真っ当で面白みもない生活だ。貯金にかまけて仕事を休みにするが、ひとりぼっちだから誰にも迷惑をかけてない。
はて、どこが適当なのだろうか。
「不思議な表情してますが、改めて言いますね。あなたは適当な人です。これ以上は撤回しません」
納得していないのが表情に出ていたのだろう。シャルが目を細めて話を勝手に終わらせた。
「それで、あなたは好きな人のどこに惹かれたのですか?」
「え、顔。あとは体型」
「うわ、最低なこと言ってますね」
「ちょっとマニアックなところだと匂いや仕草だな」
「あまり聞きたくないフレーズですね。気持ち悪い」
シャルは深いそうに半目で俺を睨みつける。
そうは言っても男というものは、そう言ったところから恋心を抱いていくもんだ。そして、下心も一緒に膨らませる。
「あなたの意見は真っ当ではないので、全く参考になりませんね」
「世の中の男子高校生の思考回路なんてそんなもんだよ」
「男子高校生ってなんですか?」
「学校に通ってる男の子のことだ」
「なるほど。……それは本当ですか? 嘘を言われている気がしてならないのですが……。あなただけでは?」
怪しむように俺を見るシャルに俺は冷静に目を細めて答える。
「だいたいそうだろうな。ちなみに俺は違う」
「だいたいの目安を測り損ねてますよね? あなたが違うなら他の人も同様なこといいますよ」
これ以上、俺の本音をポロポロ零てしまえば、信用というか、信頼というか、威信に関わる気がしてきた。
「まあ、そんなことどうでもいいだろ」
俺はそう言ってシャルの興味を逸らすように会話を無理やり終わらせた。
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